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【F1チームの戦い方:小松礼雄コラム第10回】ダブル入賞も、チームオーダー発令が決定。将来を左右する正念場で直面した課題と“プロセス”

2019年08月14日 20:31  AUTOSPORT web

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2019年F1第12戦ハンガリーGP決勝 ハースF1 小松礼雄チーフエンジニア
今シーズンで4年目を迎えるハースF1チームと小松礼雄チーフレースエンジニア。サマーブレイク前の最後の2レースは、第11戦ドイツGPでダブル入賞と同士討ちという悲喜こもごもな結果に終わり、第12戦ハンガリーGPは再びノーポイント。なかなか思うような結果の出ないシーズンだが、小松エンジニアはこの前半戦をどのように評価し、またそれを後半戦に繋げていくのだろうか。現場の事情をお伝えします。

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 サマーブレイク前の最後の2連戦であるドイツGPとハンガリーGPが終わりましたが、この2レースについての感想は、良くも悪くも『予想通り』という状況でした。

 まずはドイツGPですが、それまでのレースに続いてロマン(グロージャン)が開幕戦仕様のクルマを、ケビン(マグヌッセン)が最新仕様のクルマをそれぞれ走らせました。ケビンのクルマに関しては、ドイツでもう一度仕様を変更したのですが、これはもとも予定されていたアップデートです。

 これを投入したからといって大きな変化があるとは予想していませんでしたが、最新仕様のクルマは、すべての条件が整った時の性能は開幕戦仕様のクルマより明らかに高いということが確認できました。これはドイツGPのフリー走行3回目(ケビンが5番手、ロマンが10番手)、ハンガリーGPのフリー走行や予選Q1(ケビンが4番手、ロマンが15番手)ではっきりとわかりました。

 ドイツGPは2019年シーズン初めてのウエットレースとなりましたが、一言で言えばものすごく忙しかったです。レース中は刻々と状況が変わっていくなかで、ウチのクルマのラップタイムと他のチームのラップタイムを見ながら、路面状況の変化と天気予報のレーダーをできる限り正確に把握し、今履いているタイヤでどれくらいひっぱるのか、またタイヤを履き替える場合はどれにしようかなどを常に考えていました。1周ごとに次の周のことを考えなければいけなかったので、1時間半も予選をやっているような感覚でしたね。

 とにかくレース中は忙しくて目の前でコロコロと変わる状況に対応するだけで手一杯でしたが、僕は個人的に予選が好きなので、この予選の様なレースが終わった後には「楽しいレースだった」と思え、この仕事をしてて良かったなと思いました。

 反省点となったのは、ケビンのタイヤ戦略です。彼は最初のスティントで他のドライバーよりも長くフルウエットタイヤを履いていましたが、これは彼がドライタイヤで走れるようになるまでフルウエットタイヤで走るというギャンブルを望んだからでした。そしてそれを許して8周も引っぱってしまったのはよくなかったです。

 あのような状況において僕らピットウォール側が欲しい情報というのは、『今のこの路面では、どのタイヤが最も適しているのか』ということだけです。しかし彼は現情をありのまま伝えるのではなく、自分がどれだけリスクをとりたいかということを重点的に伝えてきました。

 以前にもケビンには話しましたが、特にウエットレースではドライバーにはレースの全体像が見えていないことが普通で、それを把握できているのは僕たちエンジニア側です。逆に僕らが正確に分かりづらいのは、『今この瞬間の路面状態に最も適しているタイヤは何か』ということです。

 もちろん、セクタータイムなどの数字は常に追っています。しかし自分たちで先陣を切って正しい判断をするためには、数字には現れてこないドライバーからの情報が必要なので、とにかく純粋な情報だけを伝えてくれと言いましたし、ハンガリーGPでもそう伝えました。フルウエットのまま彼をあれだけ走らせ、タイヤ交換のタイミングが遅くなってしまったことは反省しなければいけません。

 レース中盤にケビンはいち早くドライタイヤに履き替えましたが、シャルル・ルクレール(フェラーリ)のコースアウトによりセーフティカーが出動した際、ドライタイヤでステイアウトしたいと提案してきました。

 彼はまたここでも賭けに出たかったようですが、こういうサバイバルレースでは生き残ればポイントを獲得できますし、あの時はまだレースを半分も消化していなかったので、ギャンブルをする状況ではありませんでした。ですから、この時は先の反省もあり、僕は半ば強引に一旦インターミディエイトタイヤに戻すという判断を下しました。

 話が前後しますが、フルウエットからインターに履き替えた最初のピットストップでは、前を走っていたロマンをまずピットへ入れました。2台同時のタイヤ交換はタイムロスが大きいというのが理由ですが、この時ルクレールのアンセーフリリースがありました。このせいでロマンは5つほどポジションを落としましたが、この件でフェラーリにはレース中のペナルティが科されることもなく5000ユーロ(約60万円)の罰金だけで済んだというのは、納得のいかない裁定です。

 これはその後のハンガリーGPで行われた会議でも問題になり、この先同じことが起こった場合はレース中にタイムペナルティかドライブスルーペナルティを科すということで落ち着きました。しかし、これはまたレース運営の問題が浮き彫りにされた出来事でした。

 そしてレース後半には、ケビンとロマンが3度目の同士討ちをしてしまいました。ロマンの方が1秒以上もペースが速いというのを、ケビンはエンジニアから聞いていたんですけれどね……。

 ともかくこの接触をふまえて、僕とギュンター(シュタイナー/チーム代表)は、ハンガリーGP以降はチームオーダーを出すことを決め、「速い方のクルマが後ろから迫ってきて、追い抜きにかかった場合に、前のクルマはポジションを争ってはいけない」と伝えました。あの時もし後方から迫ってきたのがライバルチームのドライバーなら当然ポジションを守ろうとするべきですが、チームメイト相手にすべきことではありません(もちろん、選手権の1位や2位を争っている相手がチームメイトである場合はまったく別の話です)。

 とはいえドイツではロマンが7位、ケビンが8位と、第5戦スペインGP以来となるダブル入賞を果たしました。今のチーム状況を考えると、ダブル入賞というプラス評価はかなり大きいですね。ふたり合わせて11回のピットストップを行いましたが、めまぐるしく状況が変わるなかで一度もミスをすることなく作業を終えられて、ピットクルーも喜んでいました。チームとしても結果が出たのでよかったです。

 一方ハンガリーGPでは入賞を逃しましたが、ケビンはよくダニエル・リカルド(ルノー)を抑えて頑張ってくれました。リカルドの方がペースが良かったのですが、最後はよくやってくれたと思います。13位と入賞できなかったのは彼のせいではないですし、まだまだクルマを改善しなければいけません。

 ロマンには水圧トラブルが起き、またレース中はハードタイヤに苦労しました。これはフリー走行2回目にハードタイヤを履いてしっかりと走れず、ここまで厳しいというのを事前に知ることができなかったからです。ただ彼以外にもマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)もハードタイヤで予定していた周回を走りきることができませんでしたし、あのタイヤは想定よりも上手く機能していなかったのだと思います。

■チームの復活と、将来を左右する“プロセス”の確立が急務

 これで2019年シーズンの前半戦が終わりましたが、評価できる点は、開幕戦の時点でクルマの仕上がりがとても良かったことです。ピットストップの問題はありましたが、クルマの性能という面ではとてもポジティブでした。

 第2戦バーレーンGPで初めて問題が起きて以降、ここまで悩まされてきましたが、僕たちはチーム創設4年目にして初めてこれほど大きなマシン開発の問題に直面しました。ですが、これはどんなチームでもいつかは起こることです。普通は問題に対処するためのプロセスや方法ができあがっているものですが、ウチはまだそれを作りきれていない部分があります。

 物事がうまくいっている時はそういったプロセスがなくても支障が出ない場合もあるのですが、うまくいかなくなった時はそうはいきません。問題の発見が遅れ、それを発見しても原因究明に時間を要し、究明できても対策にも時間がかかる、という状況です。

 本来ならば2年くらい前の時点でそのプロセスができあがっているのが理想でしたが、ほかにやるべきことが多くて手が回りませんでした。正直にいえば、そのツケが回ってきています。

 こういう時こそチーム一丸となって解決しなければなりません。トラックサイドのレースエンジニアリング、ビークルパフォーマンスグループ、空力グループと各部署の主張がバラバラではうまくいかないですし、組織として機能しません。だからこそビデオ会議だけでなく(ウチは各部署がイギリス、イタリア、アメリカに分散しているので普段はビデオ会議が多いのです)、実際に顔を突き合わせてのミーティングが重要になります。またビデオ会議をやるにしても、直接の話し合いをふまえて行うビデオ会議と、そうでない場合とは全然違います。

 今になって、ようやく物事を正しいステップで進めることができ始めています。どうしてそれが4年目の今なのかと思われるかもしれませんが、リソースやスタッフの人数、能力、時間などを考えると、これまでは厳しい状況でした。もちろん状況は良くなっていくと思いますが、ここが正念場だと考えています。

 今は後半戦に向けて、今年最後の開発を風洞で行っているところです。この実験がうまくいけば実際にアップデートとして投入することになりますが、もちろんこれにはお金がかかるので、投入するかどうかはギュンターと話し合って決めます。良いステップになるようであれば投入しますし、それが今年の残りのレースや2020年に向けても正しい方向性なのかどうかを実際にサーキットで確認できますからね。もし本当に投入するとなれば、時期としては第17戦日本GPのあたりになると思います。

 この難しい状況からどう立ち直るかというのは、今年の後半戦だけでなく、これからのチームの成長や物事の進め方に繋がると思うので、後半戦はクルマのパフォーマンスのことだけではなく、マネージメントレベルも含めた組織づくりや問題解決のプロセスを作ることが必要です。