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リル・ナズ・Xは、なぜブレイクを果たした? 「Old Town Road」全米17週連続1位の背景

2019年08月13日 13:21  リアルサウンド

リアルサウンド

リル・ナズ・X『Old Town Road』

 「昨年10月、アーティストとしての自信を失いつつあった頃、僕はユーチューブでビートを探していた。すると突然、カントリー・トラップ調のマスターピースに出会ったんだ。その瞬間、自分はこのビートで何か特別なものを作るだろうと確信したよ」


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 8月3日付の米ビルボード「Hot 100」で17週連続1位を獲得し、ついにビルボード史上最長No.1記録を更新した「Old Town Road」(参照:https://www.billboard.com/articles/columns/chart-beat/8524235/lil-nas-x-old-town-road-longest-number-one-hot-100)。この記録達成をうけて、リル・ナズ・Xは同曲が誕生した日のことをInstagram上(https://www.instagram.com/lilnasx/?hl=ja)でこのように振り返っている。


 事実、当時19歳のリル・ナズ・Xはアーティストとしてほぼ無名に等しい存在だった。少なくとも、彼がこれほどの成功を手にすると予見できた人は、間違いなく誰もいないだろう。


 では、リル・ナズ・Xのブレイクは偶然の連鎖から生まれたシンデレラストーリーなのか? いや、この話はそう単純ではないのだ。


 「Old Town Road」がリリースされたのは、2018年12月3日。前述のとおり、オンライン上で発見したトラックにピンときたリル・ナズ・Xは、このトラックを制作者のオランダ人プロデューサー=ヤング・キオから30ドルで購入している。ナイン・インチ・ネイルズ「34 Ghosts Ⅳ」からサンプリングしたバンジョーの音色と、TR-808のトラップビートで構成されたトラックは、その組み合わせからすれば「カントリー」とは程遠いようにも思える。しかし、リル・ナズ・Xはそれを「カントリートラップ調のマスターピース」と捉え、孤独なカウボーイをモチーフとしたリリックを重ねたのだ。


 無名のラッパーにすぎないリル・ナズ・Xが発表した「Old Town Road」は、当然ながらリリース後すぐにチャートインすることはなかったが、その間に彼は同曲を宣伝するためのインターネットミームを用意し始めていた。ここで興味深いのが、かつて彼はTwitterでニッキー・ミナージュのファンアカウントを運営していた、ということ。つまり、彼はその頃にいくつものバイラルツイートを作成していた経験から、ソーシャルメディアでバズを起こす術を心得ていたのだ。


 こうした仕込みが結実したのか、2019年2月頃から「Old Town Road」は動画投稿アプリ・TikTokでバズを起こす。同曲に合わせてカウボーイ/カウガールに扮する「Yeehaw Challenge」が次々と投稿されたことによって、「Old Town Road」はストリーミングでの再生回数を一気に増やし、さらには次々に投下される動画が手伝って、「Old Town Road」=カントリートラップというイメージも定着していくのだ。


 とはいえ、ソーシャルメディアでのバズをヒットにつなげること自体は、今の時代さほど珍しいことではない。この曲の話題性に拍車をかけたのが、ビルボードのジャンル変更問題だ。「Old Town Road」が総合シングルチャートとヒップホップ/R&Bチャートだけでなく、カントリーチャートにもランクインしたことをうけたビルボードは、同曲が「カントリーとしての要素を十分に含んでいない」と判断し、チャートから除外。これにアーティストやファンは反発し、ビルボードに対して「人種差別的だ」という批判がぶつけられる。


 この騒動がまたひとつのトリガーとなり、「Old Town Road」はついに「Hot 100」で1位を獲得。その後、カントリーチャートにも復帰を果たしている。そして決定的だったのが、カントリー歌手のビリー・レイ・サイラスが同曲のサポートを表明したことだ。


 ビリーはこの曲を「はじめからカントリーだと思っていた」と表明し、これがきっかけでビリーが参加した同曲のリミックスバージョンが制作される。オリジナル版とビリー参加のリミックス版がどちらも人気となったこと。チャートのルール上、その2バージョンのセールスが合算されて集計されることによって、「Old Town Road」は圧倒的な強さでチャート首位を保持しつづけることになるのだ。


 ちなみに、ビリーが「Hot 100」入りを果たしたのはこれが5年ぶりとなるそうだが、その5年前にチャートインした曲は、Buck 22がビリーの代表曲「Achy Breaky Heart」にラップを挿入した「Achy Breaky 2」。つまりビリーは以前にもカントリーラップを実践していたのだ。


 そう、カントリーラップというスタイル自体は今にはじまったものではない。記憶に新しいところでは、ヤング・サグが2017年に発表したミックステープ『Beautiful Thugger Girls』はまさにカントリートラップを先駆けていた一枚。実際、リル・ナズ・Xもヤング・サグをこのジャンルのパイオニアとして位置づけているようだ。


 それにしても、「Old Town Road」の大ヒットはあまりにも突出していると言わざるを得ない。前述のようにオリジナルとリミックスがどちらも爆発的にヒットしたことに加え、新たなビデオやリミックス版が制作されつづけ、それがさらなるバズを起こしていることも、このロングヒットの大きな要因となっているようだ。


 ただ、あくまでもそれは戦略性についての考察であり、「Old Town Road」という楽曲がここまで支持された理由の説明にはならないだろう。個人的には、カントリーのイメージを全面的に打ち出した「Old Town Road」がこれほどまで人気を集めていることと、ここ2年ほどアメリカのメインストリームがすこし保守的な傾向になっていることは無関係ではないように感じるのだが、実際はどうなのだろう。


 いずれにしても、ソーシャルメディアを攻略した話題作りはもちろん、その音楽性も含めて、「Old Town Road」はあらゆる意味で2019年を象徴する楽曲だと思う。こうしている間にも「Old Town Road」は最長No.1記録をさらに更新。どうやらこの勢いはまだしばらく続きそうだ。(渡辺裕也)