2019年08月12日 10:11 弁護士ドットコム
JASRAC(日本音楽著作権協会)は、6月の社員総会で、利用者から徴収した使用料のうち、分配保留となって10年以上が経過した「分配保留金」をすべての委託者(作詞家、作曲家など)に共通する目的にかなう事業のために支出することを可能にする著作権信託契約約款の変更を可決した。累積した約16億円と今後毎年発生が見込まれる分を原資として、2020年度から事業がスタートする。具体的に、どんな制度になるのだろうか。
【関連記事:「田中の対応最悪」社員名指しの「お客様の声」、そのまま社内に貼りだし公開処刑】
これに先立つ4月、JASRACの浅石道夫理事長は、弁護士ドットコムのインタビューに「(著作権管理ではない)もう1つのエンジンを手に入れる」と語っていた。このとき、具体的な内容は明かされていなかったが、今回の制度が「もう1つのエンジン」になるという。浅石理事長にふたたびインタビューして、詳しく聞いた。
――そもそも「分配保留金」とは、どういうものですか?
浅石道夫理事長(以下、浅石): 作詞家や作曲家、音楽出版社など、JASRACと著作権信託契約を結んだ委託者(関係権利者)は、原則として、過去に作詞・作曲した楽曲、これから作詞・作曲する楽曲の著作権をすべて、JASRACにあずけることになっています。
この契約によって、JASRACは、利用者から著作権使用料を徴収することになります。また、JASRACと契約を結んだ外国の著作権管理団体のメンバーである作詞家・作曲家の楽曲の利用者から、JASRACが著作権使用料を徴収しています。
楽曲ごとに、作詞家と作曲家、音楽出版社など、関係権利者に対して、著作権使用料をどう分配するか、つまり取り分をどうするかは、権利者から提出される著作物資料(国内は作品届、海外は国際票など)に基づきます。この著作物資料の提出がないために分配できずに残ったのが、分配保留金です。
――委託者は、なぜ作品届を提出しないのでしょうか?
浅石:分配を保留している作品の情報については、国内作品の場合、早い段階で委託者に通知します。それでも作品届の提出がない場合、さらに通知したり、訪問したりしていますが、さまざまな理由から提出してもらえないのです。たとえば、作詞家や作曲家がどの音楽出版社と契約したのか忘れてしまっていたり、取り分が決まっていなかったり、などの事情があります。
一般的な感覚からすると、どうして10年も取り分が決まらないんだ、と思うかもしれませんが、作家は日々創作に向き合っている、という事情があります。多くの作家に聞いてきましたが、創作活動をしているうちに、あっという間に10年が経過してしまうのだそうです。
海外作品の場合は、外国団体と契約している作家や音楽出版社からその団体に著作物資料が出ていないという事情は同じですが、提出されない詳しい理由はわかりません。分配保留金のうち、外国作品が約8割にのぼっています。
分配保留金はJASRAC固有のものではなく、世界中の著作権管理団体に存在します。CISAC(著作権協会国際連合)における国際ルールにより、各国の団体は3年が経過した時点で請求できなくなります。海外の著作権管理団体の中には、分配保留金を共益的な事業に使っているところもあれば、権利者に薄く広く分配するところもあります。
もちろん、今後も分配保留から10年が経過した場合でも、作品届の提出があれば必ず分配しますので、委託者にとって直接的な不利益が生じない制度設計となります。
――なぜ分配できないものを徴収するのでしょうか?
浅石:徴収と分配とで局面が異なるためです。
作品届は、作品の利用開始よりも遅れて提出されることが多いのですが、JASRACはすべての作品の著作権の管理委託を受けているため、利用申請でJASRACの委託者の楽曲が利用されたことを確認できれば、作品届の提出を待たずに許諾・徴収をおこなうことになります。これにより、新曲などを配信したり、演奏したりする場合でも、利用者は適法に楽曲を使うことができます。この仕組みは、利用者のリスクや手間をなくすメリットがあります。
一方で、分配については、JASRACと作詞家、作曲家、音楽出版社等の関係権利者との間のやり取りです。分配対象の権利者や取り分が記載された作品届の提出を受けて、分配するというルールです。長く定着したルールとして、委託者にも認識いただいています。その取り決めの結果として、どうしても分配できない部分が溜まっているということです。
――「委託者すべてに共通する目的にかなう事業」に支出する理由は?
浅石:10年以上が経過した分配保留金は現在、約16億円にのぼっています。楽曲ごとの保留金の約半数は1万円未満ですが、それでも年間2億円くらい増えています。JASRACの改革の中で、この分配保留金をどう解消すればよいのか、いつまでも累積させよいものなのだろうかと考えて、信託の専門家にも相談してきました。
たとえば、ある外国の著作権管理団体は、委託者に薄く広く分配して、解消するという方法をとっています。しかし、本来、Aさんに支払うべき分配金をBさんに分けることになります。こうした方法は、複数の専門家から「日本では、信託の受託者としての善管注意義務等に照らして望ましくない」と指摘されました。
JASRACの定款には、「音楽の著作物の著作権を保護し、あわせて音楽の著作物の利用の円滑を図り、もって音楽文化の普及発展に寄与することを目的とする」と書いています(定款3条)。つまり、JASRACの究極の目的は、「音楽文化の振興」というわけです。音楽文化の振興に資する事業であれば、その目的にかなうはずです。
――どなたが、その方向性を示したのでしょうか?
浅石:「著作権協会国際連合」(CISAC)で国際的な取り組みを進める中で、私から方向性を示してきました。JASRACは1980年から、CISACの理事団体になっていますが、アジア・太平洋地域に立地する団体として、そこにある著作権管理団体をしっかり育ててくれという意思を感じてきました。この中で、著作権思想の普及や音楽文化の振興をもっとやらなければならないと認識を新たにしました。
--「反対意見」は出なかったのでしょうか?
浅石:私は、2016年の理事長就任時、経営指針として「改革と挑戦」をかかげました。改革するだけでは現状維持で、挑戦することでプラスアルファがある、と言いつづけてきました。この共通目的基金は、私の最大の「改革と挑戦」だと思っています。
ほかの役員には「これが通らないのなら、オレはやめるから」と言っていましたし、社員総会で否決されたら、その場で理事長を辞めるつもりでした。理事会でも作家、音楽出版社の理事から多くの意見が示されましたが、最終的に社員総会で全会一致の賛同を得たのは、やはり「改革と挑戦」をご理解いただけたからだと思っています。
――「改革と挑戦」の背景は?
浅石:JASRACの2018年度の徴収額は、2007年度の1156億円に次ぐ1155億円で、史上2番目となり、委託者への対価還元につなげてきました。この間、2009年には、公正取引委員会の排除措置命令があり、JASRACはその対応などで、著作権管理業務に専念できるような状況ではありませんでした。
私は、理事長になった2016年の9月、公取委の排除措置命令の審判請求を取り下げました。その結果、著作権管理事業に専念することができるようになり、トップランナーに返り咲くことができました。
しかし、トップランナーは、その責任も負わなければなりません。すでに、文化庁・著作権審議会・使用料部会(1992年)で、著作権思想の普及、芸術文化の振興、国際的な研修・交流事業を提案されていました。
JASRACはこれから、こうした事業に本腰を入れなければいけないのではないか、著作権管理事業と「もう1つのエンジン」をもってやっていくことが、音楽文化の振興という究極の目的に向けて、これからのJASRACの歩むべき姿と考えたのです。
――JASRACが責任を負う必要はあるんでしょうか?
浅石:歴史を振り返ると、JASRACは、ひとりで大きくなったわけではありません。草創期(1939年~51年)においては、大変な時期もありました。しかし、JASRACは1951年に大きな転機を迎えます。米国作曲家作詞家出版者協会(ASCAP)と契約を結んで、その楽曲を管理できるようになったのです。
1951年当時、JASRACの徴収額は約1800万円です。そういう状況の中で、ASCAPはアメリカ楽曲の管理をJASRACにまかせてくれたのです。1951年は私の生まれた年ですから、個人的にも象徴的な出来事です。
さらに、1953年には、SIAE(伊)、GEMA(西独)、PRS(英)など、欧米の主要な著作権管理団体と契約を結んで、それらの楽曲の管理ができるようになりました。自分たちの管理楽曲をまかせることで、小さなJASRACを支援してくれたのです。
また、私がJASRACに入った1975年ごろの管理職の多くは、海外の著作権管理団体に留学した経験がありました。留学先で、実務のノウハウを覚えて戻ってきて、JASRACの基礎を築いたのです。ほとんどが、海外の著作権管理団体の招待によるものでした。
10年、20年という長いスパンで見て、著作権の思想が普及して、音楽文化が振興して、アジアの著作権管理団体が伸びること。互いに音楽文化の交流と楽曲利用があって、創作者が著作権使用料を得ることができる。そういう基盤をつくることで、JASRACの委託者の共通の目的にかなう。このことと、分配保留金の解消という課題が符合したわけです。
――具体的に何をやるのでしょうか?
浅石:これからつくる有識者(専門家)の委員会が具体的な方向性を決めることになります。初めてのことなのでじっくり考え、2020年度下期から、1つか2つの事業ができればと思っています。一気に使い切るのではなく、10年、20年経ったときに「委託者共通の目的にかなう」ということが、はっきりとわかるような使い方にしたいですね。
ただ、予断を与えないためにも、あまり具体的には言わないように気をつけています。議論を進めるために例をあげていきますが、それにこだわらずに共通目的事業はどうあるべきか、これからじっくりご議論いただきます。
それでもやはり、JASRACは、先進諸国から支援を受けて、ここまで成長したわけですから、著作権思想の普及、音楽文化の発展、アジア地域の団体への支援ということは、当然やっていかなければいけないと思っています。
そのためには、まずは人です。JASRACの草創期の経験を踏まえて、アジア・太平洋の著作権管理団体から研修生を受け入れたり、こちらから人を派遣したりするなど、人的交流は必要だと思っています。
――日本側が受ける影響はどんなものがありますか?
浅石:たとえば、私的録音録画補償金制度というものがあります(編集部注:コンテンツを録音・録画する機器、メディアごとに、あらかじめ補償金を上乗せして販売する制度。5月30日のCISAC総会では、日本でも、対象機器の公平な見直しをもとめる決議が採択された)。
CISAC会長のジャン・ミシェル・ジャール(エレクトロニックミュージシャン・作曲家)の会見で、一部の記者から「私的複製の補償金なのに、欧州ではなぜスマホにまで補償金をかけるんですか?」という意見がありました。日本の議論はそこで止まっているんです。一方、ヨーロッパはそれを乗り越えて、権利者と企業、個人に機器を提供する企業との利益配分が補償金と捉えられています。
ジャン・ミシェル・ジャールは会見で、自身のスマホをかかげて、「これがなんで10万円で売れるんだ」と聞き返したうえで次のように話しています。
「電話と通信だけなら、5万円くらいで十分ですよね。でも、いろいろなものが付加されています。その1つとして、音楽を聞いたり、発信したりする機能も入っています。ヨーロッパの企業は、その責任として、創作者に対価還元しようと、ストリーミングの時代になっても、ちゃんと補償金を払っています。ぜひ日本の人たちにもわかっていただきたい」
このような創作者・クリエーターを尊重できる環境を、日本でも整えていきたいですね。
――海外と日本で、著作権に対する考え方が違うのでは?
浅石:日本の専門家には、「著作権は基本的人権だ」と位置付けたうえで、議論してほしいと思っています。
これまでの専門家のものだった著作権が、デジタル時代になって、一般国民のものになってきたんだ、だから著作権法を変えなければいけないんだ、という人も多くいます。
しかし、歴史から考えると、フランス革命で、市民が血を流して、命を賭して、勝ち取った権利の一つが著作権です。だから、ヨーロッパではデジタルの時代になるずっと前から「著作権は市民のものだ」と考えられています。
これまで、著作権を専門としている日本の弁護士の多くは、アメリカに留学していました。しかし、日本の法律は、基本的に大陸法がもとになっています。とすると、やはりヨーロッパへ留学する弁護士も増えてほしい、そう考えています。企業側の論理が優先される状況が続いていますが、創作者・クリエーターの保護を第一に考えられる、そういった弁護士が増えていくことで、文化発展につなげていければと考えています。