2019年08月07日 10:11 弁護士ドットコム
多摩川河川敷で2015年2月に川崎市の中1男子が殺害された事件で、遺族が加害者側を訴えていた裁判の判決が7月26日、横浜地裁であり、計約5500万円の支払いが命じられた。
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事件では、犯行当時18歳だった男性が殺人と傷害、17歳だった男性2人がそれぞれ傷害致死で起訴され、 いずれも不定期刑が確定している。
神奈川新聞によると、遺族は元少年3人とその親を合わせた計8人を提訴。判決ではこのうち、主犯格の男性にカッターナイフを渡した元少年の両親については、賠償責任を認めなかった。つまり、6人に計約5500万円の賠償を命じたことになる。
ただし、判決が確定しても実際に支払いがあるとは限らない。報道では、加害者側にも複雑な家庭事情があったとされる。少年たちが出所後の働き口を見つけるのも容易ではないだろう。仮に支払う意思があったとしても、現実的に無理なこともある。
裁判から見える被害者支援の課題について、犯罪被害者支援に取り組んでいる宇田幸生弁護士に聞いた。
ーー判決が出たあとの回収の難しさについて教えてください
犯罪の加害者から被害者への賠償金が支払われない例が相次いでいることは、報道でもしばしばされているところです。
日弁連が2015年当時に行なったアンケート調査でも、殺人などの重大犯罪については、賠償金を満額受け取ったという回答はなく、60%の事件でも支払が一切なかったというデータがあります。
重大な犯罪被害事件においては、たとえ判決が出ていたとしても回収が極めて困難であるというのが実情といえるでしょう。
ーー相手が払わない場合、どういう手続きを取るのでしょうか?
相手(債務者)に支払う意思がない場合には、確定判決を得た者(債権者)は「強制執行」の申し立てを裁判所に行い、裁判所の命令によって、債務者の財産を強制的に差し押え、現金化する等して、強制的に賠償金の取り立てを行なうことになります。
しかし、裁判所の判決は「強制的に債務者の財産から取り立てをして良い」といういわば許可書でしかないため、差し押さえるべき財産を「債権者自ら」探し出す必要があります。
ところが、債権者には警察のような捜査権限がなく、十分な調査ができません。現行法上は、弁護士法に基づく弁護士会照会制度(弁護士法23条の2)を利用して債務者の財産を調査したり、裁判所への申立てによって債務者から自主的に財産内容の開示を求める「財産開示手続」(民事執行法196条以下)を駆使したりして、取り立てすべき財産を探し出している状況です。
とはいえ、これら現行制度では、なかなか財産を探し出すには至らないというのも実情です。このような状況を踏まえ、今年5月10日に改正民事執行法が成立しました。
(1)債務者以外の第三者から財産の情報を取得する手続や(2)現在ある財産開示制度で債務者が財産開示手続に協力しない場合に懲役刑が科せられるように罰則を強化するーー等して、制度の実効性を高めようとしているのです。
これら新制度は、今年5月17日の公布から1年以内の政令で定める日から施行される予定です。
ただ、これら新制度が開始されたとしても、そもそも財産が何もない債務者の場合には、結局、取り立てはできません。これでは、せっかく苦労して勝ち取った判決も「紙きれ」と言わざるを得ないのです。
ーー相手に財産がなければ、泣き寝入りするしかないのでしょうか?
相手に支払意思があっても、判決で命じられた賠償金を支払うだけの資力を有していない場合には、現実的には回収は困難と言わざるを得ません。
支払える範囲での分割払いを許容する、あるいは相手方が第三者から返済原資の協力を得る努力等をして支払を受ける方法が現実的にできる方策となります。
ーー今回の裁判は親も対象となっており、実効性は上がっているとも考えられます。一方で、親も訴えるため、裁判を迅速化する「損害賠償命令制度」を使わなかったそうです
「損害賠償命令」の利点は、有罪判決を言い渡した裁判所が、引き続き損害賠償額について判断をすることになるため、刑事裁判結果の実情を踏まえた判断を期待できることにあります。
また、原則として4回以内の審理で判断がされるため、早期の解決も期待できます。さらに、手数料が一律2000円とされていることや、刑事裁判で取り調べた証拠を引き続き損害賠償命令の手続でも証拠として利用することができるため、被害者が改めて全ての証拠を集めて高額の印紙代を支払って民事訴訟を起こさなくても良いことが利点となります。
このように制度としての利点もありますが、一方で利用できる犯罪被害が殺人や傷害罪等の一定の犯罪類型に限られているため、例えば、「自動車運転過失致死罪」等では利用することはできません。
また、複雑な争点がある等、迅速な判断に適さない事案では、裁判所の判断で通常の民事訴訟に移行されることもあります。
さらに、損害賠償命令が発令された場合でも、当事者の異議申立てが認められると、通常の民事訴訟で改めて審理をし直すことになります。
このように通常の民事訴訟に移行した場合には、本来必要とされる印紙代との差額を追加で納めなければなりません(例えば、1億円の損害賠償を請求する民事訴訟の場合、印紙代は32万円となるため、2000円との差額を納める必要があります)。
このように損害賠償命令制度は、事件の性質によって使い勝手が変わってくるため、制度の利用には注意を払う必要があります。
ーー少年事件での親の責任は慎重に検討すべきとはいえ、被害者側の負担を軽減することはできないのでしょうか?
ご質問のように加害者が未成年者等であり資力が期待できない場合でも、親を含めて請求することは損害賠償命令の制度上できません。
簡易迅速な手続を前提とする損害賠償命令制度では、親の監督責任まで審理対象とする事案は制度上、予定されていないのです。このような場合には、親を相手に通常の民事訴訟を提起し、その中で改めて親の監督責任を追及していく必要があるのです。
もっとも、重大な犯罪被害に遭った被害者の立場を考えれば、できる限りその負担を軽減するべきであることは勿論です。
例えば、損害賠償命令の対象となる犯罪被害に基づく賠償金請求の事案では、通常の民事訴訟を提起した場合でも、印紙代を減額・免除する等の負担軽減措置を行なうことが考えられます。
ーーこのほか、被害者支援で解消すべき課題にはどんなものがありますか?
「犯罪被害者等基本法」では、犯罪被害者等のための施策は、犯罪被害者等が、被害を受けたときから再び平穏な生活を営むことができるようになるまでの間、必要な支援等を途切れることなく受けることができるよう、講ぜられるものとするとされています(3条)。
被害者支援の場面では、今回のような経済的な問題だけでなく医療や福祉の面でも途切れることのない手厚い支援が必要です。
そして、判決を獲得しても賠償金を受け取ることが困難な事案の場合には、次のような抜本的な法整備をすることが望まれます。
(a)判決自体に債務者の財産調査のための包括的強制的な捜索権限を付与する
(b)財産が見つからず、取り立てが困難な場合には国がその立て替えを行い債務者に求償する
(c)取り立ての有無を問わず、国が損害賠償金全額を犯罪被害者給付金により支給する
この点、北欧のノルウェーでは、犯罪被害者のために賠償金を国が立て替え、その取り立てを加害者に対して国が直接行なう「回収庁」と呼ばれる役所があります。
同国では、国民総背番号制によって加害者の財産捕捉が容易になっており、国による加害者への求償も効果的に進められていると言われていますので、我が国でも、マイナンバー制度を活用する等して抜本的な制度改革を進めることも考えられるのです。
【取材協力弁護士】
宇田 幸生(うだ・こうせい)弁護士
愛知県弁護士会犯罪被害者支援委員会前委員長。名古屋市犯罪被害者等支援条例(仮称)検討懇談会元座長。殺人等の重大事件において被害者支援活動に取り組んでおり、著作に「置き去りにされる犯罪被害者」(内外出版)がある。
事務所名:宇田法律事務所
事務所URL:http://udakosei.info/