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広瀬すずの“ありえないような幸運”に刻まれた『なつぞら』の本質 なつと坂場の“開拓宣言”を受けて

2019年08月06日 06:11  リアルサウンド

リアルサウンド

『なつぞら』写真提供=NHK

 広瀬すず演じるヒロイン・なつの結婚も決まり、益々この先の展開が気になるところの朝ドラ『なつぞら』(NHK総合)である。日本アニメーションの黎明期を描く『なつぞら』において、高畑勲と宮崎駿がスタジオジブリ発足以前に共に手がけた傑作『太陽の王子 ホルスの大冒険』が恐らく元になっているのだろう『神をつかんだ少年クリフ』に取り組む坂場(中川大志)、なつ、神地(染谷将太)たち。その姿が描かれると共に、坂場のプロポーズというなつの人生にとっての転機が描かれた先週放送の第18週は、かなり重要な部分を担っていたと言える。


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 105話から108話にかけて、視聴者はあまりにも不器用なプロポーズを巡って日々二転三転する展開に毎朝心をざわつかせずにはいられなかったわけだが、「風車」の客たちが亜矢美(山口智子)と歌う「君といつまでも」のようにすんなりと「僕は死ぬまで君を離さないぞ、いいだろ」とはいかないのがこのドラマの妙であり、彼らのややこしさである。この一筋縄ではいかないヒロインと相手役のプロポーズには、ドラマの根幹を示すもう一つの意味が隠されていたように思えてならない。


 なつは、坂場への思いを吐露する時、アニメーションとは何かを語る坂場の「ありえないことを本当のように描く」という言葉に痺れたのだと言った。この「ありえないことを本当のように描く、またはありえないことのように見せて本当を描く」という言葉は、このドラマにおいて何度も繰り返されてきた言葉だ。その後なつは自身の人生を振り返る。これまでのドラマの展開を総括するかのように。そしてそれらを「ありえないような幸運」だったと語ったのである。


 それは、このドラマ自体の本質なのではないのだろうか。老若男女世代を問わず、朝の習慣として100作品かけて親しまれてきた朝ドラに挑む上で、「ありえないことのように見せて本当を描く」もしくは「世界の裏も表も描く」ことが、このドラマの最も目指したい部分なのではないか。


 では、「本当」とは何なのか。仲(井浦新)や麻子(貫地谷しほり)が神地や坂場、なつという新しい世代に対して感じる困惑や不安。才能の強さと残酷さ。燃え上がる恋はあっけなくすれ違い、想定していない恋は簡単に実を結んでしまう現実。常に明るく現実的なしっかり者ヒロインは時に、好きだった幼なじみ・天陽(吉沢亮)の結婚を知り、その場では明るく振舞っておきながら、一人「風車」のカウンターで水を飲んでやり過ごし、夢に向かって邁進するがゆえの孤独を匂わせる。107話の彼女の告白に、我々が想定していなかったほどの情熱的な恋心が隠されていたように、なつは、自分自身の本音の吐露が意外にも苦手なのかもしれない。底抜けに寛容な登場人物たちが描かれる一方で、ドラマ自体は時折視聴者をも突き放すほど現実の残酷さを垣間見せてきたり、明確には語ることのできない男女間の感情を匂わせてきたりする。


 そしてなにより、このドラマにおいて一貫して描かれているのは、「個人」と、家族や会社といった「組織」の間のジレンマだろう。北海道編では泰樹(草刈正雄)と農協の戦いが長い時間をかけて描かれ、イプセンの『人形の家』を契機に雪次郎(山田裕貴)は、家を継いで菓子職人になるという規定路線から逸脱し役者を志すが、あっけなく挫折して北海道で家業に邁進する。女の自由と本来の幸せを追求してきた夕見子(福地桃子)は、「駆け落ち」で社会に戦いを挑んだが成功には至らず、地元の農協で働く道を選ぶ。ありがちと言えばありがちな挫折。このドラマに抵抗を感じる人は、そんな個人の戦いと敗北のあっけなさに憤りを感じるのかもしれない。


 18週において描かれたのは、「そろばん」からはじき出された芸術に対する憤りから、自分たちのやりたいように映画を作ろうとした坂場と神地の挑戦と、若さゆえの未熟さとその自覚であり、最終的に、興行成績という「そろばん」上の結果に他ならぬ坂場自身が揺り動かされてしまった。坂場たちが作り上げた作品は後の世で語り継がれることになる傑作になるであろうことは間違いないが、会社の忠告に背き自由を選んだ代償は、会社の管理体制を厳しくし、待遇面で他の多くの社員を巻き込むほど大きかったこともまた匂わされている。


 個人が組織の方針に抗い、勝つことは簡単なことではない。生半可な思いでは自由や夢は勝ち取れない。本当は、その運命に従ったほうが彼ら自身の本来の幸せであり、「置かれた場所」を耕すことも立派な開拓であることも間違いない。雪次郎や天陽のように。それでもそれに抗い、ゼロから新しい何かを作り出そうとするなつや坂場たちがいる。


 坂場が、「幸せにする」才能を否定しても、「あなたの人生を作ります。一生かけて。必ず傑作にします」と、自身の物語を作る才能をもって彼女を幸せにしようと心に誓ったことは、仕事を失ってもなお、製作に対する自信の揺るぎなさを感じさせる。また、今後作っていくことになるだろう彼のモデルと思われる高畑勳が手がけた多くの作品(『アルプスの少女ハイジ』や『火垂るの墓』等)に、これまでのなつの人生の複数の場面を重ねずにはいられない。それだけに、坂場のプロポーズは、彼らがこれから2人で“開拓”していくことになるアニメーションの世界への開拓宣言であるとも言えるのである。


 彼らは、新たにどんな「ありえないこと」を作り出そうというのだろうか。しっかりと見届けたい。(藤原奈緒)