名門DAMSを創設したジャン-ポール・ドリオ。闘病生活のすえ68歳で亡くなった FIA F2に参戦しているDAMSは8月3日、チームの創設者でオーナーだったジャン-ポール・ドリオが闘病生活のすえ亡くなったと発表した。68歳だった。1988年にレーシングチーム『DAMS(ドリオ・アソシエ・モータースポーツ)』を創立して以降、国際F3000やGP2、フォーミュラ・ルノー3.5、F2などビッグフォーミュラの最強チームのひとつを牽引してきた。
ドリオは1988年に、元F1ドライバーのルネ・アルヌーとともにDAMSを設立。もともとはドリオ=アルヌー・モータースポーツの略語だったが、その後現在のかたちとなった。88年に創立されてからは国際F3000を主戦場とし、1990年にエリック・コマス、93年にオリビエ・パニス、94年にはジャン-クリストフ・ブイヨンといったフランス人王者を輩出している。
またF1直下のフォーミュラがGP2、そしてFIA F2に変わってからも参戦を続け、ロマン・グロージャンやダビド・バルセッキらを輩出。2007年には中嶋一貴が、2008~09年には小林可夢偉も所属し、可夢偉はともにGP2アジアシリーズのチャンピオンを獲得した。
さらにフォーミュラ・ルノー3.5やAuto GP、A1グランプリ、スポーツカーレースにも挑戦し、2014年からはe.DAMSとしてフォーミュラEにも参戦。2018-19シーズンにはニッサンe.DAMSへのテクニカルサポートというかたちで参戦している。
チームは創設者の逝去に深い悲しみを示すとともに、FIA F2ハンガリーでのニコラス・ラフィティの勝利とセルジオ・セッテ・カマラの表彰台をドリオとの思い出に捧げるとした。また、DAMSでキャリアを過ごした多くのドライバーたちがSNSで悲しみを示している。