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BAD HOPになぜ惹きつけられるのかーーリリックに宿った“リアリティ”に迫る

2019年08月05日 01:01  リアルサウンド

リアルサウンド

BAD HOP『Born This Way』

 7月31日にNetflixオリジナル作品として人気漫画『ケンガンアシュラ』のアニメがスタートした。この作品は企業間の対立を「拳願仕合(ケンガンジアイ)」と呼ばれる地下格闘で決着させる世界の物語で、企業に雇われた猛者達による超人的なステゴロが魅力だ。また原作者と編集担当者は豊富な格闘技経験があり、ふたりでバトルシーンを実際に再現して、作画の細部を修正するエピソードが単行本巻末にて描かれている。だからこそ、外連味と浪漫に溢れた劇中のバトルはフィクションでも、体重移動や体の力み方の感覚を読者の脳内に再現させるような細部に拘った表現が特徴的だ。おそらく格闘技経験が活きているのは、作画だけではない。ステゴロに近い総合格闘技は、最強の格闘技を追求する異種格闘技を経て生まれた競技であるだ。メジャーな格闘技には無い技術や、知られざる強者が次々と発見され、その度に技術論が世界的に進化する少年マンガのような歴史があるのだ。その興奮を呼び覚ますような豊かなキャラクターや技術のアイデアも、格闘技経験者ならではのものだろう。( Netflix公式によるケンガンアシュラ予告は、CGによる描写に賛否両論が起きているがそれだけ作画が評価されていることが伺える)


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 その『ケンガンアシュラ』のエンディングに、BAD HOPの新曲「Born This Way(feat.YZERR& Vingo & Bark)」が採用された。フィクションのような現実から出てきたタトゥーだらけの青年達の曲が、リアリティを追求したフィクションの作品で起用される。個性的なキャラが入り乱れる『ケンガンアシュラ』と、豊かな声色とフロウが魅力のBAD HOPという点でも、相性バッチリだ。序盤のYZERRのヴァースが突如Vingoの高い声へと切り替わる瞬間がどうアニメになるのかを勝手に妄想していたが、残念ながらVingoの部分はカットされ、YZERRとBarkによるダウナーな部分のみが使用されていた。仕方がない。


 それでも、物語の主人公である十鬼蛇王馬の育った環境に通じる生い立ちを持つBAD HOPが描く世界は、やはり『ケンガンアシュラ』に合致する。いや、むしろ同作はBAD HOPらしさが色濃く出ている。ただBAD HOPらしさと言っても、ファンでなければ彼らの印象は、イカつい川崎のグループで元はラップバトル出身、くらいのものかもしれない。今一度、「Born This Way」のメインを歌うBAD HOPのリーダー、YZERRを中心に彼らを紹介したい。今の成功はYZERRが手繰り寄せたものとすら思えるのだ。


 まずバトルブームの火付け役としてBAD HOPよりも先に、中心人物であるT-PablowとYZERRが有名になったのは事実だ。2012年7月に放送された第1回目の『BAZOOKA!!! 高校生RAP選手権』。これに川崎から双子の不良兄弟が出場した。結果、トーナメントの決勝は兄のK-九と、地元の後輩であるLil Manとの川崎対決というドラマを生んだ。初回の熱気冷めやらず、回を追うごとに話題となった『高校生RAP選手権』こと“高ラ”は、後のラップバトルブームに大きく貢献をしてきたことは間違いない。


 Lil Manと互いを鼓舞するような決勝を制して初代王者となったK-九は、T-Pablowと改名して第4回に再出場する。そして2度目の優勝を果たすのだが、後に弟のYZERRが普段着で挑もうとした兄を引き止め、40万近く投じて服を一新させたと語っている。不良漫画のような美談に聞こえるかもしれないが、YZERRは「その40万円は後々、何千万~何億円になると思った」と振り返る(参照:https://amebreak.jp/interview/7207/2)。この野心溢れるビジネスマインドこそが、彼らの魅力であり、説得力の土台だ。


 「僕たちは音楽を『売ろう』とは思ってない」とも続けてYZERRは語っているが(同上)、楽曲販売のみならずBAD HOPはキャリアで大一番となる瞬間を、稼ぐチャンスと捉えていない。2階建ての家をステージに建てたZepp Tokyoのワンマンも、急遽空いた平日を満席にした武道館ワンマンも、ギリギリの収益しか無いことをYZERRは自身のラジオ番組『#リバトーク』で明かしている。勿論、彼らが金に疎いはずがない。YZERRは金で何かを得られる・得られないの見極めが鋭く、チャンスには投資へ踏み切れる野心家なのだ。それには、彼らの出身地である川崎の町が由来しているのかもしれない。


 BAD HOPが育ったのは、川崎市川崎区。駅周辺は華やかだが、異様な空気を漂わせた風俗店が建ち並ぶ通りも残っている。さらに東に進むにつれ徐々に町並みに虚無感が漂い始め、産業道路を超えたら完全なる工場地帯だ。他所者の筆者はコンビニを見つけると安堵の気持ちが芽生える程、見慣れない生活が広がっている。この町は複雑な家庭環境が多いと聞くが、疑う気にならない。家にトラブルがある子供は当然ながら帰りたがらず、外の世界で自然と非行へ走る。彼らはやがて暴力団へ上納金を工面すべく、悪事に手を染めざるを得なくなるサイクルが出来上がっているらしい。周囲の大人は誰も手を差し伸べない。勝手に働こうものならドヤされ、ヤクザの息のかかった会社でカモにされる運命だ。警察に捕まった際に相談をしたものの、逆に警察から暴力団へ突き返される始末。この悪夢のような世界が、ライターの磯部涼氏による『ルポ川崎』に詳細に記されている。YZERRは子供の頃から金銭がいかに状況の解決策として機能するのかを、目の当たりにしてきたのだろう。そして同時に、金で得られないことに対する嗅覚も鋭いはずだ。


 一時はそうしたビジネス感覚ばかりが育ち、なりたくなかったラッパーになりつつある自分に気付き、落ち込んだ時期もあるという。ここがまた、彼の魅力でもある。ラッパーとして以前に、人としてのバランスを取る感性を持ち合わせているということだ。


 ラップが与える音楽的な高揚感は、打楽器的なリズムだけではない。聴く者の脳内にリリックの主が宿るような力があってこそ、ラップがビートと共に高揚感を与えてくれる。BAD HOPにおいてそのリアリティを際立てているのは、実はインタビューやラジオでの発信ではないだろうか。圧倒的な人気を誇る彼らが、常に次の計画を考えている様子から、常に危機感すら感じている様子が伝わってくる時がある。その「勝って兜の緒を締める」が如き謙虚な彼らを知ると、アグレッシブなパフォーマンスも虚勢ではないと感じるのだ。勿論これはBAD HOPに限ったことではないのだが、ヒップホップマナーに反しない無骨な礼儀正しさを持ったグループは若手には稀有で、器用なタイプには無い魅力を感じる。


 また、そうした人としてのバランスだけでなく、楽曲のバランスも良い。”王道感”と自ら表現しているが、BAD HOPの音楽スタイルは世界的なヒップホップのトレンドをうまく消化してバランスの取れた王道のサウンドを見事に突いてくる。トレンドが年に何度も変わるこのジャンルにおいて、新たなスタイルを鵜呑みにリリースしていたら、すぐに曲の価値は風化してしまう。それはクラブでDJにプレイされなくなることを意味する。客はダサい曲では踊りたくないのだ。その点、BAD HOPは海外のサウンドとシームレスにミックスできるバランスになっており、多様な層がBAD HOPの存在を認める所以だろう。


 以上を振り返った後に『ケンガンアシュラ』のエンディングを観てほしい。血塗られた主人公の過去を予感させるアニメに、地獄のような少年時代を過ごしたYZERRの言葉が重なる様子を、改めて吟味できるはずだ。(斎井直史)