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映画の国際共同製作が増加する背景とは そのメリットと日本映画界の課題を深田晃司監督に聞く

2019年08月03日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『よこがお』(c)2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS

 本物のアンドロイドを出演させた深田晃司監督の『さようなら』(2015年)を観た人は、ヒューマニティやAI時代の到来を扱った壮大なテーマが繊細な日常の視点で見事に語られた物語に、息をのんだに違いない。その後も、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞に輝いた『淵に立つ』(2016年)では危うい家族の絆を、『海を駆ける』(2018年)ではインドネシアの人々と在住日本人たちの絆をとおして、人間の関係性や人生の不条理を静かに、かつ深遠に映し出した。深田ワールドに潜む衝撃的な物語性は観る者の皮膚を突き刺す。そんな彼の世界観が炸裂した話題作『よこがお』が7月26日より公開されている。


 復讐劇を描いたサスペンス、人間の多面性を映し出したヒューマンドラマ、マスコミに警鐘を鳴らす社会派……様々なレイヤーに包まれた本作はジャンルのつけようがない作品だ。深田晃司監督へのインタビューをもとに新作や日本映画界が抱える課題について考えていきたい。


■普及していないオーディション文化


 主演俳優、筒井真理子の美しい“よこがお”にインスパイアされて生まれたという『よこがお』。「半身は見えているけれど、半身は見えない」という人間の横顔から、「一度には見ることのできない人間の複雑な多面性」を見てもらえるような構成にしたという。


 脚本の執筆時点から制作にかかわったという筒井真理子、彼女と釣り合う演技力で対峙できる池松壮亮、どこか秘めている攻撃性を“佇まい”で表現できる市川実日子、ベテランの大方斐紗子、そして市子を優しく見守る吹越満を監督自身がキャスティングしたが、残りのキャストはオーディションで起用した。だからこそ、本作の俳優陣の演技はメインキャストを筆頭に非常にナチュラルで説得力があり、俳優のイメージがキャラクターから決してはみ出ていない。


 しかしながら、深田監督が説明するには、欧米と比べて日本ではオーディション文化がまだまだ根付いていないそうだ。


「日本では、“有名な俳優さんに声をかける=役のオファーである”というのが一般的で、それは色んな意味でもったいないと思っています。まだ無名の俳優さんにとっては出演の機会が限定されてしまいますし、逆に人気のある俳優さんにとっては自分で仕事を選ぶことができず、オーディションを通してチャレンジしたり自分の出たい映画に出たりすることができないので、基本的に待つことしかできなくなってしまう。映画界の問題というよりは、俳優さんが主体的にやりたい仕事ができなくなるというのが問題だなと思っています」(深田監督、以下同)(※1)


 もちろん、欧米でも指名によるキャスティングで俳優が決められる場合も多々あるが、あの娯楽大作『アベンジャーズ』のアイアンマンを演じるロバート・ダウニー・Jr.でさえもオーディションで選ばれているのだ。


■映画助成金の不足が招くもの


 加えて、日本映画界が抱える課題として政府による助成金の不足も考えられる。映画の多様性を創出するNPO団体「独立映画鍋」を7年前に共同設立した深田監督によると、フランスの映画行政を管轄する国立映画センター(CNC)が毎年映画のために支出する資金は年間約800億円。近年、コンテンツ輸出で世界的な成功を収める韓国映画振興委員会(KOFIC)は400億円を支出している。一方、資料不足で正確な数字は不明だが、日本の経産省と総務省が「クールジャパン政策」において支出する予算から映画に流れる資金(約40億円)と、文化庁が映画に出す助成金(約20億円)をあわせた金額は、年間約60億円だと見積もられるという。


 韓国のKOFICはフランスのCNCをお手本にして作られたと言われており、CNCやKOFICの莫大な予算の財源の一部は「チケット税」から来ている。これは、“映画入場料金の数%を徴収し、それを映画支援のための資金に当てていく制度”(※2)で、例えば「映画会社がリスクの大きさを理由になかなか認めない企画の製作を支援する」や「公金を大作映画から集め、作家主義の作品や多様性を持つ作品へ補填する」といった意図により作られた。(※3)


 つまり、日本における映画助成金の不足は、映画製作に高い予算をかけられる娯楽大作の製作を促し、実験的な作品や小作品の製作を妨げて、結果的に日本映画の多様性を損なっているのだ。


「特にヨーロッパでは大きな映画と小さな映画が共存できるよう制度設計されていて、映画の多様性が守られています。極端に言えばゴダールのようなアート系とリュック・ベッソンのような娯楽映画が共存していますが、日本はもっと市場原理主義的で、生き残るためにアート系はより高い娯楽性を求められるようになる。すると中途半端な作品が出来上がり、表現に多様性がなくなってくるんです」


■90年代から広がる国際共同製作


 1990年代、莫大な予算をかけて作られるハリウッド映画に対抗するために、ユーロの誕生に背中を押されて、ヨーロッパ各国が共同で大型映画を製作する国際共同製作のトレンドが生まれた。その波がアジアにも流れてアジア内での国際共同製作が増加し、現在ではアジア内にとどまらず、グローバル内での国際共同製作がなされている。


 とはいえ、日本は国内市場が大きく、DVDなど映画の二次市場が安定していることから大手映画会社は国際共同製作に携わるリスクを回避する傾向がいまだにあり、国際共同製作はインディペンデント系の小規模なプロジェクトをメインとして増加している。(※4)例えば、深田晃司監督作『海を駆ける』(インドネシア)、富田克也監督作『バンコクナイツ』(タイ)、松永大司監督作『ハナレイ・ベイ』(ハワイ、アメリカ)などがそうだし、今年のカンヌ映画祭で批評家週間で上映された富田克也監督作『典座 -TENZO-』を制作した映像作家集団「空族(くぞく)」など、海外での制作を行う制作会社も増えてきている。


 そして、ベテラン監督勢も負けじと、国際共同製作に続々と着手し始めた。黒沢清の『旅のおわり世界のはじまり』(ウズベキスタン、カタール)や、河瀬直美の『Vision』(フランス)もそうだ。この作品は、河瀬監督自身が代表を務める制作会社「組画(くみえ)」とパリの映画制作会社「Slot Machine」が共同製作した。(※5)


■日本の大手映画会社とフランスの共同製作『よこがお』


 ところが最近、日本の大手映画会社も国際共同製作を視野にいれるようになってきた。日本の少子化やDVDの売り上げの低下などが原因で引き起こる、将来的な日本市場の縮小が原因だ。深田晃司監督作品においては、『淵に立つ』がカンヌ国際映画祭で受賞し、日本よりもフランスの方でより高い興行収入を得たこともあったせいか、新作『よこがお』では大手映画会社である「KADOKAWA」とフランスの制作会社「COMME DES CINEMAS」がタッグを組んだ。今回の国際共同製作に日本の大手が挑んだことを、深田監督は「原作もないオリジナルの脚本を国際共同製作で映画化することは、KADOKAWAさんにとってはリスクも高いはずだったと思います。KADOKAWAさんには漫画や小説など膨大な量のコンテンツが既にあるのに」と振り返る。


■投資家、クリエイター、観客からの視点


 国際共同製作には経済的なメリットもある。複数の国から投資が集まることで投資額が増えて投資リスクが分散される上、自国以外の市場が見込めることから、市場の拡大も狙えるのだ。この市場の拡大は、映像作家のクリエイティビティにも繋がる。


「市場を拡大するということが作り手にとって最大のメリットです。原作のない長編映画というのはある意味、担保のない状態でリスクが高い。手間暇もお金もかかる長編映画を国をまたいだ合作という形にすることで、作り手は作りたい映画を作ることができる」


 また、深田監督はクリエイティブの面でも国際共同製作は「単純におもしろい」と語る。


「今回はポストプロダクションの音楽や編集でフランス人にかかわってもらったんですが、自分の育ってきた文化圏とはまったく違った文化圏の人々によって自分の作品が解釈され、自分が思ってもいなかった発想が入ってくるとクリエイティビティが広がります」


 では、国際共同製作は、観る側にとってはどのようなメリットがあるのだろうか? 国際共同製作作品の配給も手掛ける映画宣伝担当者によると、多文化的な視点の入った映画は物語に普遍性をもたらすという。要は、日本人だけが分かる文化や表現、あるいは商業的観点をこえて、世界中の人々が理解できるテーマ性が否定されずにもちやすいことから、グローバル市場で競争できる作品が出来上がるのだ。事実、深田監督の『よこがお』は、ある事件をきっかけに“無実の加害者”へと転落した女性の運命をとおして、冤罪、マスメディアの報道責任、LGBTQ、人生の不合理、家族や人間の絆など、国や人種をこえてアピールできるテーマを抱えている。


■日本映画界の未来


 黒澤明、小津安二郎、溝口健二らが活躍した“第二の映画黄金期”と呼ばれる1950年代は、映画が大量生産され、大手の映画製作会社が映画館チェーンを直轄で独占していたハリウッドのスタジオ・システムと似た制度にそって、日本独自の映画文化がピークを迎えた。いまではこのスタジオ・システムは存在しないが、当時の“日本市場に向けた映画作り”という競争原理には、今もあまり変化がない。現在、日本の映画館に足を運ぶのは10代の女性が一番多く、20代女性、10代男性と続き、50代以上の男性の鑑賞率が最も低い。(※6)(※7)


 日本でアニメ映画や青春映画の製作本数が高いのは、鑑賞率の高い観客層をターゲットにした映画作りを最優先にしているからなのだ。


 しかし、製作側が観客動員数や興行収入ばかりを気にすればどうなるかーー。10代や20代向けの同じような映画ばかりが作られてしまう。映画の多様性は失われ、日本映画は単なる“商品“となり、グローバル市場での競争力や存在感も失ってしまうかもしれない。


 フランスや韓国とは異なり、 “芸術文化”として映画を守るために保護政策を打ち出そうとしない日本政府に対して、深田監督は最後にこう締めくくる。


「映画界全体が制度を変える意思をもち団結して政策提言を行わないと、行政は動かないでしょう。行政制度から変えていく。これがないと根本的改善は望めないと思います」


(文=此花わか)


・参考
※1…日本と海外の映画業界の”ざんねんな違い”。鬼才監督が語る – bizSPA!フレッシュ
※2…多様な映画のために。映画行政に関するいくつかの問い掛け – 独立映画鍋
※3…フランス映画の現実--意義の薄れる助成金制度 – ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2013年2月号
※4…国際共同製作の実際…経済産業省 UNIJAPAN
※5…Japanese Film Makers Find Opportunities in International Co-Productions – Variety
※6…第6回「映画館での映画鑑賞」に関する調査 – NTTコム リサーチ
※7…第7回「映画館での映画鑑賞」に関する調査 – NTTコム リサーチ