安くて美味しい料理ばかりが呑み屋さんの魅力ではないんだよなあ、というのが今回の旅行記のテーマなんですけども、とりあえず話を始めましょう。
鈴鹿のスーパーGT以降、岡山のF3、ニュルブルクリンク24時間、タイのスーパーGT、ツインリンクもてぎのJAF-F4と転戦する間は夜の町をふらついている時間がなかったので(一部ウソ)旅日記もお休みをいただいておりましたが、全日本スーパーフォーミュラ選手権シリーズ第4戦でいつものポジションに復帰しましたので早速宿泊していた御殿場の、夜の町へ繰り出しました。
スーパーフォーミュラの週末は町がすいていて、ぼくら弱小業者でも御殿場市内にホテルが確保できる可能性が高くて嬉しいです。御殿場で時間があると行くのがこの新五月。創業60年というから老舗中の老舗居酒屋ですね。実際、店内は古き良きニッポン的居酒屋の王道を行く作りになっています。
お刺身やら串焼きやら揚げ物やら、基本的な居酒屋メニューは一通り揃っていて、そのどれも大変レベルが高いんだけど、それ以外にもオススメ料理の変化球がなかなか楽しくて美味しくてよろしいようで。
毎週木曜日に入荷する新鮮な馬レバー刺は実にウマい。生け簀から上げたアジを使い青唐を混ぜ込んだ”青唐なめろう”も絶品。あと推薦したいのは若鶏の半身揚げですね。何の変哲もない唐揚げなんだけど、30分以上かけてじっくり揚げたディープフライの加減が絶妙で、やめられなくなります。塩辛乗せのじゃがバターなども、どこの店にもありそうなメニューながら、ここのはなぜか不思議に美味かったりします。
何より、お店のキャッチフレーズが「今晩呑んで、明日は仕事」ですから。いいですよねえ。ということで、冒頭の「安くて美味しい料理ばかりが呑み屋さんの魅力ではないんだよなあ」に戻るんですけども、新五月にぼくが行くのは、安くて美味しいからだけではないんですよね。
週末の新五月は非常に混雑します。地元のお客さんに愛されているという感じですね。で、大勢のお客さんが食べたり呑んだり佳境に入る午後8時過ぎには、新五月のカウンター内も大騒動になります。
いなせなお姉さんが板前をつとめ、カウンターの中で板さんのお母さんとスタッフのおばちゃんたちに、ときどきお兄さんが混じってお客さんのオーダーを処理していくんだけど、次々注文が重なってフル稼働するとスタッフたちの語気も荒くなって、もう緊迫感満載の戦場になるんですよ。そこにまた追加注文が入ったりすると、余計なお世話ながらお客の立場でも「ああ、これはもうパンクするな」とか「さっきのあのお客さんの注文は多分忘れられちゃうな」とか、そりゃもう心配になってしまいます。
でも新五月のすごいのは「ああ、これはさすがにもうダメだな」と思っても、まずミスをすることがないところです。プロなんですね。もう土俵際でとんでもない粘り腰を見せます。で、慣れてくるとこの緊迫感が楽しめるようになるわけです。
ほぼ怒号の中で注文のやりとりが行われ「え~?、今回はさすがにもう無理でしょ」と思いながらもその注文がこなされていく様子をドキドキしながら見ていると、もうお酒が進むのなんの。ひとり呑みにはいろんな楽しみ方があるもんですよね。
ひとり呑み、と書きましたが、集団行動が得意ではないぼくは、ひとり呑みが気楽で好きです。仕事をした夜くらいはひとりでぼんやりしたいじゃないですか。だもんで、なるべく知り合いが少なそうな店を選ぶんですが、新五月はこんなに名店で老舗なのに、最近の四輪レース関係者はあまりお見えにならないようなので、そういう面でもぼくにはとても居心地のいい店です。
とは言っても、もちろん御殿場の店である限りどこにどなたがいらっしゃるかはわからないので、レースウイークはあまりヘンなことを大声で話さないようにした方が身のためではありますけど。
そういえば、いつだったかそのときは友だちとふたりで新五月に行って、金石勝智さんに出くわしたことがあります。そのとき金石さんは多分チーム関係の方々と何人かで来ていて、お互いの存在には気づいたけど会釈するだけで終わって、金石さんご一行はぼくたちより先にお帰りになられました。
で、ぼくたちもその後気持ちよく酔っ払って、さて帰ろうとお勘定をお願いしたら、新五月のお母さんが「あのう、先ほどのお客様が全部精算してお帰りになりました」と言うんですね。金石さん、あのときはご馳走さまでした。というわけでホントここ、いい店なんだから。