トップへ

悠木碧、堀江由衣……“声優として歌を唄う”強みを生かした2作品に注目

2019年08月01日 14:21  リアルサウンド

リアルサウンド

悠木碧『ボイスサンプル』(通常盤)

 もはや声優が歌を唄うことは不思議なことでもなんでも無くなった。名義に違いはあれど、アリーナ会場をバッチリと埋めてライブを披露し、観客を満足させる姿は、もはやシンガーやバンドマンと比較されてもおかしくないほどになってきた。そこで本稿では「声優として歌を唄う」という強みを生かした2作品に注目したい。


(関連:俊龍×hisakuniが語る、悠木碧と竹達彩奈だからこそ生まれるpetit miladyの縦横無尽な音楽性


●悠木碧『ボイスサンプル』


「もともと歌が得意な方ではないですし、すごく歌いたい人でも実はなくて」


 今作にまつわるインタビュー(https://www.buzzfeed.com/jp/tatsunoritokushige/aoi)を読むと、悠木碧がそのように答えているのを見つけた。


 2011年に放映された『魔法少女まどか☆マギカ』の鹿目まどか役でブレイクし、その後の活躍はアニメファンならば誰しもが知るところだろう。尊敬する女性声優には沢城みゆきを挙げ、沢城同様に悠木は、幼女や少女、大人の女性や少年役までこなせる声色と演技力を身につけ2010年代のアニメシーンに無くてはならない声優へと成長した。


 ファンの心を掴むのは、その高い演技力と声色だけではない。彼女のTwitter、ラジオでのトーク内容、ファンイベントでの振る舞いを見れば明らかなように、彼女は自他ともに認めるオタク気質な女性で、ファンからも親近感をもたれやすい声優だといえよう。


 2015年に発売した『イシュメル』は、「スキマの世界」をテーマにしたアルバムだった。全体的にダークメルヘンなムードが漂っており、“声優アイドル”というイメージを寄せ付けない、彼女の創作性が感じられた作品だったのだ。さらに、2016年に発売したミニアルバム『トコワカノクニ』では、主旋律、ハーモニー、リズムトラック、コードバッキングなどをすべて自身の歌声で表現してみせ、その才覚により磨きをかけた。


 声優はなぜ歌を唄うのか。どのようにして唄うべきなのかーーこれまでの作品からは、彼女がこれらの点について意識的に向き合ってきたことがうかがえる。


 そんな彼女が作り上げた4年ぶりのアルバム『ボイスサンプル』は、タイトル通りに“『悠木碧のボイス資料”』とも言えるものに仕上がった。コンセプトは「歌っている自分も主人公も、すべてが違う」ということ。楽曲ごとに異なる声色で表現し、無二のキャラクター性が宿っている。さらに「Counterattack of a wimp」は『戦姫絶唱シンフォギア』の立花響、「死線上の花」は『幼女戦記』のターニャ、「バナナチョモランマの乱 (無修正版)」では『アホガール』の花畑よしこなど……彼女がこれまで演じてきたキャラクターとの結びつけることもできる(先日公開された「バナナチョモランマの乱(無修正版)」MVを見れば明らかだろう)。本作では、10年以上キャリアを積んだ彼女の声優としての力量が存分に発揮されているのだ。


 そしてなにより本作が素晴らしいのは、「悠木碧らしい声」が捉えにくいというところにある。悠木は楽曲ごとに巧みに声色を使い分けることで、ボーカリストではなく声優として、また一人の表現者であることを貫いている。彼女は自身の声を武器にして、11個分の創作物を新たに作り上げたといっても過言ではないのだ。


 今作発売後には、自身が陣頭に立って企画・原作・キャラクター原案を行い、完全オリジナルアニメーション制作を0から仲間と目指す『YUKI×AOIキメラプロジェクト』も発表された。声優というだけでなく、表現者、創作者としての彼女に、今後も注目すべきだろう。


●堀江由衣『文学少女の歌集』
「声優さんは、声がおきれいな方や、普段からかわいい声の方が多いのですが、私の声は普通すぎて。ちょっとそれがコンプレックスだったりもします」


 以前、彼女はとあるインタビュー(https://www.sankei.com/premium/news/160206/prm1602060022-n1.html)でそう答えたことがある。美貌も声色にも衰えが一切見られない“永遠の17歳”である堀江由衣がそのようなこと言うとは、ファンからしたら驚きだろう。


 1998年のデビュー以後、おそらく主演/助演を務めていない時期を見つけるのが難しいほどに、彼女は数多くの作品でヒロインを演じてきた。息長くアニメシーンの最前線で演技しつづける彼女は、2000年代の声優アイドルの中心を担っていた名演技者の一人。実際に、渡辺麻友や清竜人など彼女のファンを自認する著名人も数多い。


 そんな彼女は、2010年代に入ってグッとリリースペースを抑えつつも、アルバムとしては3作品をリリースした。『秘密』(2012年)、『ワールドエンドの庭』(2015年)、そして新作『文学少女の歌集』は、堀江由衣が描いたイメージを元にコンセプトを決めた作品になっている。『文学少女の歌集』でいえば、アルバムジャケットから察するように、ズバリ「夏」「少女」「特別のようなささやかな日常感」である。


 堀江が長年に渡って愛されてきたのは、透明感のある声色が最大の理由だろう。ウィスパーボイスでもなく、甲高いキャラボイスでもない彼女独特の張りのある声色は、多くのファンとアニメスタッフを魅了してきた。日本のロックシンガーで例えるならば、スピッツの草野マサムネのようなエバーグリーンな感覚をリスナーにもたらす、無二の声色だ。本作にはコンセプトとは結びつきにくいシングル曲も収録されているものの、全体を通して統一感があるのは彼女の歌声による影響が大きいのだろう。


 また本作は、これまで同様にバンドサウンドを軸にしたポップソングが大半を占めている。だがその端々でエレクトロやEDMからヒントを得たと思われる部分も感じられ、それらは本作のカラーを決定づける重要な役割を果たしている。


 ドロップ&ビルドやリバーブ系エフェクトによって生まれる奥行きのある音世界と残響は、堀江のエバーグリーンな歌声をより煌びやかに引きたて、まるで「特別な一瞬」を切り取ったかのような感覚をもたらしているのだ。


 振り返ってみれば、堀江は創作者としての一面も見せてきた。友人の声優らとユニット・Aice⁵を結成したり、オリジナルキャラクター「ミス・モノクローム」のキャラクター原案と声優を自ら務めたほか、これまで開催されてきた数少ないソロライブでは演劇パートをいれている。それらの活動は、彼女自身がやりたいことであり「“堀江由衣”を通してファンに楽しい時間を過ごしてもらいたい」というささやかな幸せのためでもあろう。また、その“ささやかさ”は今作のコンセプトにも呼応しているのではないだろうか。


 もしかすれば今作は、無意識のうちに「堀江由衣らしさを描こうとした」作品なのではないか、そんなような読み解きすらできそうな1枚であろう。


 悠木碧と堀江由衣は「声優としてどう歌を唄うべきか?」という問いに答えた数少ない声優だろう。両者は、声優としてまたは創作者として、別々の道筋を歩みつつも確かなる足跡を残しつつある。今後彼らがどのような作品を、音楽に限らず残していくかは声優ファンとして見届けていきたいところである。(草野虹)