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井浦新が語る、『なつぞら』に込められたメッセージ 「物語を通して多くの人を勇気づけられたら」

2019年08月01日 08:11  リアルサウンド

リアルサウンド

井浦新(写真=藤本孝之)

 舞台は昭和40年(1965年)、主人公・なつ(広瀬すず)は20代後半となり、仕事に恋に新たな局面を迎えているNHK連続テレビ小説『なつぞら』。なつをはじめとした登場人物たちの成長、そして日本アニメーションの黎明期を描きながら、毎朝多くの視聴者を楽しませてくれている。


 なつがアニメーションの道へと踏み出していく上で重要な人物となったのが、仲努。東洋動画アニメーターのリーダーであり、日本初の長編アニメーションの作画監督としても活躍。なつの才能をいち早く見抜き、なつの上京時からずっと見守り続けてきた。


 仲を演じる井浦新に初の朝ドラ出演となった本作への思い、そして本作が描くメッセージの意図までじっくりと語ってもらった。


参考:井浦新インタビュー、撮り下ろしカット多数


●朝ドラの“洗礼”


ーー『赤い雪 Red Snow』『嵐電』『こはく』『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』(声の出演)『宮本から君へ』と今年は映画出演作が立て続けにあります。映画を中心に活動されてきたイメージがありましたが、本作が朝ドラ初出演というのは意外でした。


井浦新(以下、井浦):僕から“朝の匂い”がしなかったのかもしれないですね(笑)。幼少期から観ている朝ドラ、しかも記念すべき100作目の『なつぞら』に参加することができたことを非常にうれしく思っています。


ーー撮影から完成、公開まで時間がかかる映画とは違い、朝ドラは週6日間の放送ということもあり非常にスピーディーなスケジュールかと思います。実際に体験してみていかがでしたか。


井浦:噂には聞いていましたが、最初は本当にびっくりしました。15分のドラマを半年間にわたって週6日紡いでいく。キャストの皆さん、スタッフの皆さん、本当にすごい作業だと実感しています。


ーー現場での“洗礼”も?


井浦:これまでの現場よりも流れていく時間が非常に早くて最初は慣れるのに時間がかかりました。現場に入って、テスト、そこから本番に行くまでにブラッシュアップする時間が決して多くはないんです。でも、それは悪いことではなくて、キャスト・スタッフの皆さんが、周到な準備をしてワンシーンワンシーンに懸けている。事前にイメージしたものを、役者同士のセッションでいかに形にしていくことができるか。15分という尺の中で、伝わりづらいキャラクターの心象をいかに表現できるか。瞬間的に演じていくという作業は、朝ドラならではだと感じていますし、それを味わいながら演じています。


ーーここまで主人公たちを優しく見守る役柄は、井浦さんのフィルモグラフィーを振り返っても、初めてのキャラクターのように感じました。


井浦:仲努として、どんな言葉で話して、どんな人柄なのかというのは、撮影が終盤となった今でも自問自答し続けています。ただ、ベースとなっているのは制作総括の磯(智明)さんから、1番最初にかけていただいた「なっちゃんのことを愛情を込めていつも見守ってあげてください」という言葉なんです。なつにとっての東京での精神的拠り所であり、どんな時でも寄り添ってあげることのできるそんな存在でいようと思ってスタートした気がします。磯さんからは、「情熱的な仲さんが見たいです」という言葉もいただきました。仲はアニメーションへの並々ならぬ愛情があります。そして、アニメーションに夢を見出したなっちゃんに、かつての自分を投影しているところもある。そんな解釈で仲努像を作っていきました。


ーー初登場した際の仲さんはあくまでひとりのアニメーターでしたが、東洋動画に移り役職が上がるにつれて中間管理職としての仕事も担うようになっていますね。


井浦:何があっても才能ある若者たちを生かす、見守る立場でいた仲ですが、役職が上がるにつれて会社の意向も考慮していくようになります。そして、映画からテレビという時代の流れですね。最初は原画を描いて、アニメーションにしてという作業を夢中でやっていましたが、今までよりも時間と手間をかけずに作品を作る必要が出てきた。そのためにどんなチームを構成して、どう世の中に届けていくか、そしてどう会社を動かしていくべきなのかと、どんどん視野を広げていかないといけない。そういった立場になったときに、若者たちとぶつかることも出てきてしまうんです。


●なつの夢に向かう姿は人間本来の姿


ーーなつにとっては仲さんが最初から現在までずっと一番の頼れる存在なんだと感じます。仲さんにとってはなつはどんな存在なのでしょうか。


井浦:先程言ったこととも重なりますが、なっちゃんの情熱にかつての自分の姿を重ね合わせていると思います。なっちゃんは東洋動画という会社の中でアニメーターとしての第1歩を踏み出していきました。そして、神地(染谷将太)くんや坂場(中川大志)くんがそこに加わってきた。彼らは東洋動画のアニメーション作りのシステムが整備されたところからキャリアをスタートさせています。まだすべてが手探りだった仲や井戸原(小手伸也)さんとは環境が違うわけです。仲は、新しい才能を持ったなっちゃんたちに自分ではなし得ない夢を見ているのかなとも思います。だから、若者たちにとっての高い壁であり続けないとも思っているし、困ったときには手を差し伸べたいとも思っているんじゃないかと。なっちゃんと初めて出会ったとき、直感的にアニメーションの未来を背負っていく存在だと感じたのかもしれませんね。


ーー「東洋動画」という名称にも表れていますが、本作は日本アニメーションの歴史をなぞるような物語となっています。仲さんのような先駆者もいたかと思うのですが、実在した方々の歩みを演じるにあたって何か思うところはありましたか。


井浦:本作にも登場した『白蛇姫』は前に観ていたんです。そのときは古い時代のアニメーションだけど、動きに味があっていいな、という感覚ぐらいで。でも、実際にその制作過程を本作を通して追体験して、こんなに人が関わって、こんなに手間がかかっていたんだと驚愕しました。


 1枚1枚原画を描いて、動画班が動かして、原画が何万枚、動画が何十万枚となっていく。そして、そのすべてに手作業で彩色をしていく。本当に気が遠くなる作業です。今はタブレットひとつあれば、簡単にアニメーションを作ることができます。でも、今生まれているアニメーションも、この時代にアニメーションを作り続けた方たちがいたからこそです。それを頭で理解するというよりも、演じることによって肌で感じることができたのは本当に良かったと思っています。


ーーなつが北海道の柴田家で開拓精神を学んだように、『なつぞら』から明日に向かう勇気をもらっている視聴者も非常に多いです。


井浦:いろんなものが便利になって、生活も趣味も仕事も、目的へ到達してく過程はシンプルな社会になりました。もちろん、それはいいことだと思います。ただ、『なつぞら』で描いている時代にあって、現在は失われてしまったものがたくさんあります。戦争によって理不尽に命を奪われ、離れ離れになってしまった家族がこの時代にはたくさんいました。だからこそ、人と人が明日を生きるために繋がり合っていた。なっちゃんのような戦災孤児の気持ちを、僕も含めて現在を生きる人はなかなか知ることはできないと思いますし、今後も体験するようなことがあってはいけません。でも、現代を生きる僕たちが知ることのできない思いを「物語」は教えてくれます。なっちゃんをはじめ、『なつぞら』の登場人物たちはみんな夢に向かって生きています。どんなに社会が不安になっても、どんなに大変な状況でも、諦めないで自分の夢に向かって突き進む姿、自分自身と戦う姿が、皆さんの勇気になっているのかもしれません。


ーー「夢を持つこと」を恥ずかしいと思ったり、頑張る姿に気後れを感じる人もいます。日本社会がかつてのような活力を失いつつあるいま、『なつぞら』のメッセージはどのように届くでしょうか。


井浦:『なつぞら』のなっちゃんの行動に共感しづらいというのは、まさに、今の日本社会を表しているのかなと思います。仕事がない、お金がない、生活に余裕がない、でも、どんなに辛い状況でも夢は誰でも持てるものですし、持っていいと思うんです。そこに向かって突き進む情熱さえあれば、時間がかかっても何度踏み潰されても、夢を持ち続けていくことはできるし、その方が強く生きられる。だから、僕はなっちゃんの行動は人間本来の素直な表現なんじゃないかと思っています。家族を思い、ひたむきに夢に向かって突き進むなっちゃんを観て、「自分は間違ってなかった」と思う人だって沢山いると思うんです。なっちゃんの姿、この物語を通して、多くの人を勇気づけることができたらいいなと思います。


(取材・文=石井達也/写真=藤本孝之)