2019年07月31日 19:31 弁護士ドットコム
吉本興業が運営する芸人養成所「NSC」の研修生に対し、合宿に参加する際、「死亡しても吉本興業は一切の責任は負わない」「合宿で起きた障害について、吉本興業に賠償請求は行えない」などとする誓約書の提出が求められていたことが、朝日新聞で報じられた。合宿は9月中に静岡県内で開催されるもの。弁護士ドットコムニュースの取材に対し、吉本興業は事実関係を認め、「担当者のミスで起きてしまった」と説明した。
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問題とされた誓約書には、「合宿中、負傷した場合、またこれらに基づいた後遺症が発生した場合、あるいは死亡した場合においても、その原因いかんを問わず吉本興業株式会社に対する責任の一切は免除されるものとする」と書かれていた。
また、「今回の合宿で起きた障害について吉本興業株式会社に対する賠償請求、訴訟の提起など支払い請求は行えないものとする」ともあり、訴訟リスクをあらかじめ回避しようとする意図の文言も含まれていた。
吉本興業によると、この誓約書は古いもので、2014年から2016年にかけての合宿ではこれらの記載がない、正しい誓約書の提出を求めていた。しかし、2017年から今年にかけての3年間は、担当者のミスにより誤った内容の誓約書を参加希望者に渡していたという。一方、合宿は毎年実施されているが、現在にいたるまで賠償責任が問われるような負傷や事故は発生していないとした。
NSCは、第1期生にダウンタウンを輩出するなど、吉本興業の芸人たちが多く巣立った養成所でもある。
2017年と2018年の合宿では、これらの記載がある誓約書が実際に用いられていたことになるが、どのような問題があるのだろうか。河西邦剛弁護士はこう指摘する。
「一言でいうと誓約書に記載されていることは法的にはまったく無効となります。
つまり、『今回の合宿で起きた障害について吉本興業株式会社に対する賠償請求、訴訟の提起など支払い請求は行えないものとする』という書面に署名押印したとしても、何らの法的効果も生じません。
研修生が書面にサインしていたとしても、合宿中にケガをした場合には、吉本興業株式会社に請求することも、訴訟を提起することも、何ら制約されることはありません。もし仮に2017年、2018年の合宿での事故があった場合には、請求することも訴訟を提起することも可能です。
今回のケースに限らず、『請求できない』『訴訟提起できない』という書面は無効になります。憲法で保障された裁判を受ける権利は、書面によって奪うことはできないからです。実際、このような規定が無効とされた過去の裁判例もありますし、消費者契約法上もこのような規定は無効となります。
吉本興業としては、実際にトラブルが発生した際に『請求しないという書面にサインしたよね』と研修生に突きつけることを想定していたのでしょうか。法的知識のない研修生には『サインはしたし、書面は有効なんだ』と思い、泣き寝入りした方がいるかもしれませんし、それによって結果的に吉本興業が賠償責任を免れたケースもあるのかもしれません。
弁護士の立場としては、ミスであるとはいえこのような書面が存在すること自体が、研修生の法的知識の乏しさを利用した書面という印象は払拭できません」
吉本興業をめぐっては、所属芸人が事務所を通さない「闇営業」で反社会的勢力(反社)の会合に参加し、報酬をもらった問題や、所属芸人と契約書を作成せず口頭契約していることについて公正取引委員会から「競争政策上、問題がある」と指摘されるなど、問題が続出している。
【取材協力弁護士】
河西 邦剛(かさい・くにたか)弁護士
「レイ法律事務所」、芸能・エンターテイメント分野の統括パートナー。多数の芸能トラブル案件を扱うとともに著作権、商標権等の知的財産分野に詳しい。日本エンターテイナーライツ協会(ERA)共同代表理事。アイドルグループ『Revival:I(リバイバルアイ)』のプロデューサー。
事務所名:レイ法律事務所
事務所URL:http://rei-law.com/