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“世界を肯定する力”をくれる京都アニメーション その卓越した技術が伝えてきたもの

2019年07月31日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『リズと青い鳥』(c)武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

 筆者は、2004年末から2010年末までアメリカのロサンゼルスに留学していた。京都アニメーションの作品に出会ったのは、2009年だった。


参考:リズと青い鳥ほか場面写真はこちらから


 筆者は、いわゆる「エヴァ世代」で、90年代の第3次アニメブームをリアルに体験した世代だ。高校時代は昼間からレイトショーにかけてミニシアターで映画を観て、夜中に深夜アニメを観る生活をしていた。だが、映画学校に入学、その後、アメリカ留学時には、アニメから離れてしまった。


 そんな筆者に、再び日本のアニメの素晴らしさを教えてくれたのは、京都アニメーションが製作した『けいおん!』だった。夏季休暇等の一時帰国中に出会ったのだと記憶しているが、そのハイレベルな映画的センスに脱帽した。キャラクターの芝居の見事さ、小津安二郎を思わせるローポジションと切り返し、背景の写実的美しさなど驚くほどに緻密に作られていた。キャラクターデザインも目を見張った。ああいうリアルなO脚をアニメで観たのは初めてだった気がする。何気ない日常を切り取って、輝かしく描くその筆致はまるでエリック・ロメールのようだと思った。


 その後、過去の京都アニメーションの作品もほとんど観た。最も驚いたのは『涼宮ハルヒの憂鬱』だ。エンドレス8のようなラディカルなことを実行できるこのスタジオは普通ではないと思った。同じ物語でも、演出(=語り口)によって幾重にも姿を変えられるというのは、一の事実を複数の視点で見つめるリテラシーでもあり、映像という見つめるメディアの本質でもある。商業アニメでそんな本質を問いかけようとするなんてものすごいことだ。しかし、『ハルヒ』は、奇をてらうことを目的にしておらず、そのような奇抜な方法でないと
語れない物語であり、全編に渡るラディカルさは必然的な要請であった。


『リズと青い鳥』(c)武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会
 2011年に帰国後、以降の京都アニメーションの作品は欠かさず観続けた。『たまこラブストーリー』や『聲の形』『リズと青い鳥』と傑作映画を連発した山田尚子監督の作品はもちろん、その他の作品も総じて非常に質が高い。『Free!』シリーズの肉体の躍動感は、映像が本来持つ感動を存分に味わわせてくれる。「動く」ということは、映像の感動と興奮の根源にあるものだが、その根源的魅力をどこまでも忠実に追求した作品だと思う。


 アニメーションとは、生命なきものに生命を宿す芸術の形であるが、京都アニメーションの持つその技法は日本でトップクラスだ。『リズと青い鳥』には、わずかに動く唇のふるえ、瞬きの速度、後ずさりする距離や速度の僅かな違い、揺れるポニーテールにも感情が宿り、静謐な印象と裏腹に豊かな情感と生命感に溢れた傑作だった。


『リズと青い鳥』(c)武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会
 筆者は山田監督にインタビューしたことがあるが、京都アニメーションの作る絵の芝居についてこのように答えてくれた。「今回は『今楽しいよと言っていても本当に心から楽しいって言ってるのかどうか?』、という作品なので、作品世界の純度を上げるために「微笑みのような何か」を定着できるような手法を探りました。京都アニメーションのスタッフはそういう機微に関してとても理解がありますし、ずっとそういうのを積み上げてきたスタッフですから」(参考:一挙手一投足から感情が溢れ出す映画『リズと青い鳥』山田尚子監督インタビュー)。


 そうした機微を表現するのは、生身の役者でも簡単なことではない。京都アニメーションとは、それだけの卓抜とした技術を研鑽してきた集団なのだ。


・京都アニメーションが業界に果たした役割
 京都アニメーションは、80年代に仕上げの会社として創業し、その丁寧な仕事ぶりで業界で高い評価を勝ち得た。2000年代から元請けとしてTVアニメ制作をするようにもなり、数多くの作品を手がけて大きく躍進したが、当時から京都アニメーションの仕事ぶりはアニメファンにも、業界人にも高く評価されていた。


 杉井ギザブロー氏は、2005年にアニメージュ誌に寄稿した、「京都アニメーション作品はなぜ高品質なのか? アニメ界の巨匠が語る」というコラムで、京都アニメーションの仕事ぶりの素晴らしさを伝えている。京都アニメーションの作るキャラの芝居がいかに素晴らしいかを的確に示した文章であり、またいかに業界においてその質の高い仕事が評価されているのかがわかるだろう。


 近年、技術の進歩も手伝ってTVアニメにおいても映像面での質は向上しているが、京都アニメーションはその先鞭をつけた会社と言えるだろうし、今もその先端を走るトップランナーである。また、製作スタジオ自ら製作委員会に参加し、自ら原作を創出するために文庫レーベル「KAエスマ文庫」を作り、自らアニメ化していくというビジネスモデルを構築。アニメ製作のほとんどの工程を自社でまかない、プロダクションの運営という面でも新しい試みを積み重ね、不安定な職業であるアニメーターの生活を保証する仕組みを真摯に考えていきた会社でもある。


 また、創業者が女性であることも含めて、女性が活躍しやすい環境を整え、多くの女性スタッフを輩出してもいる。元々、近所の主婦を集めて起業した会社であり、福利厚生の充実なども含めて、人を大事にする姿勢そのものも、京都アニメーションが高く評価される大きな理由だ。


・京アニの技術は世界を肯定するためにある
 京都アニメーションは人材を大切にし、その人材の底上げでもってアニメーションの質を高めてきた。緻密な作画、キャラの芝居の組み立て方、背景のリアルさと美しさ。TVアニメに求められる以上のクオリティを常に追求しつづけ、ファンを魅了し続けてきた。


 その卓越した技術を、京都アニメーションは一貫して、世界を肯定するために用いてきた。


 なぜこんなにも美しい背景を描くのか。それは、我々が生きているこの世界は実は美しいのだと伝えるためではないか、なぜこんなにもキャラクターたちは生き生きとしているのか。それは美しい世界を生き生きと過ごすことの素晴らしさを伝えるためではなかったか。


 世界を肯定するということは、簡単なことじゃない。生きていれば理不尽に遭遇する、大切な人を失う時もある。その度に心は曇り、世界を否定したい気持ちに駆られる。一人で生きていたら、とても世界を肯定する力なんて湧いてこないと思う。しかし、京都アニメーションの作品には、そういう気持ちを押し留めてくれる力にあふれている。


 アニメーションは「絵」であるが、京都アニメーションの作品に宿るその力は決して「絵空事」ではなかった。一人一人のスタッフが手を抜かずに人を観察し、世界を観察し、丹念に再構成されたその作品の中には、確かに命の手触りが存在している。


 2018年に放送・配信された『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』という作品は、戦争で両腕を失った少女が手紙の代筆屋となり、人々の気持ちを手紙に綴る仕事を通じて喪失と向き合う物語だ。ヴァイオレットと呼ばれる少女は、自分を育ててくれた少佐の死を受け入れることができなかったが、手紙の代筆を通じて多くの人々の気持ちを向き合い、様々な感情を学んでいく。


 10話では、先の長くない母親が一人残される愛娘のために、手紙を残すのをヴァイオレットが手伝うエピソードが描かれる。母と過ごせる時間が残りわずかであることを悟っている小さな娘は、貴重な母との時間を奪うヴァイオレットに辛くあたってしまう。「手紙なんて書かなくていいじゃない」と言う少女に向かって、ヴァイオレットは「届かなくていい手紙なんてない」と優しく諭す。


 母親の手紙は、残された娘の誕生日を毎年祝うためのものだった。時を超えて母の想いは、手紙を通じて娘に届けられる。


 手紙は人の想いを届け、心をつなげてゆく。世界が理不尽に大切な人を奪おうとも、人の想いは消えずに受け継がれてゆく。手紙も映画もアニメも、人の想いを消さずに残すためにある。


 我々が京都アニメーションの作品から受け取ったものは、世界を豊かに肯定する力だ。彼ら/彼女らは、映像という手紙にその想いを我々に届けてくれた。その力は、我々がそれを自ら捨てない限り、何があろうとも生き続けるはずだ。


 筆者は、京都アニメーションが届けてくれたその力を、意地でも忘れない。何があっても忘れない。


 京都アニメーションは、世界中からの支援の申し出に対して、専用の支援金預かり口座を開設した。被害者遺族や、障害を負った方々への補償金だけでも莫大な金額が必要となる。遺族にとっても、会社にとっても長く苦しい戦いになるだろう。


 八田社長のメッセージ「京都アニメーションは、これからも世界中の人たちに夢と希望と感動を育むアニメーションを届け、社員、スタッフの幸せを実現し社会と地域に貢献していくため手を差し伸べて下さる方々とともに、必死に戦っていきます」を信じる方は、どうか支援をしてほしい。筆者も毎月可能な額で支援していくつもりだ。


※支援金預かり口座は下記のとおり
http://www.kyotoanimation.co.jp/information/?id=3075
<株式会社京都アニメーション 支援金預かり専用口座>
銀行名 京都信用金庫
銀行コード 1610
支店名 南桃山支店
店番号 048
口座種別 当座預金
口座番号 0002890
口座名義 株式会社京都アニメーション 代表取締役 八田英明
※ 表示名「カ)キヨウトアニメーシヨン」


BANK NAME : THE KYOTO SHINKIN BANK
SWIFT : KYSBJPJZ
BRANCH NAME : MINAMI MOMOYAMA BRANCH
BRANCH NUMBER : 048
ADDRESS : 16-50, YOSAI, MOMOYAMA-CHO, HUSHIMI-KU, KYOTO-SHI, KYOTO-HU, 612-8016 , JAPAN
ACCOUNT NUMBER : 0002890
ACCOUNT HOLDER : KYOTO ANIMATION CO.,LTD., REPRESENTATIVE DIRECTOR, HATTA HIDEAKI
(文=杉本穂高)