2019年07月28日 09:01 弁護士ドットコム
ソフトバンクグループのSBドライブが、運転席のない自動運転バスの試乗会を7月18、19日にプリンス芝公園(東京・港区)でおこなった。用意された車両は、SBドライブが所有する「NAVYA ARMA」(仏Navya製)だ。「レベル4」を想定した設計のため、ハンドルやアクセルペダル、ブレーキペダルなどはない。
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他にも様々な動きが出ている。UDトラックスは、トラックを使った「レベル4」の実証実験を北海道で8月におこなうという。
「レベル4」は、特定の地域において、システムが運転に関わるすべての操作をおこなうというものだ。「レベル3」はシステムからの要請があったときに応答しなければならないため、ドライバーは眠ったり、飲酒したりすることはできない一方、「レベル4」は応答が不要なため、ドライバーは不要だ。乗っている間は寝ることもできる。
政府の「自動運転に係る制度整備大綱」によれば、2020年までに限定地域における無人自動運転移動サービス「レベル4」の実現を目指すという。高齢者に関わる交通事故を減らすことや物流サービスなどにおけるドライバー不足の解決などが期待されている。
自動運転に詳しい小林正啓弁護士は「自動運転車には2つの『絶対』があります。1つは『絶対』に事故は減ること、そしてもう1つは『絶対』に事故は起きることです」と話す。
「レベル3」の場合、システムからの要請に気づかなかったり、気づいても対処が遅れたりして、事故が起きてしまった場合には、運転席に座った人間に法的責任が課せられることになる。
では、「レベル4」の自動運転車が事故を起こした場合、だれが責任を負うことになるのだろうか。小林弁護士に詳しく聞いた。
ーー事故が起きた場合の「民事責任」についてはどのように考えればよいのでしょうか
「自動車事故の加害者の民事責任の根拠は、民法709条の不法行為で、『過失』が要件となります。ドライバーに過失がある場合には賠償責任が課せられ、その保険として任意保険があります。
しかし、任意保険の場合は未加入者もいるので、被害者の迅速救済の観点から、強制保険としての自賠責制度があります」
ーー自賠責法では、民法の不法行為とちがって「過失」を要件としていません。これは、過失がなくても責任を取らなければならない(無過失責任)ということでしょうか
「完全な無過失責任とはいえませんが、実際には『事実上の無過失責任』として運用されています。
自賠責法では、運行供用者が(1)自分および運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと、(2)被害者または運転者以外の第三者に故意または過失があったこと、(3)自動車に構造上の欠陥または機能の障害がなかったことを立証したときは、保険金を支払う責任を負わないことになっています。
つまり、無過失を証明できなければ、加害者側は責任を負うことになります」
ーー「レベル4」以上の自動運転自動車の事故についても、自賠責保険の適用を期待してよいのでしょうか
「自賠責保険が適用されるかについては、複数の法律上の論点があります。現在はレベル4以上の自動運転自動車を想定した議論がなされていますが、方向性としては、レベル4以上自動運転についても自賠責保険が適用されることになりそうです。
ただし、レベル4以上の自動運転に適用されるとしても、それで自賠責保険の問題が解決するわけではありません。自賠責には保険金の上限額がありますし、物損には適用されません。すなわち、迅速救済のための制度ではあるが、被害補償に十分ではない、ということになります。
自賠責保険を越える部分は任意保険の担当となりますが、こちらは過失責任となります。しかし、運転手のいない自動運転自動車の『過失』を誰に問うのか、自動車が搭載する人工知能の過失か、または、製造物責任法上の欠陥を問うのか、という問題が発生します。
また、人工知能の『過失』や『欠陥』を、被害者がどうやって証明するのか、という非常に困難な障壁が発生してしまいます」
ーー「レベル4」の運転は「システム」がおこなっています。このような場合、刑事責任を問うことはできるのでしょうか
「『自動車運転過失致死傷罪』のような刑事責任は、運転者を名宛て人としています。そのため、運転者のいない自動運転自動車の場合、『自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律』の適用はありません。
ただし、人工知能の欠陥を知り得たのに、これを放置して事故が起きたような場合には、メーカーの担当者、研究者、代表者などが『業務上過失致死傷罪』の刑事責任を問われる可能性があります。
しかし、法理論的にはその通りでも、メーカーに事故の刑事責任を問うことは妥当ではないと私は考えます。
現在の自動車事故の8割以上は人間の過失が原因と言われています。そのため、自動運転自動車が普及すれば、事故は激減すると予想されています。
ところが、事故の責任をメーカーに問うたのでは、メーカーは自動車を製造するインセンティブを失います。これでは、自動車事故が減らず、本末転倒です。
そのため、一定の条件を満たした自動車のメーカーは刑事責任を原則として免責されるとする仕組みを作る必要があると考えます」
ーー具体的に、どのような仕組みでしょうか
「一種の運転免許制度を創設するべきだと考えています。この運転免許制度は、自動運転自動車が搭載する人工知能が受ける試験になります。
試験に通過し、運転免許を取得した自動運転車だけが公道を走ることが許されます。このように運転免許を取得した自動運転車が事故を起こした場合、メーカーは民事・刑事上の責任を原則として免責されることになるという仕組みです」
ーー「レベル4」の実現に向けての課題と必要なことはどのようなことでしょうか
「大きく2つの問題を検討する必要があるでしょう。
第1に、輸入車を含めた自動運転自動車が日本の公道を走るための安全性を確保するためには、どのような法的仕組みが必要かということです。
第2に、自動運転自動車が事故を起こした場合、関係者の責任と被害者の救済はどうあるべきかということです。このうち、メーカー側の責任の問題の一部として、いわゆるトロッコ問題があります」
ーー暴走しているトロッコの先に5人がいる。それを避けるために、線路を切り替えると、その先にいる1人を轢いてしまうことになる。「5人」と「1人」どちらを助けるか、何を犠牲にするのかという問題ですね
「そうです。たとえば、5月に起きた大津園児死亡事故では、十分な注意を払わずに右折してきた車と直進車が衝突し、はずみで直進車が園児の列に突っ込みました。
もし、直進車が自動運転自動車である場合はどうでしょうか。どのような操作をしても、何かと衝突することは避けられないという危機的状況において、何を最優先に運転するか、どのような対応をとるかという問題があります。
これについては、人工知能に対して、あらかじめ何を優先して行動するかを指示しておく必要があります。しかし、その指示が、時として人命を犠牲にするものであった場合、そのような指示を行ったプログラマーは『殺人罪』の構成要件に該当することになりかねません。
そこで、危機的状況において、自動運転自動車がどのような基準に従って行動するかについては、国際的なルールをつくること、そしてプログラマーを法的に免責することが必要といえるでしょう」
【取材協力弁護士】
小林 正啓(こばやし・まさひろ)弁護士
1992年弁護士登録。ヒューマノイドロボットの安全性の問題と、ネットワークロボットや防犯カメラ・監視カメラとプライバシー権との調整問題に取り組む。
事務所名:花水木法律事務所
事務所URL:http://www.hanamizukilaw.jp/