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貫地谷しほり×越川道夫監督『夕陽のあと』11月公開決定 貫地谷「毎日心が波立っていました」

2019年07月27日 08:02  リアルサウンド

リアルサウンド

『夕陽のあと』(c)2019長島大陸映画実行委員会

 越川道夫監督最新作『夕陽のあと』が11月8日より新宿シネマカリテほかにて公開されることが決定し、場面写真が公開された。


参考:ほか場面写真はこちらから


 本作は、豊かな自然に囲まれた鹿児島県長島町を舞台に、越川監督がDV、乳児遺棄、不妊治療や養子縁組制度などの問題に正面から挑み、登場人物たちの心の機微をすくいとる演出で描く人間ドラマ。1年前に島にやってきた茜は、食堂で溌剌と働きながら、地域の子どもたちの成長を見守り続けている。一方、夫とともに島の名産物であるブリの養殖業を営む五月は、赤ん坊の頃から育ててきた7歳の里子・豊和(とわ)との特別養子縁組申請を控え、“本当の母親”になれる期待に胸を膨らませていた。そんな中、行方不明だった豊和の生みの親の所在が判明し、その背後に7年前の東京のネットカフェで起きた乳児置き去り事件が浮かび上がる。


 茜役を『くちづけ』の貫地谷しほりが、五月役を『アレノ』の山田真歩が務め、対照的な人生を歩む二人の女性を演じる。


 今回公開された場面写真では、貫地谷演じる茜が、山田演じる五月の里子・豊和を自転車の後ろに乗せて、幸せに満ちた表情で長島の港を自転車で走る姿が切り取られている。


 貫地谷、山田、越川監督からはコメントが寄せられている。


コメント 一覧
貫地谷しほり(佐藤茜役)
様々な状況の中で多様な選択肢があるはずなのに、それにしか手を伸ばせなかった現実。
この企画書を頂いたとき胸が苦しくなりました。
善悪だけでは判断できない、それぞれの葛藤への決断。
演じていて毎日心が波立っていました。
私だったらという気持ちは捨てて毎日現場に居ました。
私ではない誰かはどう思って過ごしていたのか。
想像だけでは推し量れない貧困の中に居る人々の生活、選択。
もしかしたら隣の誰かかもしれない。
自分に起きても不思議ではない。
そんな思いで参加した作品です。
少しでも届いたら幸いです。


山田真歩(日野五月役)
九州の海に浮かぶ長島では、いまも日が暮れるまで遊ぶ子供たちの姿が見られる。どの家も玄関の鍵は開けっぱなしで、夜になれば近所の人たちが釣った魚や夕食のおかずを持ち寄って共に食べたりもする。島全体がまるで一つの家族のよう。
私が道ですれ違うおばあちゃんに会釈すると、ニコニコと両手を大きく広げて抱きしめられた。この島の人たちの心には鍵がかかっていないんだ、と思った。
みんな大らかで元気。自給率120パーセントの豊かな島。そんな土地から生まれた映画『夕陽のあと』が、私だけでなく、少しでも多くの人の“心の鍵”を開くような作品になればいいなと願っている。


越川道夫監督
僕は「町」で育ちました。
生まれたのは地方の海沿いの地方都市で、実家が駅前の商店街で洋品店を営んでいたのです。
店の大人たちは忙しく、だからと言って少しも寂しいと思ったことはありません。
なぜならば、僕はその町の人たちに寄ってたかって育てられたようなものだったからです。
僕は「丸三洋品店の息子」であると同時に、「商店街の子ども」であった、と思っています。
しかし、その町も高度成長とバブル経済の成長と崩壊の過程の中ですっかりその姿を変えてしまいましたが……。
企画を受けて、映画の準備のために訪れた長島に、自分にとっては懐かしい大人と子ども関係が、島の人たちの中に生き続けているのを感じました。
そして、「子どものことは、子ども自身が決めるのです」と言う取材させていただいた児童相談所の職員の方の確信に満ちた言葉が、この映画の始まりでした。
僕はもう随分長く生きて、大人になりました。子どもではありません。大人が子どもにできることは何なのでしょう?
そんな問いを、自分自身に、二人の母を演じる貫地谷しほりさん、山田真歩さんに問いかけるようにして『夕陽のあと』を作りました。 (文=リアルサウンド編集部)