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『凪のお暇』呪いに囚われているのは黒木華だけじゃない! 高橋一生が抱える“闇”の正体

2019年07月26日 06:11  リアルサウンド

リアルサウンド

『凪のお暇』(c)TBS

 新しく皮切りとなった金曜ドラマ『凪のお暇』(TBS系)が初回放送後に既に話題をさらっている。


 黒木華扮する主人公・大島凪が先週放送の第1話内で視覚的に劇的変化を遂げていたが、髪型が変わるだけで人というものはこうも違う印象になるのかという、にわかには信じ難い衝撃映像でもあった。


 凪はただただ“嫌われたくない”“波風を立てたくない”という一心で、あるのかないのかもわからない「空気」をひたすら読み、周囲の顔色ばかり伺いながらひっそりと暮らすOLだ。


 その様はまるで、昔からの酷い天然パーマをひた隠しにするために、毎月ストレートパーマをあて、毎朝1時間かけてコテで髪を真っすぐに伸ばす健気な彼女の姿に重なる。


 凪がストレートヘアーにするのは特段そこにこだわりや自信があるのではない。自身の粗をリセットする、隠すことが主たる目的で、その行為は彼女にとってプラスを生み出す訳ではなく、ただ秩序を乱さぬように、悪目立ちせぬように、“人並み”になれるようにマイナスをスタート地点に戻す毎日の儀式であるかのようだ。


 凪が空気を読むのも、その先に「自分の願望を通すため」「皆から好かれるため」など何か目的や彼女自身にとってのメリットがあるのではない。ただただひたすらに現状維持を願ってマイナスになることを恐れるがあまり身に付いた悲しき習性なのだ。


 高度に交わされる女性同僚同士のマウンティング、コミュニティ内で常に求められる自身の“正しい立ち位置”の把握、少しでもジャッジを誤るとたちどころになくなる自分の居場所の危うさ、関係性の脆さ、SNSとの適度な距離感など……。現代社会で生きていくには、それこそ空気を吸って吐くのと同様に、常に空気、風向きをキャッチし続ける必要性に駆られているような感覚に襲われてしまうのは、程度の差こそあれ誰しもに経験のあることではないだろうか。


 涙ぐましい努力の賜物である凪のストレートヘアーを「俺は凪の真っすぐで綺麗な髪の毛が好き」と褒めてくれたのも彼氏である我聞慎二(高橋一生)なら、凪にその努力を放棄させたのもまた彼の心ない一言だった。


 この慎二という男、「空気は作るもの。読む側に回ったら負けでしょ」と言って捨ててしまえるくらいにソツなく立ち回れてしまう会社の中でもエース的な存在のようだ。ただ同僚の前や客先での彼の顔にはビジネススマイルが貼り付いており、その心には何重ものガードが張られているように見える。おそらく相手が考えていることや相手が求めている“自分のあるべき姿”を瞬時に察知できてしまう慎二は、一分の隙もなく、先回りばかりしていて“本当の自分”が誰かに受け入れてもらえるなんてことははなから諦めている、あるいはそもそも考えたこともなさそうだ。


 そんな慎二にとっては、読めない空気を必死に読もうとしてそれでも読み違えて、四苦八苦している不器用な凪は、最後の砦、ある意味救いだったのかもしれない。その場にふさわしい最適解な振る舞いができる慎二からすれば、対極にいる凪は憐れむべき存在でもあり、歯がゆくもあり、ただ一方で尊くもある存在だったのかもしれない。


 またそんな凪が自分の前で見せる顔には限りなく嘘偽りがないとわかるからこそ、自分はどこかに置いてきてしまったその明け透けな心の在り様に真っ向からは対峙できず、時に踏みにじるようなことをして、試してしまう側面もあるのではないだろうか。


 そんな誰に対しても従属的だった凪が突如として自分の意志で動き始めたものだから、焦り始めたのは慎二の方だ。しかも凪が自分と一緒にいた理由が「パッとしない生活からの脱却の切り札としての結婚」という多少不純な動機があったことを知って、計算高さとは無縁だと思っていた彼女像が少しずつグラつき始める。「おまえは、絶対変われない」と凪に呪文のように囁くのは、空気を作る側に見せかけて実は誰よりも空気を敏感に読み、さらされ続けている自分自身にかけられた呪縛から凪だけが自由に解き放たれることへの苛立ち、許せなさ、寂しさの裏返しのようにも思えてしまう。


 とにかくこれまで頑なに生活のルーティーンとして守り貫いてきたストレートヘアーを手放した凪の姿には、まさに「自分を偽るのをやめてありのまま生きていこう」とする決意と覚悟が見てとれる。同一人物とは思えぬその変化感が画面越しに視覚的にも伝わってきて、視聴者としては応援せずにはいられなくなる。


 慎二がなぜそこまで凪に執着するのか、また慎二自身が抱えているであろう深い闇、その原体験も気になるところだ。


 慎二とは正反対の隣人ゴン(中村倫也)との関係がどう発展していくのか。バラエティに富んだアパートの住人それぞれの事情や、彼らとの関わりが凪にどんな変化をもたらしていくのか、色々と見どころは尽きない。(文=楳田 佳香)