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向井理にセカンドブレイクの兆し 観る者の心をざわつかせる無防備な表情

2019年07月25日 06:11  リアルサウンド

リアルサウンド

『美しく青く』(撮影=細野晋司)

 ブレイクする者は限られている。ましてやセカンドブレイクはもっと難しい。向井理は2019年現在、セカンドブレイクの兆しを見せている。きっかけはドラマ『わたし、定時で帰ります。』(TBS系)だ。ヒロインの元彼で、恋より仕事優先のクールな男は、仕事に夢中になるあまり、見た目もそれほど構わず、無精髭に髪の毛もばさばさ。でも、ばりっと完璧な人間よりも、すこしだけ隙があるほうがいい。向井理にそれがハマっていた。


 一見冷たく見えて、じつは主人公のことを思っているといういわゆるツンデレキャラというのは、女子受けする属性のひとつで、向井理はその手の役がハマる。そもそも向井理がブレイクした朝ドラこと連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』(2010年/NHK総合)で演じた役も、仕事に夢中になるあまり、ときには妻のこともほったらかしにすることもあるが、はたと気づいて思いやりを見せる夫役だった。『ゲゲゲ~』は6月から再放送がはじまり(現在休止中、7月29日から再開)、改めて向井理の魅力が注目されている。


 何かに夢中のときの表情の迫真と素朴な優しさのギャップのほか、清潔感や利発さなどが女子の心をつかんで離さない向井だったが、俳優として研鑽を積むにつれて、『神の舌を持つ男』(2016年/TBS系)では何かに夢中な迫真さが行き過ぎて特殊能力保持者を演じたり、『きみが心に棲みついた』(2018年/TBS系)はS度が行き過ぎて女性への対し方が残酷過ぎる役を演じたりと、どこか秘境の冒険に出かけてしまった感があった。得意ジャンルを突き詰めて仙人のような存在になりかかったところを、『わた定』でちょっと引き返してくれてホッとしたファンも多いのではないだろうか。


 向井理は現在、舞台『美しく青く』に出演している。とある地方都市、8年前に災害があり、その後、野生の猿が住人を脅かしていた。向井演じる主人公ほか若い住民たちが警備に当たっていたが、被害はあとをたたない。主人公はとりわけ片足の猿に敵意をむき出しにする。彼の家には認知症の義母(銀粉蝶)がいて、妻(田中麗奈)はその介護に神経をすり減らしている。主人公も妻も極めて善良な市民であり夫婦に見えるが、心のうちに何かを抱えているようで、それがときおり表出する。人間のなかにも凶暴な猿のようなものがいて、主人公も妻も、ある瞬間、それが表出しようとするのを懸命に抑え込んでいる。


 向井はパンフレットで、「作為的なことを全部なくして、でも感情はしっかり動かして」と語っていて、そのとおり、体はそれほど動かさず、終始、ややうつむき加減で佇む。何を考えているのかよくわからないけれど、浮かない感じ。でも、自警団の仲間といきつけの居酒屋で飲むときはふつうに楽しそうに笑っている。


 誰だって大なり小なり演じている部分はあって他人や家族に対してだって本心を隠して顔を作っているもので、向井理は他人には無論わからず、自分自身すらつかみどころのない無意識を表現できる面白い俳優だと思う。あまりに無意識過ぎると危うい人になってしまうのだが、そこは“イケメン”(もうそんなことは言われたくないだろうけれど、整って好感度の高い顔のつくりをしていることは紛れもない事実なので)のポテンシャルでカバーできる。そここそ向井理の美点のひとつなのだ。ケレン味たっぷりの劇団☆新感線の舞台でさえ、向井理は大きな舞台用に作った顔をあまり見せずナチュラルにやりきった感じがあってたまげた。


 向井理の無防備な表情が、本心をわからなくさせるし、何が刺激を受けて感情が激しく湧き上がってきたとき大きな差異として見る者の心を揺さぶる。『美しく青く』は主人公に何かがあるんじゃないか、何かが起こるんじゃないかと、終始、気持ちがざわついて収まらない。そして、見終わった後、主人公の心のなかにどれだけ、この町で生きてきた時間と感情があるかを思い知らされるのだ。


 人間とは巨大な宇宙のなかでいかにちっぽけな存在であるか、向井理の静謐な表情はそれを突きつけてくる。ただそれは決して諦念ではなく、それでもできる限りもがいていく意思が滲むのだ。(文=木俣冬)