レッドブル躍進の陰で苦戦を強いられていたトロロッソ・ホンダが、シルバーストンで復活を遂げた。ダニール・クビアトが9位入賞を果たしたのもさることながら、トロロッソの進歩は見えないところにあった。
予選でQ3に進み9番グリッドからスタートしたアレクサンダー・アルボンは、「余裕でポイントが獲れる速さがあった」とシルバーストンでのSTR14の速さを説明した。中団グループ最上位でフィニッシュしたカルロス・サインツJr.(マクラーレン)とダニエル・リカルド(ルノー)らと争うことができたはずだったと。
「今週の僕らには簡単にポイントが獲れるだけの速さがあったと思う。1周目のターン4で行き場を失ってニコ(・ヒュルケンベルグ)に抜かれたけどすぐに抜き返して、かなり気持ち良く走れていたし、ピットインを済ませて全ては予定通りに進んでいたんだ。それなのに、セーフティカーのタイミングが不運だったのと、そこでピットインしなかった僕とランド(・ノリス)は1ポイントも獲ることができなかった。余裕でカルロス(・サインツ)やダニエル(・リカルド)と戦えたはずだったのにね」
クビアトも第1スティントではアルファロメオのキミ・ライコネンをコース上でオーバーテイクし、セーフティカー導入がなければ8位フィニッシュのライコネンの前で戦うことができたはずだった。
「1周目も上手く行ったし、セーフティカーの前にコース上でキミ(・ライコネン)を抜くこともできた。セーフティカーのせいで結果的に彼の後ろでフィニッシュすることになったけど、セーフティカーがなければ彼の前にいたはずだ。今日の僕らはレースを通してペースも良かったし、チームは本当に良い仕事をしたと思う。苦しかったこの2戦から上手く挽回することができたよ」
速さを取り戻すことができたのは、過去2戦で苦しんだマシンバランスの問題を改善することができたからだ。それによってドライバーたちは気持ち良くマシンの限界まで攻めることができるようになり、ペースが改善した。
「今週僕らはさらにもう一歩前進することができたと思う。セッションごとにマシンバランスをどんどん良くしていくことが出来た。マシンに対する理解と、自分自身がマシンに対して何を必要としているのかということに対する理解がさらに深まったんだ」(アルボン)
それが果たせたのは、苦しんだ2連戦のデータをしっかりと分析し問題点をあぶり出したことと、イギリスGPの週末はパワーユニットのグリッド降格ペナルティがなかったことも影響している。
先の2連戦ではいずれもどちらかのドライバーがペナルティを消化することになっており、最初から予選パフォーマンスを捨ててロングランに一極集中するため異なる方向性でマシンセットアップを進めていた。しかしイギリスGPでは2台揃って予選と決勝の最適なパフォーマンス妥協点を追究する作業に専念することができ、より多くのデータを元により精度の高いセットアップが可能になったというわけだ。
「今週は2台ともペナルティを受けなくて良い。ということは2台でそれぞれ予選・決勝に専念といったような別々のアプローチを採る必要がない。2台でともにその両方の最適なバランスを追究することができる。それは間違いなくポジティブなことだよ」(アルボン)
特にまだ経験が浅いアルボンにとっては、マシンと自分自身のファインチューニングという意味でチームメイトのデータを参考にできたことは大きかった。
自宅のあるミルトンキーンズは20分の場所であり、まさしく地元レースであり勝手知ったるサーキットであるということもあった。
マシンは最高の仕上がりで、ドライビングも上々。アルボンは中団トップ争いに胸を躍らせていたが、最悪のタイミングで入ったセーフティカーによってアドバンテージを失ったどころか、大きな不利を背負うことになった。同じ状況に置かれたノリスも、中団トップ争いから入賞圏外へと脱落してしまった。
セーフティカーが入った瞬間にピットインするという選択肢を採らなかったふたりだけが取り残されてしまったかたちだった。そこからのレース後半戦は救いのないものになってしまった。
「最後までステイアウトすることにした僕も、途中でピットストップしたランドも、最終的には1秒差でフィニッシュしたんだからどうすることもできなかったということだよ」
アルボンは使い古しのハードタイヤで40周走り続けることになった。最後は「カーカスが見えていて、あと1~2周でバーストしていたかもしれない」というほどだった。10位を堅持していたが最後の最後にタイヤを守るためペースを落として12位まで後退することになってしまった。
アルボンがピットインできなかったのは、チームの戦略もさることながらパワーユニットが抱えた問題のせいでもあった。
あの時アルボン車には高電圧系にトラブルがあるという警告灯がつき、ERS系(エネルギー回生システム)からの漏電が疑われる状況だった。ピットインしても感電防止のためメカニックはマシンに触れることができず、電源をリセットしてからでないとタイヤ交換もできなかったのだ。
「パワーユニットの高圧系の(問題がある可能性があるという)警告が出ていて、一度パワーユニットをオフにしないとメカニックが触ることができない状況になっていたのと、その時のタイヤの状況を考えて、あそこでピットインさせ(て再起動してからタイヤ交換をす)るよりはそのまま最後まで走った方が良いだろうと判断しました」(ホンダ・田辺豊治テクニカルディレクター)
アルボンは30周目を過ぎた頃になって「最後まで走り切る戦略を採る」と伝えたレースエンジニアのピエール・アムランに「もっと早く言ってよ!」と不満をぶつけたが、こんな状況の中で自分に課された仕事をしっかりとやりきったことになる。
セーフティカーの不運とチームの不手際に怒り心頭かと思いきや、レース後のアルボンは笑顔だった。
確かにポイント獲得のチャンスは失ったが、それ以上に純粋な速さという収穫を手に入れたからだろう。
「ターン15(ストウ)の観客席にタイの国旗があったんだ。サーキットでタイ国旗を見たのなんて初めてだよ、本当にビックリした。ニコ(・ヒュルケンベルグ)を抜いたのもそこだったんだ。どこでも抜くことができたんだけど、彼らのためにあそこで抜いたんだ!(笑) 彼らが見てくれていたら良いんだけどね」
どこでも抜くことができたというのは冗談だが、そのくらいシルバーストンのSTR14は速く、失望のレースの後でもそんな冗談が言えるほどアルボンは上機嫌だった。
この速さを酷暑のホッケンハイムリンクでもしっかりと結果に繋げること。それがトロロッソ・ホンダに課された使命ということになる。