トップへ

映画『万引き家族』地上波初放送。安藤サクラの演技に注目

2019年07月20日 13:10  CINRA.NET

CINRA.NET

『万引き家族』©2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.
■世界を魅了した話題作『万引き家族』が地上波初放送

昨年の『第71回カンヌ国際映画祭』において、今村昌平監督『うなぎ』(1997年)以来、日本映画21年ぶりの快挙となる最高賞パルム・ドールを受賞したことも記憶に新しい是枝裕和監督の『万引き家族』(2018年6月8日公開)が、7月20日、フジテレビの『土曜プレミアム』(毎週土曜後9:00~)にて本編ノーカットで地上波初放送される。

その名を一躍知らしめた『誰も知らない』(2004年)や『そして父になる』(2013年)など、「家族」を描き続けてきた名匠が、「家族を超えた絆」を描いた衝撃の感動作。であると同時に、親の死亡届を出さずに年金を不正に貰い続けていたある家族の実話をヒントに、家族や社会の在り方について構想10年近くをかけ、作り上げた問題作でもある。

■世界を虜にした、安藤サクラの「泣き」の演技に注目

「犯罪でしか繋がれなかった家族」を演じたのは、リリー・フランキー、安藤サクラ、松岡茉優、樹木希林、子役の城桧吏、佐々木みゆ。登場人物の一人ひとりを丁寧に掘り下げる是枝監督だけに、それぞれの演技が際立った本作だが、中でもひときわ光を放った女優が安藤だ。

是枝作品における家庭描写の定番と言える食事および風呂のシーンはもとより、艶めかしい濡れ場など印象的なシーンで、その類まれなる演技力をいかんなく発揮。物語終盤で見せる「泣き」の演技は、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ(2001年~)などで知られる世界的名女優で、『カンヌ映画祭』の審査委員長を務めたケイト・ブランシェットをして「彼女のお芝居、特に泣くシーンの芝居がとにかくすごくて、もし今回の審査員の私たちがこれから撮る映画の中で、あの泣き方をしたら、安藤サクラの真似をしたと思ってください」と言わしめたほど。

<「普通、女優であれば、大粒の涙を見せようといったわかりやすいお芝居になるんですが、あんな泣き方をする女優を僕は初めて見ました。身も蓋もないよね(苦笑)。現場にいたみんなが『すごいものを見ちゃった』となりましたし、セカンドの助監督は『いまのシーンに立ち会えただけで、この作品に参加した意味がありました』と言って帰りました」。
「あのシーンでの安藤さんがすごいのは、そこで“安藤サクラ”に戻るわけではなく、ちゃんと信代として座っていて、信代として泣いているところです」。
「決して素ではないことが見ていてわかり、僕は鳥肌が立ちました。安藤さんがなぜそういう演技ができるのか、僕にはわからなかったです」(Movie Walker https://movie.walkerplus.com/news/article/149855/)。 >

是枝監督の言う「あんな泣き方」は自身の目で確かめて欲しいが、溢れ出る涙とえも言われぬ仕草……誰もが安藤の演技に震えるはず。「彼女のこの映画における存在感が、審査員の中の女優たちを虜にしたのだなというのは(ケイトのコメントからも)よくわかりました」(是枝)と、手放しで喜んだのも無理もない。

本作で安藤が演じたのは、リリー演じる日雇い労働者・治の若い妻・信代だ。万引きで生計を立てる一家の“母”でもあり、普段はクリーニング店の工場で働いている。汗ばんだ肌、くたびれた洋服と無造作に束ねた髪、つっかけサンダル……どれもがよく似合う。漂うはすっぱ感と、どこか世をはかなんだ憂いを帯びた表情も実に「らしい」。

■両極端な「人の性質」の間をふわりと行き来する

エロスと暴力を伴う狂気じみた演技で新興宗教教祖の娘を熱演した、安藤初期の出演作『愛のむきだし』(2009年)に始まり、児童養護施設で兄弟のように育ち、今も劣悪な環境で暮らす2人の男にナンパされ、バカだのブスだのと罵られる『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』(2010年)、わずかワンシーンの出演ながら、やさぐれてはいるが陽気な風俗嬢役が印象的だった(下着姿で絢香の“三日月”を熱唱!)『その夜の侍』(2012年)、自堕落な生活を送っていたニートが100円ショップで働き始め、ボクサーとの出会いをきっかけにボクシングを始める『百円の恋』(2014年)などなど。本作は安藤の、ある種、キャリアの集大成とも言えるだろう。

どの作品で演じた役も、決して品行方正な人物ではない。きらびやかな女性として描かれているわけでもない。しかし、ステレオタイプな善人でも美人でもないからこそのリアリティーは見る者に説得力を与え、世間が言うところのまっとうではない人物であるはずなのに、その裏には心の清らかさや純粋さが見え隠れするから不思議だ。

つまりは、人間の陽と陰、善と悪、動と静、まっとうさと狂気、純粋さとエロス……。両極端の振り幅を肩ひじ張らず、ふわりと行き来できるところが、女優・安藤サクラのすごさではないか。

■連ドラでもその魅力を発揮。それまでのイメージを覆す

『万引き家族』公開から4か月後の2018年10月1日にスタートした連続テレビ小説『まんぷく』(NHK総合)では、ヒロイン・福子として「萬平さーん!」と、愛する夫の名前を毎日のように連呼。

家事に育児に仕事にと、内助の功を発揮するのだから、余計に彼女のすごさを感じる。しかも、元会社経営者の娘(加えて母親は源義経の末裔を自称する)ならではのおっとりした楽天家を、ものの見事に自分のものに。これまでのイメージを、あっさりと覆して見せた。おまけに先日7月7日には、テレビ東京系『モヤモヤさまぁ~ず2』で6人目となる代打アシスタントとして出演し、バラエティー番組でも新たな一面を垣間見せている。

実は、こうした福子のようなキャラクターを違和感なく演じられる女優(俳優)は案外、少ない。そこはかとなく身に纏う上品さ。この演技ではない演技が、ことのほか難しいのだ。振る舞いしかり、食事の仕方しかり。どんなに上手く演じようが、育った環境なりが滲み出てしまうからだ。そういう意味では、こちらの方が女優として重要な資質なのかも知れない(かと言って、『百円の恋』撮影時は「女優さんが汚い役を演じている」と思われるのが嫌で、本当に汚くだらしない人間になろうと歯を黄色くしたり、「だらしなく太ることをモットーに頑張った」体型を、わずか10日間でボクサー仕様にするなど、ロバート・デ・ニーロ顔負けの女優魂を発揮するのが、この人のすごさなのだが……)。

■母の有り余る愛情、父に育まれた燃えるような自立心

ちなみに、安藤サクラは芸能一家の出身。育った環境だけがすべてではないと思うが、“醸し出す雰囲気”というものは、なかなか演技では出せないもの。安藤がはすっぱなあばずれを演じようが、一歩間違えば同性からそっぽを向かれそうな天真爛漫な女性を演じようが、どこかキュートに映るのはそのせいもあるのではないだろうか……。

この仮説に、エッセイストの母・安藤和津は、ゲスト出演した『サワコの朝』(TBS系)で自身の子育てをこう振り返っている。

<「(子供の頃、虚弱体質で親が過保護過ぎたため)自分の子供には好きなことをさせてあげようと思って。『毎日が楽しい』って思える」「寝る時に『今日も1日楽しかったね』って笑いながら眠れる子供にしたかったの。だからね、夜かかる仕事は受けないようにして。地方に行ってても子供が帰って来るまでに帰れなかったら、せめて夕ご飯は作る。夕ご飯を作れなかったら、せめて夕ご飯を一緒に食べる、みたいなルールを作って。
寝る時は、必ずお話をしながら……『今日はね、こういうとこ行ったんだよ』とかって言って話をするとか。子供に生きる意欲を与えるにはね、楽しいことが生きてりゃあるんだって思うことが大事かなと思って、なるべく面白いことを毎日1回はさせようと思った(中略)」。 >

また自身の監督映画『風の外側』(2007年)で女優・安藤サクラを主演に起用した父であり俳優の奥田瑛二は、娘が朝ドラに出演する際、「これは挑戦ではなく冒険だ」との言葉を送ったそうだ。

<「挑戦は途中でやめることができる。冒険は荒波の海へこぎ出している。もう引き返せない」。
「命懸けなぶん、面白いし達成感もある」(スポニチ)。 >

母によるあり余る愛情と、父により育まれた燃えるような自立心が、娘である安藤サクラのあたたかさや可愛らしさと、激しさの両極端な性質をそのまま如実に表しているようにさえ思えてくる。

どこにでもいる市井の人々の喜怒哀楽を、さもその場にいるかのように演じられる上に気品も感じる女優は、現在の日本映画界では稀有な存在。結婚、出産、子育てを経た安藤が、次はどんなふうに変化するのか。今度はどんな姿を見せてくれるのか。楽しみで仕方がない。

(文/橋本達典)