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『鬼滅の刃』は劇場アニメに匹敵するクオリティに? 『Fate』シリーズと共通する“愛”の表現

2019年07月20日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『鬼滅の刃』(c)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

 『週刊少年ジャンプ』(集英社)にて連載中の『鬼滅の刃』のテレビアニメが2019年4月よりTOKYO MXほかにて放送されている。大正時代を舞台に人間を喰らう鬼によって家族を殺されてしまった炭治郎は、鬼となってしまったものの人としての理性もわずかに残る禰豆子(ねずこ)を元に戻すために旅を続けながら各地の鬼を討伐するというストーリーのダークファンタジー作品だ。


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 テレビアニメの1話から5話を劇場向けに構成し『鬼滅の刃 兄妹の絆』として劇場先行上映され、30館以下の劇場で公開された映画作品が対象のミニシアターランキングで動員1位を記録した。またdアニメストアが集計した2019年春アニメ人気投票では3位にランクインするなど、高い人気と注目度がうかがえる。ここでは、『鬼滅の刃』のテレビアニメ版の持つ魅力について考えていく。


 本作の特徴としてあげられるのが作画・音楽面でのクオリティの高さだ。先述のようにテレビアニメの放送前に『鬼滅の刃 兄妹の絆』が劇場で公開されているが、驚愕したのが映画館という大スクリーンにおいても魅力を発揮することができたクオリティの高さだ。アニメ映画に寄せられる興行的な期待の高まりもあり、近年多くの作品が劇場で公開されている。その中にはテレビアニメの総集編作品やOVA作品の上映などの形式もあるが、その全てが劇場の大画面や音響でも魅力を発揮できる作画や音楽のクオリティに達しているとは言い難い状況であり、どうしても止め絵の多さなどが目についてしまいがちである。


 映画館での上映に向けて作られるアニメ映画は2時間弱の物語のために数年の月日をかけて制作されることが一般的だ。しかしテレビアニメシリーズの場合は1話につき20分強、それを1クールの放送として12話前後の話数を製作しなければいけない。1クールにつき約5時間分の物語を作らなければいけないために、アニメ映画と同じような作り込みは難しい。そのために日本では作画の手間を省略した手法が用いられるが、それがテレビで鑑賞する分にはさほど気にならなかったとしても、映画館という大きな画面と迫力のある音響を提供してくれる場で上映されてしまうと途端に粗が見えやすくなってしまう。


 しかし近年では、テレビアニメ作品でも一部には、アニメ映画を凌駕しているのでは? と思うほどに映像面、音響面にこだわりを持つ作品が生まれている。『鬼滅の刃』を制作したufotableはそういった作品を生み出す代表例のようなスタジオであり、『Fate/Zero』をはじめとする『Fate』シリーズはそのクオリティの高さで視聴者を驚かせ話題を集めた。コアなアニメファンを中心に根強い人気を誇るシリーズだからこそ、確かなクオリティであればしっかりと流行するという計算の元、手間暇と予算をかけて制作することができたのだろう。


 『鬼滅の刃』においても『Fate』シリーズでも発揮された映像美は健在だ。1話で表現されていたしんしんと降り続ける雪の描写が美しく、穏やかな雪山の様子は炭治郎が家族とともに平穏に暮らす安らぎが伝わってきて、作品の舞台としてとても映えていた。一方で、物語における敵役である鬼が起こした凶行によって倒れる家族の赤い血の色が印象に残り、雪の白と血の赤の対比などの色彩表現が平穏の崩壊を視聴者に伝えながらも、残酷な美しさを感じさせた。


 このあたりは2019年1月に第2章が公開された『劇場版Fate/stay night[Heaven’s Feel]』シリーズを連想させる。どちらの作品も、人の四肢の損傷などのグロテスクな表現を単に気持ち悪く、怒りを煽るように描くのではなく、どこか美しさや物悲しさを感じさせるように表現する。残酷な描写を美しく描くことによって、対比として、家族愛や異性愛を引き立たせているのだ。


 また映像においての挑戦として目を引くのが、主人公である炭治郎の太刀筋の表現だ。本作では必殺技の太刀筋の表現に水のエフェクトが使われており、『Fate』シリーズに共通するリアルな表現というよりは、浮世絵や漫画などの表現を意識していると見受けられる。CG技術の発達もあり、リアルで写実的なエフェクト作画が多く見られる中で、“絵が動く”アニメだからこそ表現でき、強く印象に残る表現を成立させている。今作は大正時代を舞台としており原作も和の雰囲気を強く打ち出している作品だが、その世界観の魅力を強く印象づける1つの要因になっている。


 音楽面でも注目のポイントが多い。多くのアニメ作品の世界観を支える音楽を作り上げ、高い人気の誇る梶浦由記が、椎名豪とともに音楽を担当している。さらに梶浦の楽曲には、過去に音楽ユニットSee-Sawで共に活動していた石川智晶も制作に加わっている。石川が近年多く手がける民族的な音楽と、梶浦の荘厳な音楽が合わさることによって作品により重みと独特な雰囲気を作り上げることに大きく貢献をしている。


 本作の中でもシリアスな一面にフォーカスを当てたが、少年誌に連載されている作品らしくコミカルな要素もある。1クール目の前半はシリアスな面が目立ったが、単に重い、辛いだけの作品ではなく炭治郎以外にも強く印象に残る魅力的なキャラクターが多数登場する。多くの方に楽しんでもらえる作品となっているので、ぜひ視聴してほしい。


■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。