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女性経営者が結婚を諦めかけた理由は改姓コスト 「女性を活躍させたいなら選択的夫婦別姓を」

2019年07月19日 11:31  弁護士ドットコム

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人気バンド、SEKAI NO OWARIのSaoriさんがTwitterで7月16日、夫婦別姓についてこんな投稿を行い、大きな反響を呼んだ。


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「結婚したので名字が変わった。30年以上慣れ親しんだ名字だったから出来れば変えたくなかったけれど、日本では夫婦別姓は認められていない。男側の名字にする人は九割以上だ」



「仕方なくパスポートの名前を変更したら『名義変更の手数料は6千円です』と言われた。違和感。。」



7月21日に投開票が行われる参院選でも、選択的夫婦別姓が争点の一つになっている。相次いで開かれた党首討論ではその賛否が注目を集め、公明党など多数の政党が「選択的夫婦別姓」の導入や実現に意欲的な姿勢を示しているほか、立憲民主党や国民民主党は今回の選挙公約に明記した。



一方、地方議会から国会に対し、選択的夫婦別姓の法制化を求める動きも加速している。全国の地方議会で国に法制化を求める意見書が相次いで可決。東京都議会でも6月、選択的夫婦別姓の法制化を求める請願を賛成多数で採択した。



司法の場でも、選択的夫婦別姓を求める声はやまない。1970年代から選択的夫婦別姓が議論され、法制審議会は1996年に導入を提言する答申を行なった。しかし、2015年に夫婦同姓を義務付けた現在の民法を「合憲」とする最高裁判決が出され、法制化に向けた動きは停滞。これに対し、あらためて選択的夫婦別姓を求める訴訟が2018年に複数、全国で提訴され、現在も争われている。



40年もの間、続いている選択的夫婦別姓を求める声。背景には、選択的夫婦別姓を求めている人たちの切実な思いがある。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)



●女性経営者は、改姓を求められ結婚を諦めかけた

「女性を活躍させたいのであれば、政府は選択的夫婦別姓を導入してほしいです」



そう語るのは、都内の女性経営者(39歳)だ。女性は、都内の大学院を出た後、マーケティングPR会社に就職。PRコンサルタントとしてキャリアを積み、2011年には自ら会社を創業した。



女性は、昨年1月にサイボウズの青野慶久社長が起こした夫婦別姓訴訟の行方を見守っている一人だ。青野社長は結婚に伴い、戸籍上は妻の姓となった。裁判では、精神的なダメージのみならず、経営者として経済的デメリットも訴えている。



女性も昨年12月、結婚して夫の姓に変えたが、複雑な思いを感じているという。「旧姓に愛着がありますし、会社の経営者としても姓を変えたくなかったです」



当初は、「どちらかを選ばないといけないのであれば、彼が私の姓に変えてほしいと思いました」というが、夫にも事情があった。夫は研究者であり、自身の姓ですでに論文の蓄積があったのだ。妻の姓に改姓すれば、これまでの研究との間に断絶が生まれ、そのキャリアに与える影響は大きかった。



「2人で入籍しないで事実婚にしようかという選択肢も考えましたが、それは私たちにとって前向きな選択肢ではありませんでした」



女性は、既婚の女性経営者の「先輩」たちにも相談したが、改姓して銀行口座や会社の登記などすべてを変更している人もいれば、改姓しても登記や法人の銀行口座すら変えずに仕事はできるだけ旧姓のまま続けている人もいた。人それぞれの対応で決定的な解決策はなく、ロールモデルとしては不十分に感じた。



改姓という壁の厚さに「結婚を諦めかけたこともあった」が、女性に改姓を希望する夫の家族とのことなどもあり、熟考の末、結婚して夫の姓になった。現在、96%のカップルが婚姻時に夫の姓を選ぶ。多くの女性は、改姓にともない、健康保険証や免許証、銀行口座、クレジットカード、パスポートの名義変更など、事務的な手続きのコストを負担している。



女性にふりかかってきた改姓にともなうコストは、それ以上に大きかった。



「個人としてのコストに加えて、経営者として契約書や登記簿、銀行口座や法人カードの名義はどうなるのか。オフィスの賃貸契約は、旧姓でいいのか、それとも戸籍名なのか…。小さな会社ですので、私自身の負担は大きく、社労士や弁護士とともにやらなければいけないことを考え始めるとキリがなくって、軽くパニックになりました」



会社経営に関係する名義変更については、2015年2月から商業登記規則等の一部改正の省令が施行され、旧姓併記が可能となっている。女性も、商業登記簿の役員欄に旧姓をカッコ書きで併記できるようになったと知り、司法書士に相談しているところだ。



しかし、司法書士によっては、「契約書や議事録の旧姓利用は無効であり、将来的な借り入れなどを考えれば戸籍の姓で統一した方がいい」という人もいれば、「グレーゾーンなので契約書や議事録は旧姓利用でも大丈夫」という人もいて、その解釈は分かれるという。「前者であるなら、手続きなど10万円以上かけて旧姓併記の依頼をしなくてはなりません」と女性。現在、あらゆる検討をしているところだという。



女性は、強く訴える。



「政府は今、女性活躍を政策として推進していますが、日本の経済を女性の力で活性化させるというなら、選択的夫婦別姓で負担なく仕事を続けられるようにしてほしいです。女性経営者は育休を取ることもままなりません。そうしたサポートも充実してほしい。税金はきちんと納め、雇用も生みますから、女性が働きやすい特区でも作ってください。政治家の方たちには、今度の参院選でもそうしたことを争点にしてほしいと思っています」



●自分の姓を取り戻すために夫と「結婚2回」

地方議会で選択的夫婦別姓の法制化をはたらきかけている人たちもいる。選択的夫婦別姓を求めてネットを通じて集まった「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」では、昨年秋から現在にかけて、120人以上のメンバーが全国91の地方議会で、国に対して法制化を求めている。その結果、2018年12月から2019年7月にかけ、22の地方議会で国への意見書が採択された(7月18日現在)。



中でも、大きなはずみとなったのが、今年3月に意見書を採択した三重県議会だ。「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」が関わった都道府県の議会としては初めての採択である。そのきっかけとなった請願を出したのは、夫と共働きで子育てをしている姫野舞花さん(仮名)だった。



2015年12月、テレビの前で姫野さんは号泣していた。今度こそ、選択的夫婦別姓が実現すると思っていたのに、最高裁まで争われた選択的夫婦別姓訴訟で、同姓を義務付けた民法の規定は「合憲」とする判決が出たのだ。



それに先だち、姫野さんは「1度目の結婚」をしていた。結婚する際に姫野さんと夫はお互いが改姓を望まず、話し合いは平行線をたどった。決着がつかないからと、夫にじゃんけんで決めることを提案したが、それも却下された。



「旦那さんがかわいそう」「好きな人と同じ名字になれるのは幸せなこと」。夫の実家や職場の上司、同僚、友人たちに言われ、結局、「世間の圧力に負けて、泣く泣く私が改姓することになりました」とふりかえる。不本意な改姓だったが、自分で自分を納得させるために理由を探した。しかし、「女性だから」という答えに行き着くしかなかった。



その後、夫の姓で呼ばれることに耐えられなくなった姫野さんは、夫婦関係の解消も覚悟で「旧姓に戻したい」と夫に相談。夫の理解を得て、一度離婚届を提出。2017年に「2回目の結婚」をして、今度は夫が姫野さんの姓になった。丁度、青野社長が選択的夫婦別姓を求めて提訴の準備をしていた頃だった。



●赤ちゃんをゆらゆら抱っこしながら議会で説明

同じ頃、姫野さんは「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」という活動があるのを知った。



「夫婦別姓が選べないために悔しく悲しい思いをたくさんし、夫婦関係は良好にも関わらずバツイチ再婚となってしまった私も何か出来ることをしたい、夫婦別姓制度を実現するために私も貢献したんだと胸を張って言いたい、息子の時代に姓のことで悩むようなことはなくしたい」



姫野さん夫婦には息子が生まれていた。姫野さんは赤ちゃんを抱っこして、議会に乗り込んだ。最初に相談に乗ってくれたのは、地元の女性県議。やはり、夫婦別姓を求めて活動している人だった。色々なアドバイスを受け、議会のキーパーソンとなるある議員に面会。次から次へと議員を紹介してもらい、採択の見通しが立った。



正式に請願を提出したのは今年2月。請願提出期限の1週間前には、各会派の政策担当者が集まる場で、請願の趣旨説明をした。子連れでもかまわないと言われ、姫野さんは0歳の息子を抱っこしながら登壇した。「片手で抱っこ、もう片手で資料をめくるという状態でした。同時に大声で喋り続けるのは、かなりハードでした」と笑う。



議会で、保守系議員は請願の継続審議を主張したが、他の会派の議員は採択すべきだとの意見を次々述べた。結果、継続審議を支持していた保守系議員の中には一転、採択に賛成する議員が出るなど、本会議での請願は採択された。



「赤ちゃんを連れて、よく頑張りましたね。感動しました」



議会が閉会すると、議員たちから次々にメールや電話があったという。



「三重県議会で意見書が採択され、うれしい気持ちと達成感はありますが、ほんの小さな一歩です。選択的夫婦別姓制度の実現への道は、まだはっきり見えていません。しかし、請願を提出して感じたことは、政治は政治家が行うものではなく、国民一人ひとりが参画して作っていくものだということです」



姫野さんはこれまで、選挙に行けば良い方で、投票も適当だったと話す。しかし、今は違う。



「三重県議会での請願を通じて、応援したくなる議員の方たちにたくさん出会うことができました。自分が持つ1票を誰に投票するか、大変悩ましく思っています。選択的別姓の実現を願う一人ひとりが一歩を踏み出し、たくさんの一歩が重なって道が開けることを願っています」