2019年F1第10戦イギリスGPは、ルイス・ハミルトンがチームメイトのバルテリ・ボッタスを下し過去最多となるイギリスGP通算6勝目を挙げた。一方のボッタスは、ポールポジションからスタートしたもののセーフティカー導入のタイミングに泣き優勝争いに絡めず2位に甘んじることになった。そんなイギリスGP決勝レースを、無線レビューとともに振り返る。
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F1第10戦イギリスGP決勝を前に、メルセデスAMGはドライバーのふたりに本気のバトルを許可した。スタート直後に激しいバトルが展開されたのはそのためだった。
メルセデス:オーバーテイクボタンを使っても良いぞ
1周目からふたりには無線が飛び、何周にもわたって攻防が続いた。
その争いは7周目になってもまだ続いていた。
メルセデス-ボッタス:HAM(ハミルトン)とのギャップ1秒、彼はDRSが使える。
メルセデス-ハミルトン:LEC(シャルル・ルクレール/フェラーリ)とのギャップは2.3秒。彼は左フロントがタレ始めたようだ。
スタートで前に出た者がタイヤマネージメント面でも戦略面でも圧倒的優位に立つ今のレースにおいて、メルセデスAMGは2台に同じ戦略を採らせるというチーム内のルールを変え、異なる戦略で争うことを許すという決断を下した。チームにとってはリスクにもなり得る決断だったが、両者を自由に争わせることは両ドライバーにとってだけでなくファン、そしてF1全体にとって良いことだという考えに基づいたものだ。
メルセデス:左フロントの磨耗はどう?
ハミルトン:あぁ、磨耗はかなりあるよ。
2番手ルイス・ハミルトンにタイヤの状態を確認したメルセデスAMGは、首位バルテリ・ボッタスにプッシュの指示を出した。
メルセデス:先は長くない。タイヤを使い始めろ。
当初の予定通り2ストップ作戦を実行すべくボッタスを16周目にピットインさせ、2番手のハミルトンにはボッタスと異なる戦略で勝機を与えるというのがメルセデスAMGの総合的判断だった。この時点でハミルトンにはハードタイヤを履かせ、可能であれば最後まで走り切る戦略を採らせることになっていた。
そのことはボッタスにも即座に伝えられた。
メルセデス:HAMのペースは30.2だ。HAMは第1スティントを長く引っ張っている。君は高速コーナーでできるだけタイヤをセーブしろ。
そんな矢先、アントニオ・ジョビナッツィ(アルファロメオ)がグラベルに捕まってセーフティカーが導入された。これはまさに第1スティントを引っ張ってステイアウトしていたドライバーたちにとって待ちに待った展開だった。セーフティカー先導中にピットインすれば通常時に比べて15秒近く短いロスで済んでしまうからだ。
当然のごとくハミルトンはここでピットに飛び込み、タイヤ交換を済ませた。そしてボッタスの前でコースに復帰。後方に回った上にもう一度ピットインしなければならないボッタスにとっては、二重の意味で不利を背負うことになってしまった。
ハミルトン:みんな、よくやってくれた! ここまでに何周走った?
メルセデス:20周走ったよ。
ハミルトン:20周よりも長く感じたよ。
タイヤを労りながらもフルプッシュした第1スティントは、ハミルトンにとっても精神的に長く感じた20周だったようだ。
これで実質的に優勝のチャンスを失ったボッタスは、2番手を守るためのレースに切り替えるしかなかった。ハミルトンと同じ戦略で3番手に浮上したセバスチャン・ベッテル(フェラーリ)に対して、残るピットストップ1回分のタイムギャップを稼がなければならなかった。
そのためには好ペースが必要で、ハミルトンにもそれと同等以上のペースで走行してもらわなければならなかった。そしてメルセデスAMGはそれをしっかりとやった。
メルセデス-ハミルトン:BOT(ボッタス)は1.1秒後方。彼はミディアムタイヤを履いているからもう1回ピットインしなければならない。
メルセデス-ボッタス:後ろはどのクルマもハードタイヤだから最後まで走り切ると思われる。今のペースで走れば後方をクリアできる。スティントの最後にタレるのは嫌だからこのペースで大丈夫だ。
2番手争いの脅威はベッテルからマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)へと変わっていったが、ベッテルを抜いた直後に追突されてフェルスタッペンが後退したことでボッタスにとってはかなり楽な展開になった。代わって3番手になったルクレールとのギャップは、ピットストップまでに充分に広げられそうだったからだ。
メルセデス:我々はLECをピットウインドウの外に押し出そう。
メルセデスAMGは首位ハミルトンのハードタイヤが最後まで走り切れるかどうか際どいと考え、後方に充分なギャップがあるためピットインさせることを考える余裕まであった。しかしハミルトンはその指示を受け付けず走りつづける。
メルセデス-ハミルトン:我々はフリーストップができるから安全を考えてピットインしよう。プランA(2ストップ作戦)に戻る。
44周目、ピットクルーがタイヤを持って準備をするがハミルトンは入ってこない。
メルセデス:BOX、BOX。
ハミルトン:本当にそれで良いの?
それが何度か繰り返され、ハミルトンがピットインするのを待っていたボッタスの方を先にピットインさせることにした。
ボッタス:フロントのバイブレーションが酷くなってきている。
メルセデス:あぁ、見ているよ。もう先は長くないぞ。
ここでソフトタイヤを履いたボッタスは最後にアタックを行なってファステストラップを記録する。
その一方でハミルトンはボッタスがピットインすることを聞かされても自身はタイヤ交換を行なわず、最後まで走り切った。
ハミルトン:あと何周?
メルセデス:この周を入れてあと8周だ。BOTはピットインする。
ハミルトン:ギャップは?
メルセデス:ギャップは3.2秒。
タイヤはギリギリどころか、最終ラップにボッタスのファステストラップを0.037秒上回って更新してみせるほどの余裕があった。ハミルトンは自分自身の感覚を信じ、チームの予測を遥かに上回る走りを披露して母国イギリスGPを完全制覇し、ジム・クラークやアラン・プロストを抜いて過去最多となるイギリスGP通算6勝目を挙げ14万の大観衆を沸かせて見せた。
ハミルトン:なんて日だ。シルバーストン、みんな愛しているよ。応援しに来てくれてありがとう。本当に素晴らしい観衆だったし素晴らしい雰囲気だった。その一部になることができて誇りに思うよ。本当にありがとう!
その一方でセーフティカーに勝利を奪われたボッタスには、チームからもかけるべき言葉が見付からなかった。
メルセデス:P1はHAM、P2が君だ。何と言えば良いのか分からないよ……。
随所で上質なバトルが見られたイギリスGPだったが、もしセーフティカー導入がなければ、レースはもっとエキサイティングな展開になっていた。できることならば、ハミルトン対ボッタスの本気のチーム内バトルの行方が最後まで見たかったイギリスGPだった。