7月17日、ライトニング・ボルトへの社名変更とウイリアム・ストーリーCEOを発表した旧リッチ・エナジー。F1第10戦イギリスGP直前の木曜日、シルバーストンのパドックでは、ハースF1チームのタイトルスポンサーである同社が最大の話題になっていた。水曜日の夜、リッチ・エナジーの公式ツイッターアカウントに、チームの不振を理由として、スポンサーシップを打ち切るという投稿があったからだ。
「成績低迷のため、ハースF1チームとの契約を解除した。わが社はレッドブル・レーシングに勝つことを目指している。第9戦オーストリアGPでウイリアムズにも負けたことは受け入れがたい」
ところが、それからすぐ、同じリッチ・エナジーのツイッターアカウントに、また別のメッセージが投稿された。
「ある人物の自分勝手なアクションが、多大な混乱を招いている。この人物から、すべての役職と権限を法的に剥奪するための手続きに入った」
この“ある人物”が、リッチ・エナジーのウイリアム・ストーリーCEOを指すのは明らかだ。彼は再びツイートによってこれに反論し、リッチ・エナジーのオーナーは自分であり、少数株主がクーデターを起こして自分を排除しようと試みたにすぎないと主張した。
そもそもリッチ・エナジーをめぐっては、何かと不可解な話が多い。ハースの新車が、あのブラックとゴールドのカラーリングで公開されたとき、リッチ・エナジーというブランドを知っていた人はごくわずかで、そのエナジードリンクを実際に飲んだことがある人は、さらに少なかった。そんな無名の企業が、F1チームのタイトルスポンサーになるというのだから、およそありえないことのように思えた。
その後のジャーナリストたちの調査により“イギリス生まれの高級エナジードリンク”と称する彼らの製品は、実際にはレッドブルの本拠地であるオーストリアで作られ、製造元の会社が登記されているのは、クロアチア郊外の住宅であることなどが分かってきた。
また、ストーリーCEOはこのドリンクがすでに何百万本も売れたとメディアに語っているが、販路はオンライン通販のみというのが実情。百万本単位での販売実績があるとの主張は信じがたい。
そして2カ月ほど前には、また新たなトラブルが浮上していた。イギリスのホワイト・バイクスという小さな自転車メーカーが、彼らの牡鹿の角を図案化したロゴにわずかに手を加えたものが、リッチ・エナジーの缶に使われていることに気づいたのである。ストーリーCEOは、この自転車会社のロゴを模倣したとの申し立てを否定し、彼も会社の関係者も、誰ひとりとしてホワイト・バイクスという名を聞いたことがないと述べた。
しかし、その後まもなく、現在ハースF1チームのドライバーであるロマン・グロージャンが2014年に同社のマウンテンバイクに乗っている写真が見つかり、彼の主張は説得力を失った。
裁判はホワイト・バイクス側の勝訴に終わり、判事はリッチ・エナジーがロゴを盗用したことを実質的に認定した。さらに判事は、ストーリーCEOを「信用できない人物」と呼び、ハースのF1マシンも含めて問題のロゴの使用を禁止するとともに、7月18日までに製品の販売実績とF1チームへの資金提供の詳細を開示するよう命じている。
イギリスGPの週に飛び交った一連のツイートには、こうした背景があった。対してハースは、リッチ・エナジーとの契約はまだ有効と考えており、マシンのカラーリングとロゴも変更しないと明言したが、本稿執筆時点では、リッチ・エナジーの本当の代表者は誰なのか、そして今後も会社として存続するのかどうかも明らかになっていない。
他のチームとは異なり、ハースのF1での活動は、親会社であるハース・オートメーションの工作機械の販売促進を主な目的としている。ただ、チームに近い筋によると、このところオーナーのジーン・ハースが同意した金額ではマシンの競争力維持が難しくなっており、ここでリッチ・エナジーのスポンサーシップを失うのは、大きな打撃となる可能性があるという。
リッチ・エナジーにまつわる奇妙なストーリーが、いったいどんな結末を迎えるのかは、まだ誰にも分からない。だが、パドックの住人の大多数は、2019年シーズンが終わる頃には、ハースのマシンにリッチ・エナジーのロゴは見られなくなっているだろうと予想している。