2019年07月15日 10:31 弁護士ドットコム
「内定飲み」のあとで大ケガをしたら、会社に責任はあるのかーー。FNNが報じたところによると、女子大生(21)が、就職が内定した会社の会合でお酒を飲み、帰宅途中だった6月15日午後6時半ごろ、列車と接触して両足を折る全治3カ月の重傷を負ったという。
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場所は、名古屋市内の地下鉄鶴舞線「いりなか駅」。女子大生はホームでふらつき、一番後ろの車両と接触したのちに、右足がホームと列車の間に入りこんで転んだという。
内定先であった酒席のあとに大ケガを負うと、会社に何らか責任は生じるのだろうか。また入社後だったら考え方は変わるのだろうか。河村健夫弁護士に聞いた。
今回のケースで、会社に賠償責任は発生しないと考えます。
この件では(1)内定生に対しても会社が安全配慮義務を負うか、(2)帰宅中の事故でも会社が安全配慮義務違反を負うか、の2点が問題となります。
1点目の「安全配慮義務」とは、会社が従業員の生命・身体の安全を確保しなければならなない義務のことを言います(労働契約法5条)。
内定生は勤務開始前なので、安全配慮義務の対象か疑問が生じますが、法律的には内定段階で雇用契約が成立するとされますので、就業開始前でも安全配慮義務の対象となります。
しかし、2点目の「帰宅中の事故」である点で安全配慮義務の対象とならず、会社の法的責任は生じません。
安全配慮義務は雇用契約に伴う義務であり、当然ながら会社業務に従事していることが条件です。
最高裁は安全配慮義務につき「労務提供のため設置する場所、設備若しくは器具などを使用し、又は使用者の指示のもと労務を提供する」場合の事故に限定します(川義事件)。
帰宅中の事故は「使用者の指示のもと労務を提供」する場面ではないとされ、会社に安全配慮義務違反はないと考えられます。
近年、会社の指示で過酷な通勤手段を使うことを余儀なくされたケースで通勤中の事故でも安全配慮義務違反を認めた判断(和解)が出て注目されています(グリーンディスプレイ事件)。ただし、同事件は原付バイクによる通勤を会社が指示・容認した旨の認定が前提となっており、今回のケースとは異なります。
以上から、会社が内定生に賠償責任を負うことはないと考えられます。この結論は、女子大生の入社後に事故が発生した場合でも同様です。
なお、会社が負う法的責任とは別に、「通勤災害」として労災認定された場合には、一定額の金銭補償等がなされます(労災給付)。
労災の場合には安全配慮義務とは異なり、帰宅中の事故でも「通勤災害」として労災給付の対象となることがあります。
内定生であっても、入社後の実務習得等を内容とする研修で入社後と同等の賃金が払われるケース等では「通勤災害」が認められる可能性がありますが、今回のような「内定飲み」の帰りでは労災認定を得ることは難しいと思います。
【取材協力弁護士】
河村 健夫(かわむら・たけお)弁護士
東京大学卒。弁護士経験17年。鉄建公団訴訟(JR採用差別事件)といった大型勝訴案件から個人の解雇案件まで労働事件を広く手がける。社会福祉士と共同で事務所を運営し「カウンセリングできる法律事務所」を目指す。大正大学講師(福祉法学)。
事務所名:むさん社会福祉法律事務所