2019年07月14日 12:01 リアルサウンド
卒業したら「消えた」と言われるアイドルたち。しかし彼女たちは生きています。芸能界に残った人も、ほかの道を選んだ人も、その人だけの今日を生きているのです。
アイドル戦国時代も懐かしい日々になったいま、世の中には過去最大人数の“元アイドル”たちが生活しています。『アイドル、やめました。AKB48のセカンドキャリア』(宝島社)を出版した大木亜希子さんも、かつてSDN48のメンバーとして活動したひとり。アイドルを辞めても続いていく人生について聞くべく、10年間の地下アイドル生活に幕を下ろしたばかりの姫乃たまが対談してきました。(姫乃たま)
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■“アラサー”で社会に放り出された元アイドル
姫乃たま(以下、姫乃):先日はすみません。お忙しいのにリスケさせてしまって。ライターとしてセカンドキャリアを歩んでいる元アイドルの方ってなかなか会う機会がないので、いろいろ相談したいと思っていたのですが、取材日の直前にばったり倒れてしまいました……。
大木亜希子(以下、大木):大丈夫、そういう時期もあります! 今日は対談なのでいろいろお話しできたら。
姫乃:ありがとうございます。地下アイドルを始めた10代の頃と違って、20代後半になると心身共に勢いだけでは乗り切れなくなりますね……。
大木:この本で取材した佐藤すみれさんは、23歳で小休止しているんです。10代の頃からハロプロ(ハロー!プロジェクト)を目指していて、モーニング娘。の最終オーディションに残ったけど残念ながら落選してしまい、AKB48に入ってSKE48に移動して……って激動の人生を歩んできたので。周囲からは「23歳なのに休んで平気?!」とよく言われたけど、そこで休んだから自分の好きな仕事を見つけられたって取材でおっしゃっていて。だから姫乃さんも少し休んで次の道を見つけてもいいのかなと思います。
姫乃:休みってものすごく重要ですよね。そ、し、て、うまく休めないんですよ!
大木:そう、休むってほんとに難しい! 私ももう一昨年になりますけど、会社員時代に無理して歩けなくなったことがあって。それでバランスを取れるようになっただけで、人っていつ壊れるかわからないなって思います。
姫乃:アイドル生活で珍しい体験をたくさんしても、卒業したら今度は社会に根ざさないといけないとか思ったりして、なんかもう大変ですよね。
大木:私はアイドルを卒業したのが25歳で、それから会社員になって、安定した給料が手に入るから次は素敵な男性と出会って結婚するってどんどん自分に課していって。次々と男性とご飯に行って、自分なりに必死に婚活してたんですけど、全然“自分”を生きられないんですよ。会話してても楽しくない。ってことは多分相手も楽しくなくて……。会社員時代の三年間は仕事の成績はそこそこよかったんですけど、もっと結果を出さなきゃって焦りと、周囲からこう思われてるんじゃないかって勝手に邪推して焦る気持ちと、婚活と、でアイドルを卒業したのに今度は日常の強迫観念にとらわれてしまって、いつも生き急いでたなって思います。
姫乃:私も自覚はなかったのですが、地下アイドル時代はどうして生き急いでいるのか聞かれることが多かったです。実際に何度か病気で倒れてしまったり。同じように生き急いでいる人がアイドル業界には多い気がします。なんか人生が早いんですよね。
■アイドルの“敵”は誰か
姫乃:大木さんはもともと芸能界に興味があったんですか?
大木:15歳の時に父親が亡くなって、高校に入るタイミングで自分も家計を助けたいと思って事務所に入ったのが最初のきっかけです。もちろんミーハー心もありました。
姫乃:いまはすごく落ち着いた雰囲気ですが、本の序章に自分のほうが可愛いと思っているメンバーに追い越されたというような記述があって、大木さんにもそんな時期もあったんだなあって微笑ましくなりました。
大木:SDNの選抜発表ってテレビクルーが必ず入っていて、みんながざっくばらんに座ってる中で劇場支配人が選抜メンバーを発表するんですよ。
姫乃:うおお、映像で見たことあるやつだ。
大木:支配人が「芹那」「野呂佳代」「大堀恵」って、呼ばれたらパッと立つみたいな。そこまでは私にとって一期上の先輩の方々ですし、培ってきた年数も実力も人気も、圧倒的に違います。でも2期で入ってきたいつも仲良いメンバーが名前を呼ばれてパッと立つんですよ。「おめでとうー!」って言うんですけど、あれ? って。「この気持ちは何だろう(「春に」)」by谷川俊太郎みたいな。
ふたり:この気持ちは何だろう~♩
姫乃:辛すぎて歌ってしまった……。
大木:それが絶対に忘れられない記憶としてあるので、本に残さなきゃと思って、序章に包み隠さず書きました。自分を高いところに置いていたら、8人の女性の本音も書けないと思ったので。
姫乃:過去の大木さんも含めて、8人ともすごく応援したくなるし、応援されている気持ちになりました。最初は頑張れーって思いながら読んでるんですけど、いやいや私が頑張れよ! って。
大木:そう思ってもらえるのが一番嬉しいです! この子は私自身だって思ってもらえるのが。特に誰にグッときましたか? 人によって違うんですよ。
姫乃:圧倒的に小栗絵里加さんですね! 心身共にうまく休めなくて身動き取れなくなってしまったエピソードに共感しました。まさにいまの私……。あと彼女だけ元AKBカフェっ娘で、48グループには入ってないじゃないですか。そこに大きな差があると思って。グループの中でメンバー同士ライバル心を燃やすのって、本当に病んでしまうケースも多いと思うんですけど、切磋琢磨する機会にもできるじゃないですか。でも1人で“アイドル界”っていう漠然とした枠の中で戦っていると、いつの間にか誰と、何と戦ってるのかわからなくなっちゃうことってあるんですよね。
大木:事務所に入っててもセルフプロデュースはマネージャーに頼らず自分自身でも考えなければなりませんし、こればっかりは芸能界の特殊なところですよね。私もSNSに投稿しながら、誰が見てるんだろうって思ってたことがあります。
姫乃:応援してる人も頑張ってるアイドルには水を差せないから、いくらでも無理できちゃうんですよね。とは言え48グループは人数が多いので、事務所に所属していてもスタッフさんから手をかけてもらえない状況ってきっとありますよね。
大木:そうかもしれませんね。常にスタッフさんの目に自分が入ってるかなって思うんです。目に入れてもらうために積極的に声をかけたり。会話のフックのためにこのスタッフさんはこれを聞いたら喜びそうだとか、人を観察する目がすごく身についちゃって、そういう意味でもライターの土壌ができていった気がしますね。媚び売るっていうのともまた違うんですけど。
ふたり:うーーーん(なぜか同時に唸る)。
姫乃:そう、違いますよね。そもそも媚びてるなって思われた時点でダメですもんね。
大木:そう、お世辞が通用しないんですよね。メンバーも褒められ慣れてるから、上っ面の言葉じゃ絶対ダメ。本音でいかに女性を喜ばせられるか。そのために真実の言葉を探すのが、いま考えるとライターの糧になっていたかもしれません。
姫乃:学校みたいに「大木さん可愛いよー!」「そんなことないよ、たまちゃんの方が~」みたいなやりとりしてる時間ないですもんね。
大木:仲は良いんだけど、生半可な言葉じゃ通じないんですよね。いまは姫乃さんと本音で話せていると思うんですけど。
姫乃:ウーーッ! すいません、なんか体がねじれちゃいました。
大木:どう思いますか、同性同士が本音を話す難しさって。
姫乃:体がねじれるくらいには難しいですね。いまは本音で話している自覚があります。うーん、私はフリーランスでソロの地下アイドルをやっていたので、周囲もソロで活動している女の子が多いんですけど、みんなとも本音で話していると思います。ただ、馴れ合ったら終わりというか。彼女達を信頼しているし、困った時も相談するんですけど、最終的に1人で戦える状態に全員がしておかないと、誰かが弱った時に守りに出られないので。
大木:侍みたいなスタンスですね。私たちずっと人と競争して生きてきたじゃないですか。そういう意味においてはエリートでもあるわけで、我々は振り切ろうと思えばどこにでも行けると思うんです。
姫乃:どこにでも行けるように、いま自分がどこで誰と戦っているのか客観視しておくのが大事ですよね。
■卒業後、“元アイドル”の呪縛
姫乃:保育士になった藤本美月さんみたいに、アイドル時代のファンが動向を把握できないセカンドキャリアもあるじゃないですか。大木さんがそういう職業を選ばなかったのには理由があるんですか?
大木:15歳の時から大手の事務所に所属していて、人から評価されたり、SNSの投稿を見られたりするのが当たり前の生活だったんですよね。だからアイドルを卒業して地下アイドルを卒業した後も、書くことでまた自分という人間を表現できるかもっていう意識はあったかもしれないです。
姫乃:あっ、地下アイドルをされてたんですね。
大木:そうなんです。今日はそれも会話のフックになるかと思って。SDNを卒業してから1年半くらいアキバ系のレーベルで歌ってた時が……。
姫乃:SDNから地下アイドルになるのって抵抗なかったですか?
大木:おっしゃる通りで、SDNの時は西武ドームで何万人動員して、AKBさんのお力もあって武道館とかそういうステージで活動できて。でも地下アイドルになったら、いまでも覚えてるのが吉祥寺のクラブでアイドルイベントに出演して、お客さんが3人しか来なかったんです。
姫乃:わー、スタッフの人数より少なーい! ってなりますね。
大木:おぉ、そうか。これが“今の現実”なんだなと思って。案外、冷静でした。でも、もうこのままやってもファンは目減りする一方で、自分はどうなるんだろうって。いまからアイドルとして花開くって、25歳で年齢的にもないなと思って次の仕事を決めたんです。
姫乃:ライターになったのもアイドル時代にファンの人が文章を褒めてくれたからだったりして、救われますよね。
大木:すごく見てくれてるんですよね。しかも鋭いから。アイドル時代はSNSで自己表現をすることで浄化していた気持ちもあります。
姫乃:常に人に見られてることが苦しくなったりしなかったですか?
大木:ペルソナとして、タレントの亜希子っていう自分がいて。学校でもいつもにこにこしながら女優もやって、周囲のメンバーと競争しながらアイドルもやって、本当の自分はどこにいるんだろう、って時期が18歳から24歳くらいまで続きましたね。
姫乃:もはやファンの人のほうが自分のことに関して鋭かったり、自分のことってわからなくなっちゃいますよね。
大木:自分が自分に納得してないから自信もなくて。卒業した後も食事の席で会う男性に「元アイドルです」とか「元48グループです」って言っちゃう時期がありました。
姫乃:でもいまこうして、元アイドルの方を追う本を書いたり、大木さんはバランスがいいんだろうなあと思います。
大木:ありがとうございます。私はバランスがよかったわけではなくて、会社員になったのがよかったのかもしれないです。「しらべぇ」に入ったその日から、必ず1日数本の記事を書くのがルーティーンになったので。さすがに会社員という立場では、家でだらけてるわけにもいかないから。
■自分に合った仕事を探して
姫乃:会社員からフリーライターになったのは何かきっかけがあったんですか?
大木:会社には3年間いたので、学んだスキルを元に自分の実力を試したいっていうのがありました。あとはまだ元アイドルの呪縛に苦しんでいたので、上司や同僚が優しくしてくれても、元アイドルだからもっと頑張らないといけない、とか自分で勝手に思い込んでいた時期があったんです。それで文字通り一歩も歩けなくなってしまった日があって、それを境に怖いけど1人で進んでみようかなって。去年の6月に退社した時は、まだ一個も仕事がなくて震えました。
姫乃:会社の仕事を引き継ぐわけにはいかないですもんね。
大木:それは礼儀としてしてはいけないと思っていたので、退社した翌日からライター交流会とかに顔を出して、その日のうちに女性向けメディアで一本連載が決まりました。アイドルやって、“なにくそ根性”を培ってたから自分の売り込みは怖くなかったです。ありがたいことにいまは東京で1人が暮らしていくくらいにはなんとかなっています。
姫乃:これまでは女性ファンもいるけど主に男性に向けて活動してきたわけで、女性向けメディアでの連載って緊張しませんでしたか?
大木:私が女性向けメディアで書いて読者がつくのかなって思ってました。でもやるしかないと思って書いたら結構共感をいただいて、女性ファンがいるいないにかかわらず、自分のいまの等身大のことを書けば読者は見てくれているんだなって思えたんです。
姫乃:私もnoteに書かれていた、まさに等身大の文章で大木さんのことを知りました。
大木:婚活に焦ってた時のこととか、男の人とご飯に行って失敗した話を書いたらすごい拡散されて(笑)。こういう失敗談ってずっと墓場まで持って行こうと思ってたけど、みんな同じことで悩んでいるんだったら、それを提唱していけるライターになりたいって思いました。それからはどちらかというと女性に寄り添ったライターになりたいと思っています。まあ男女関係ないですけどね、心の悩みは。
姫乃:等身大の自分かあ。地下アイドルを卒業して10年ぶりに社会に戻ってきたので、20代後半になってる自分に戸惑う瞬間がまだまだ多いです。
大木:私はこれから30になる歳なので、恋愛についてとか収入、結婚問題とか30代女性の生き方に切り込んで書いていきたいと思ってます。そうなるとアイドルの時には触れられなかったネタに触れることになるじゃないですか。アイドルの時の私を知ってる人からしたら、リアルな内容でごめんねって思うことも書くかもしれないんですけど、アイドルの子たちだってみんなそこは通過点だから、そういう風にしていかなきゃいけないと思うんですよね。60歳になっても「好きな人はいません」って言うのは……。
姫乃:そこまで貫けたら天職ですけど、なかなか全員そういうわけにもいかないですもんね。年齢に応じてライフスタイルを変化させていくのって気力がいるけど、ファンの人たちもいつまでも同じままでいてくれるわけじゃないですし、一緒に変化しながら長い人生を楽しめたらいいですね。
■元アイドルの“逆襲”
姫乃:本に登場している8人の女性たち、みんなものすごくきちんとしていますよね。大木さんの選んだ人だからかなあ。
大木:転んでもただでは起きないというか、どの子も思い通りにいかなかった時の再生力がめちゃくちゃ強いんです。
姫乃:印象的だったのが元SDN48の三ツ井裕美さんで、メンバーとしての活動と48グループの振付師を兼任していたので、卒業してからも夢だったアイドルへの執着が残っている。でも振付師としての仕事に折り合いをつけてすっきり進んでいく姿勢が凄まじいと思いました。
大木:SDNの時代から一緒で、ライブに振付師として同行してた時も見ているので、きっと何度も自尊心が崩壊する瞬間があったと思うんですよね。でもそれをどう立て直すかの繰り返しじゃないですか、私たちって。崩れて、また立て直して。
姫乃:そういえば、そうですね。すでにちょっと油断してました。元アイドルになってからの人生も、再生力を持ち続けていかないとなあ。
大木:この本を読んで、こういう女の子たちが8人いて、アイドルを終えた後もかけがえのない人生を日本中のどこかで過ごしてるんだよって知ってもらいたいです。この先もアイドルやったけど売れなかったとか、いろんな子が出てくると思うんだけど、腐らずに、もしくは一回腐ってもいいから、人ぞれぞれ花咲く時期は違うので、いくつになっても再生可能なんだよって言えるようにしたいです。
姫乃:これからもっと職業が細分化して、人生の在り方も多様化していくと思うので、すでになかなか同じ境遇の人には会えないですが、今日は大木さんに会えて嬉しかったです。元気になりました。
大木:私自身、アイドルとしては花が咲かなかったけれど、ライターとしては誰かの励みになれるかもしれないって思っています。だから、ライターとしては売れたいです。いや、売れたいというよりは……、生きづらい思いをしている誰かの気持ちを代弁できる力を持ちたい。それだけです。最近きれいごとじゃなくて、そう思うんですよね。だからこのセカンドキャリアは“逆襲”です。
姫乃:うふふふ。今日はありがとうございました。