■ゴームリー、カプーアら『ターナー賞』受賞者も賛同。英美術館に石油会社との関係を断ち切るよう要求
世界で気候変動への関心や危機感が高まり、各地で石油会社や政府に対策を求める運動が行なわれているなか、70人を超える現代美術家たちがロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリーに対し、同国の石油大手BPとの関係解消を求める書簡を発表した。
ナショナル・ポートレート・ギャラリーの館長ニコラス・カリナンに宛てた書簡は7月2日に公開された。78人の賛同者にはBPの名を冠した同館のアート賞『BPポートレート・アワード』の審査員であるゲイリー・ヒュームを筆頭に、アントニー・ゴームリー、レイチェル・ホワイトリード、アニッシュ・カプーア、ジリアン・ウェアリング、マーク・ウォリンジャーといった『ターナー賞』受賞者をはじめ、ダレン・アーモンドやサラ・ルーカス、コーネリア・パーカー、さらには『BPポートレート・アワード』の過去の受賞者ウィム・ヘルデンスらも含まれる。
■気候変動への影響を問題視。「歴史の正しい側にいる、先見の明のある機関」であるために
書簡では世界最大級の石油企業であるBPが気候変動の問題を認識しながら利用可能な資本の97%を化石燃料開発に費やし、残りのわずか3%を再生可能エネルギーに充てていることを例に挙げ、同社が「気候変動促進において果たしている役割」と「行動を起こす、という私たちの集団としての責任」に目を向けるよう訴えている。
アーティストたちはナショナル・ポートレート・ギャラリーが「歴史の正しい側にいる、先見の明のある機関」であるためにも、「2022年に終わるBPとの契約を更新しないこと」「『ポートレート・アワード』への新たな資金源探しを始めること」「第一歩として、審査員パネルからBPの代表を外すこと」を求めている。
BPは過去30年にわたって『ポートレート・アワード』のスポンサーを務めてきた。ナショナル・ポートレート・ギャラリーだけでなく、ロイヤル・オペラ・ハウス、大英博物館、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーというイギリス国内の主要な芸術文化機関とパートナーシップを結んでいる。
■石油産業による芸術文化へのスポンサーを巡る議論は激化。大英博物館でも抗議のゲリラパフォーマンス
ナショナル・ポートレート・ギャラリーに対する運動は、化石燃料産業による芸術文化への資金援助を巡る論争の最新事例だ。
先月にはスティーヴン・スピルバーグ監督の『ブリッジ・オブ・スパイ』で『アカデミー賞』助演男優賞を受賞した俳優のマーク・ライランスが、「武器商人やタバコ販売員と同じくらい、BPとの関わりを望まない」としてロイヤル・シェイクスピア・カンパニーのアソシエイトアーティストを辞任した。
また石油企業による芸術団体への支援を断ち切るよう訴えるアクティビスト集団「BP OR NOT BP?」は、これまでに大英博物館やロイヤル・オペラ・ハウスなどの館内外でゲリラパフォーマンスを行ない、自分たちの主張を世間にアピールしている。彼らは今年の『BPポートレート・アワード』の授賞式でもナショナル・ポートレート・ギャラリーのエントランスを塞ぎ、セレモニーの進行を妨げた。
■若者の関心も高い気候変動問題。学校ストライキを行なう「Fridays For Future(未来のための金曜日)」は各地に拡大
気候変動、地球温暖化の問題は世界の若者たちの間でも大きな関心事になっている。
記録的な猛暑と山火事が発生した2018年、当時15歳だったスウェーデンの少女グレタ・トゥーンベリは、政府に対策を求めようと学校を休んで国会前で座り込みを行なった。彼女のたった一人での行動は国境を超えて同世代の若者たちを動かし、毎週金曜日に「学校ストライキ」を行なう「Fridays For Future(未来のための金曜日)」としてヨーロッパを中心に世界各地に広まった。日本でもこの動きに共感する若者たちが今年2月に国会前に集まって声をあげた。
ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーでの職を辞任したマーク・ライランスもこうした若者たちの運動を支持する考えを示している。ライランスは16歳から25歳がロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの公演を5ポンドで鑑賞できるキャンペーン「BP £5 TICKETS」をBPがスポンサーしていることを背景に、自分たちのブランドを若者たちに押し付けるBPと、気候変動の対策を大人に求める学校ストライキをする若者たちを比較し、「BPは世界を破壊する企業でなく、世界を変える子供たちの側に立ちたいだろう?」と綴っている。
■芸術文化へのスポンサーシップの「道徳的な一線」はどこにある?
先述のアーティストたちからのナショナル・ポートレート・ギャラリーへの書簡では「アートへのスポンサーシップに関する道徳的な一線は常に企業行動や、公共の利益とみなされるものの変化をなぞるように流動的である」と記されている。
スポンサーシップの「道徳的な一線」を巡っては、オピオイド系鎮痛剤への中毒による「オピオイド危機」を招いたとしてアメリカやカナダで多数の訴訟を起こされているサックラーファミリーからの寄付を受けている美術館もアーティストらの批判の的となっている。サックラーの名がついた展示室やスペースは各地の様々なアート施設や大学に存在するが、グッゲンハイム美術館、メトロポリタン美術館、ナショナル・ポートレート・ギャラリー、テートなどは3月以降、相次いで寄付を受け取らない方針を発表した。
大規模なアート施設や芸術団体の運営においてファンドレイジングは重要な活動のひとつだ。BPやサックラー財団からの寄付を受けないならば代わりのスポンサーを探す必要がある。
ナショナル・ポートレート・ギャラリーに書簡を寄せたアーティストたちは「BPを資金源として失うことは、企業が方針を変えるまで耐える価値のあるコストだと信じている」と綴っている。スポンサーシップにおける「道徳的な一線」はどこに引かれるべきなのか? 資金援助を受ける芸術団体は今後もその問いと向き合い続けなければならないだろう。