今シーズンで4年目を迎えるハースF1チームと小松礼雄チーフレースエンジニア。第8戦フランスGP、第9戦オーストリアGPでは想像以上の苦戦を強いられ、チームとしても苦しい展開に。またこの2週間の間に、チームを悩ますタイヤに関する重要な会議が行われた。そんな現場の事情を、小松エンジニアがお届けします。
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フランスGP、オーストリアGPと、この2レースは本当に大変でした。まずはフランスGPから振り返ると、フリー走行1回目の終盤にロマン(グロージャン)のクルマにトラブルが起きました。水漏れと発表されていますが、もう少し詳細に説明すると、エキゾーストから排気ガスが漏れて水が通るパイプを燃やしてしまい、水が漏れました。つまり元の原因はエキゾーストのガス漏れだったので、危なかったです。
予選結果が悪かった原因は、ケビン(マグヌッセン)とロマンがふたりとも、各セッションにおいて1周目のアタックラップでタイムをきちんと出せなかったことが大きいと思います。結果はロマンが17番手で、ケビンがQ2に進んだものの15番手でしたが、こういう予選状況を見れば、レースでも苦戦するだろうなという想像がついてしまいます。
レースでもケビンが17位、ロマンはリタイアに終わりました。ロマンにはギヤボックスのトラブルが発生する恐れがありリタイアとなりましたが、母国レースでポイント圏外だったのは彼にとって残念でしたね。
一方のオーストリアですが、予選に関してはQ3では予想以上に速かったです。Q1ではケビンが15番手、ロマンが10番手とギリギリ2台揃ってQ2進出を決めましたが、そのQ2でもケビンは10番手でした。ただQ3に進めず11番手だったロマンはスリップストリームを使えなかったので、それを使えていたらもう少しタイムが上がっていたと思います。
Q3では8番手あたりを狙えればいいなと思っていたのですが、ケビンが見事に5番グリッドを獲得しました。何かクルマを大きく変えたわけではなかったのですが、コース後半の中高速コーナーで大きくタイムを縮めることができ、僕らも驚きましたが、ケビン本人も驚いていました。
ドライバーはセッションが進むにつれてリスクをとるようになります。だからケビンもいくしかないと考えたのだと思いますが、それにしても通常はQ2からQ3でここまで劇的に変わることはありません。ロマンも予選では全てをつぎ込んでリスクをとった走りをしていますが、どうしてここまでドライバーがリスクをとらないとタイムが出ないのか。それはやはり彼らが感じているクルマの感触がイマイチ良くないからです。こういう点も含めて、改善しなければならない点はまだまだ多いです。
予選のデータを見て、この状態で日曜日の路面温度が50度以上にまで上がってタイヤが保つのかと不安になりましたが、残念ながらその悪い予想は当たってしまい、ロマンが16位、ケビンはペナルティもあって19位となってしまいました。
これほどまでに予選とレースで速さが変わるクルマというのは、僕が15年以上F1をやっているなかで初めての経験です。さまざまな仮説を立てて対策を試みていますが、現状の細かいアップデートやセットアップでは対処しきれないので、根本的に解決すべく開発を進めています。
その開発が追いついていない部分もありますし、次のレースですぐに解決できるわけではありません。ですから、これからもコース特性や路面温度によっては厳しいレースになることが予想されますが、なんとか現場での対応能力をあげてできる限り上手くやっていきたいです。
■タイヤの仕様変更が叶わなかった理由と、F1独特の駆け引き
さてオーストリアでは、この2019年シーズンに使っているタイヤを、2018年仕様のタイヤに戻すかどうかの投票が行われました。ちなみに今年使っているタイヤというのは、昨年のスペインGP(バルセロナ)、フランスGP(ポール・リカール)、イギリスGP(シルバーストン)の3レースで使われた、通常のタイヤよりもトレッドの薄いものです。
その薄トレッド仕様のタイヤを今年は全レースで使っているのですが、今シーズンのレースを見ると「タイヤがうまく作動しない」といった話題が多いと思います。以前のコラムでも書いたように、それほどタイヤに左右されているということですが、どうしてこういう状況になったのかといえば、やはり昨年のチャンピオンであるメルセデスの要望があったからです。
このタイヤはトレッドが薄いぶん、タイヤがたわまないのでなかなか温度が上がりません。しかしメルセデスのようにタイヤに高い負荷をかけることができるクルマがあれば、きちんとタイヤ温度を適切な温度まで上げることができ、タイヤはそれなりのグリップを発生します。仮にタイヤが適切な温度に達していない時に無理して走ってしまうと、タイヤは滑るだけでどんどんと深みにハマってしまいます。
F1では、チームの力などでルールを変えて、自分たちに有利な状況へ持っていこうというのも競争のひとつです。表からは見えない部分での競争ではありますが、少し遡ると、フェラーリがブリヂストンタイヤを使ってミシュラン勢と戦っていた時代は、お互いにルールを変えて自分たちに有利になるようにしていましたよね。クルマももちろん開発するけれど、それに加えて自分たちにとって有利な方向へルールを変えていこうとすることもF1ではとても重要な駆け引きの一つです。これは他のスポーツ、たとえば野球、サッカー、ラグビーなどでは見られない、F1の独特な側面です。
今回の件も、全レースでトレッドの薄いタイヤを使うとどれくらい使いにくいタイヤになるのかを事前にわかっていたのかといえば疑問はありますが、僕もここまでひどくなるとは思っていませんでした。あまりにも不満が多いし、昨年仕様に戻すことはそれほど難しいことではないということで、チーム代表の間で投票になりました。
これは競技規則でも技術規則でもそうですが、今の状況だとパワーユニットのマニュファクチャラーによる政治になります。メルセデスが『今年仕様のままでいきたい』ということは、メルセデス製パワーユニットを使用するレーシングポイントとウイリアムズは、自動的にメルセデスの意向で『今年仕様のままでいきたい』という意向を示さなければいけません。
もちろんウチは昨年仕様に戻したいですし、フェラーリも戻したいと考えています。ですがたとえばフェラーリが戻したくないとしたら、ウチとアルファロメオはフェラーリの意向に従うことになります。
つまり基本的にフェラーリとメルセデスが3票持っていて、ホンダが2票、という話になります。あとはルノーですが、ルノー製パワーユニットを使用するマクラーレンはうまく今年のタイヤに対応した開発を行えているようですので、今の状況で満足していると考えます。
一方、本家のルノーはうまくいったり、いかなかったりですよね。フランスでは良かったけれど、オーストリアではうまくタイヤを使えなかった。彼らの意向はわかりませんが、フランスの前までは変えたいという意向だったのではないでしょうか。でもフランスで良いレースができたので、仕様変更を行わない方向性にしたようです。結局、投票結果は賛成と反対が5票ずつで、仕様変更に必要な7票には届きませんでした。
ただタイヤメーカーには、安全上の問題があるといえばタイヤの仕様を変えられる権限があります。昨年トレッドの薄いタイヤを3レースで使ったのも、投票による決定ではありませんでした。ピレリが「通常のタイヤでは危ないから、トレッドの薄いタイヤを使う」と判断したのです。
■単純な技術勝負では勝てないF1で勝つために必要な“力”
F1は、本当に単純な技術勝負では勝てません。チームにきちんとした政治力があって、トップの人がレギュレーション自体を自分たちの有利な方向に動かしていくことができないと勝てないんです。
そういうことを考えると、メルセデスはよくやっていますよね。昨年のトレッドの薄いタイヤを使った3レースと、それ以外のレースでのタイヤの使い方を見比べて、2019年に100%勝つためにはこうしたほうが良いというのがあるからレギュレーションを自分たちの有利な方向に持っていこうとします。今の状況だったらピレリもFIAも同意せざるを得ないかもしれません。
もちろんチームとしての能力もあるので、良いクルマも作れます。でも、もし傲慢な態度を取っていたら、フェラーリの方が良いクルマを作ってきたら負けるかもしれない。その辺りは、メルセデスが抜かりなくやっているのだと思います。
ウチはそれほど歴史もないですし、発言力も強くはありませんが、僕はそのあたりのことはギュンター(シュタイナー/チーム代表)に任せています。彼もこの分野は得意なので、トップチームの影響力には到底敵いませんが、うちのチームの規模なりにいろいろとやってくれています。
予選で速いということは、クルマの基本的な特性は悪くないということです。だからスペインGPでは中団勢のトップを走れましたし、オーストリアでも5番グリッドを獲得しました。ですがそのオーストリアのレースでは問題が明確になったので、次戦イギリスGPに向けて議論を重ねてやっているところです。
すぐに問題を解決できるとは思っていませんし、そうできないことも問題ではありますが、データを採るためにやることは決まっているので、パニックになっても仕方ありません。基本的な解決策というのはそう簡単に見つかるものではないですし、大規模チームでも数レースを要するものだと思っています。
何が悪いのかというのはわかっているので、イギリスGPではとにかくレースに的を絞ってまずは2台でしっかりと金曜のフリー走行を走りたいと思います。
最後になりますが、オーストリアではレッドブル・ホンダが優勝しましたね。僕は昔から田辺(豊治/ホンダF1テクニカルディレクター)さんのことを知っているので、彼が表彰台に乗っているのを見て嬉しかったです。あのようにホンダの上層部の人が表彰台に上がれば、レッドブルはホンダと一緒に戦っているという姿勢を示すことになり、ホンダ側のモチベーションにも繋がりますよね。
また今はプロジェクトから外れていらっしゃいますが、以前率いていた長谷川さんの過去の苦労もあってのこの結果だと思います。おめでとうございます!
もちろん自分たちにとってレッドブルは倒すべき相手ではありますが、今回の優勝は、日本のF1にとっては本当に良いことだと思います。これでもっと日本の人たちがF1に興味をもってくれれば何よりです。