F1シーズンを転戦していると、いろいろな人との出会いがある。通常はふだん見ない人にあなたは何しに?と聞くこの企画。今回は趣向を変えてF1第8戦フランスGP週末限定で開店した老舗のパン屋さんをご紹介します。
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今年のフランスGPはグランプリ再開第1回目だった2018年のような大渋滞もなく、非常にスムーズな運営に終始した。木曜日に企画された1万人もの地元の小・中学生招待イベントも、大好評だった。
間近でF1の雰囲気に触れた子供たちのうち、少なくとも数%はF1ウィルスに感染し、「将来はF1ドライバーになる」「エンジニアになる」と決心したのではないだろうか。
そして今年のポール・リカール・サーキットのパドックには、シャンパンバーとパン屋さんも週末限定で店開きした。フランスといえばシャンパン、フランスといえばフランスパンというベタな連想だと思うが、両ブースとも朝から晩まで大賑わいだった。そのなかでもパン屋さんは実にレベルが高く、舌の肥えたF1チームの人々もそのおいしさに唸っていた。
それもそのはず、この店『メゾン・クストン』は南フランスのアビニョン近郊に7代続く老舗のパン屋で、7代目当主グストンは2015年にパン職人の最高峰の称号である『フランス最優秀職人』のひとりに選ばれている。
フランスGPの週末には弟のクリスチアンと、ふたりの父親である先代のヴァレリーまで勢ぞろい。大型オーブンを持ち込んで、連日約1000個の焼き立てのパンを、F1関係者に提供してくれた。
そのラインナップは実に多種多様で、朝はクロワッサンやパン・オ・ショコラ(四角いクロワッサンにチョコが入ったパン)はもちろん、厚切りのパン・ド・カンパーニュ(丸い形の食事パン)に、5kgはある巨大なバターの塊とアプリコットのジャムを自分たちで好きなだけ塗りつけて食べるタルチーヌが大人気。
朝9時の門限を待ちかねて続々とパドックに入ってきた各チームのエンジニアやメカニックたちが、長い列を作っていた。
朝食の時間が過ぎると、『ビエノワズリー』と呼ばれる菓子パンがずらりと並ぶ。ブリオッシュ生地のなかに砂糖漬けのドライフルーツを練り込んだりしたものだが、「カラフルなのが、プロバンス地方の菓子パンの特徴だね」とグスタフが説明してくれた。
そしてお昼には、小振りなバゲットにハムやチーズを挟んだシンプルなサンドイッチ。こちらも、あっというまになくなっていた。
仕事の合間にグスタフが、「ほら、これこれ」と店の写真を見せてくれた。バゲットが並ぶ脇の、『栄光のル・マン』のスティーブ・マックイーンのポートレイトがひときわ目立つ。
「実はレースが好き?」と訊こうとしたら、「おい、シャルル・ルクレールが向こうからくるぞ」と、弟のクリスチアンが呼びにきて、ふたりでスマホ片手にすっ飛んでいった。それを見て、肩をすくめるお父さんのヴァレリー。時々職場放棄してもいいから、来年もまた来てくださいね。