2019年F1第9戦オーストリアGPでは、レッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペンが一時8番手までポジションを落とすも、そこから逆転で優勝を飾り、ホンダF1に13年ぶりの優勝をもたらした。そのレースを、無線レビューとともに振り返る。
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レッドブル・リンクのフロントロウに並んだマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)は、スタートでクラッチが繋がりすぎ、路面のグリップに負けてエンジンがストールしそうになり、そのコンマ数秒の瞬間に8番手までポジションを落としてしまった。
1周目のターン8でピエール・ガスリー(レッドブル・ホンダ)を抜き、前のランド・ノリス(マクラーレン)に襲いかかっていくが、決勝でも全開率が70%近くにも達するレッドブルリンクでの連続アタックではERSのディプロイメントを全周に渡って効かせるのは厳しい。
フェルスタッペン:ものすごくクリッピング(ディプロイメント切れ)している!
レッドブル:スタンバイ
フェルスタッペン:もっとパワーが必要だ。クリッピングしまくっているんだ!
それでもフェルスタッペンはノリス、キミ・ライコネン(アルファロメオ)をパスして上位集団の5番手まで浮上してきた。
ここまで来れば、レッドブルの常套手段である戦略で戦いを挑むことになる。第1スティントをなるべく引っ張り、第2スティントをライバルよりフレッシュなタイヤで戦うという戦略だ。
フェルスタッペンは1周目のターン4で大きなフラットスポットを作り苦しみながらもミディアムタイヤをいたわり巧みに保たせていった。第1スティントはレッドブル・ホンダにとって雌伏の時だった。
2番手バルテリ・ボッタス(メルセデス)が21周目にピットインしたのを皮切りに4番手セバスチャン・ベッテル(フェラーリ)と首位シャルル・ルクレール(フェラーリ)もピットに飛び込み、フェルスタッペン同様にステイアウトを選んだルイス・ハミルトン(メルセデス)が首位に立つが、30周目まで引っ張ったハミルトンはフロントウイング交換を強いられて後退する。
フェルスタッペンは31周目にピットインしてハードタイヤに履き替え、レース終盤に勝負を賭けるべくさらにタイヤをケアしていくようチームからの指示を受ける。
レッドブル:彼らに対してタイヤに大きなアドバンテージがある。ブリスターに苦しむドライバーも多くなるはずだ。レース後半にプッシュできるように準備しておけ
45周目を迎える頃には前のベッテルを射程圏内にとらえ始めた。
ストレートが速いフェラーリを抜けるものかと懸念もあったが、アップグレードによって改良された車体の中速コーナリング性能が生かせるのがターン1からターン3の攻防だった。
レッドブル:我々はベッテルに対してターン1で大きなペースのアドバンテージを持っている。それを使うんだ
フェルスタッペンは一気に間合いを詰め、テールトゥノーズの状態に持っていく。
レッドブル:カモン、いけ! 早めに仕留めるんだ!
50周目、ターン3で背後に迫ったフェルスタッペンに対し、ベッテルはインを閉めて対抗。これを見たフェルスタッペンはターン3を立ち上がり重視のラインに切り替え、ターン4までのDRSを使って完全にストレートで抜ききってみせた。ターン1のアドバンテージを活かしてターン3でインに飛び込むか、次のターン4までのストレートで相手に苦しい立ち上がりをさせてターン4で仕留めるか。フェルスタッペンはそこまで頭の中で組み立ててバトルを仕掛けていた。
レッドブル:いけ、そこだ!
フェルスタッペン:イエス、やったぞみんな! カモン!
レッドブル:あぁ、よくやったぞ!
ターン4でベッテルを抜き3番手に上がったフェルスタッペンは、その勢いのまま前のボッタスも追いかけていく。
しかし55周目、フェルスタッペンから悲痛な叫びが無線で響いた。
フェルスタッペン:パワーを失っているよ、みんな!
ペースは一気に0.8秒も落ちた。センサーのトラブルによりエンジンのパワーが自動的に抑えられるフェイルセーフが発動したからだった。
しかしホンダのエンジニアはすぐにセンサー異常によるものだと突き止め、このセンサー値を無視して通常パワーに戻してもリスクはないと判断して当該センサーのフェイル(無効化)を指示した。
レッドブル:フェイル3、できるときにやってくれ
フェルスタッペン:なんだって?
レッドブル:フェイル3、フェイル0・3だ
これですぐにパワーは戻り、56周目にはボッタスに急接近。ベッテルに対してもボッタスに対しても、早めにピットインをした彼らとのタイヤ性能の差は極めて大きかった。
今度はターン3で面白いように抜けた。
フェルスタッペン:ハ~ハハハ! イエス!
レッドブル:よくやった、まだまだこれからが本番だぞ!
5秒前には首位のルクレールがいた。これに追い付き、追い越せばついにレッドブル・ホンダとしての初優勝が手に入る。
ここでホンダもさらに勝負を賭けた。
レースは残り15周。いつものレースモードよりもアグレッシブにパワーを捻り出す。
パワーユニットは7戦使うことを前提に、エンジンに掛かる負荷を考慮しながらエンジンライフを“やりくり”して使う。しかしレッドブルの地元であり、目の前に勝利が見えてきたこの場面で、ホンダは次戦以降のライフを“前借り”してでも通常以上のパワーを使うことを決めた。
レッドブル:エンジン11、ポジション5。できるときにやってくれ。パフォーマンスを高めるものだ。最後までこのままでい
これによってフェルスタッペンのラップタイムはさらに0.2~0.4秒ほど速くなった。ルクレールよりも1周0.8秒ほど速い驚異的なペースで一気に勝利へとリーチを縮めていく。レースエンジニアのジャンルカ・ピサネロもやや興奮気味だ。
レッドブル:ブリスタリングな(猛烈な)ペースだ、マックス。このまま行け!
65周目、エンジニアからフェルスタッペンがDRSを使って迫ってきていることを警告されたルクレールは、いよいよ切羽詰まって攻防に集中したいと言ってこれを遮った。
フェラーリ:フェルスタッペンが1秒後ろだ
ルクレール:Leave me alone(1人にしてくれ)!
68周目、フェルスタッペンはついにターン3でルクレールを射程圏に捕らえてDRSを使いインに飛び込んでいく。しかしターン3の立ち上がりで2台は並んで加速して行き、ターン4へのブレーキングでも抜ききることはできなかった。
すると翌69周目、フェルスタッペンはターン3でさらに鋭くインに飛び込み、さらに奥までブレーキングを我慢して前に出る。それでもアウト側で食い下がろうとするルクレールとラインが交錯して両者は僅かに接触し、ルクレールのマシンはコース外に弾き出された。
ルクレール:クソったれ、なんてことだ!
フェルスタッペンからすればルクレールが当ててきたという言い分だった。
フェルスタッペン:彼がターンインしてきた!
レッドブル:こっちは悪くない、何も悪くないぞ!
フェルスタッペンはルクレールを抜きトップでチェッカードフラッグを受けたが、この接触が審議対象となり1時間45分の聴聞と審議の末にレーシングイ
ただし、その裁定がどうであろうとこの日レッドブル・ホンダが最速の存在であったことは誰の目にも明らかだった。
車体の空力性能がアップグレードによって向上し、レース戦略が完璧に当たり、そしてフェルスタッペンが最高のドライビングを見せた。そしてホンダも通常以上にアグレッシブなセッティングでパワーを捻り出してそれに加勢した。まさしくレッドブル・ホンダが総力戦でこの日のレッドブルリンクにおいて最速の存在となり、勝利を掴み獲ったのは揺るぎのない事実だった。
レッドブル:本当に素晴らしいレースだった!
フェルスタッペン:イエス、ボーイズ! カモン! イエス! あの1周目からなんて展開だ! 僕らは間違いなく追い付いてきている! みんな今週末は本当に素晴らしい仕事だった、ありがとう
レースの興奮冷めやらぬフェルスタッペンは、ホンダが2015年のF1復帰以来初の勝利を手にしたことにも賛辞を贈るとともに、アグレッシブなレース屋魂でパワーを絞り出してくれたことに感謝と賞賛の言葉を添えた。
クリスチャン・ホーナー代表:素晴らしいドライビングだった。君のことをすごく誇りに思うよ! なんてレースだ! ホンダの初優勝でもある
フェルスタッペン:みんな本当に素晴らしかった。今日はストレートで良いパワーがあった。あのパワーがあったからこそオーバーテイクできたんだ。ありがとう
レッドブル:本当に言葉が見付からないよ。とにかくシンプルにコース上で最速のクルマだった
フェルスタッペン:あぁ、今日のペースはアメイジングだったよ