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ジェームズ・ボンドの敵役にも抜擢 勇敢な役者、ラミ・マレックの軌跡を振り返る

2019年07月02日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『パピヨン』(c)2017 Papillon Movie Finance LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

 主要映画賞レースを席巻したのみでなく、多くのリピーターを生み興収は音楽伝記映画歴代1位を記録、さらにクイーン楽曲のリバイバルブームまで巻き起こした昨年の『ボヘミアン・ラプソディ』ムーヴメントは、もはや社会現象と呼ばれるまでとなった。


参考:異例尽くしの『ボヘミアン・ラプソディ』 遂に2018年度興収1位作品の座も確実に


  クイーンの伝記映画の製作を知ったとき、多くの映画ファンがまず真っ先に頭に浮かべたのは「フレディを演じることのできる役者はいるのだろうか?」という懸念にも似た思いだっただろう。未だ世界中から愛され続けるロックバンド、その唯一無二なる存在感で知られる伝説的フロントマンを演じることは、ある意味ではいかなる役柄をこなすより困難であり重圧も大きいことは想像に容易い。しかし、この大役を引き受けたラミ・マレックの熱演はクイーンの熱狂的ファンだけでなく同バンドの存在すら知らなかった若者層、またバンドメンバー本人たちからも絶大なる支持を受け、見事ゴールデングローブとアカデミーを獲得。勇敢な役者は、酷評を寄せつけないどころかまさに全方位から受け入れられるフレディ・マーキュリー像を築き上げ我々を驚かせた。


  マレックのチャレンジングな姿勢が『ボヘミアン・ラプソディ』に始まったことではないことは、彼自身によるこれまでの役歴を見れば明らかである。キャリア初期の『The War at Home(原題)』ではセクシャルマイノリティの少年、『ナイト ・ミュージアム』シリーズでは若きエジプト国王、『24-TWENTY FOUR-』では自爆テロ犯、日本でも放送されたTVシリーズ『ザ・パシフィック』では“鼻持ちならない嫌な奴”として登場するも次第に主人公に寄り添っていく人情深い伍長役を演じ、繊細な人格描写のグラデーションが評価された。その後も『幸せの教室』にトム・ハンクスによって見いだされ出演し、『トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーンPart2』ではエジプト族のヴァンパイア、そして一躍彼の名を知らしめることとなった主演作『MR.ROBOT/ミスター・ロボット』は2015年の放送開始から現在まで続く人気シリーズとなっており、昼間はセキュリティ・エンジニア、夜は敏腕ハッカーとして暗躍する孤独な男エリオットを演じている。


 そして『ボヘミアン・ラプソディ』の前年に本国にて封切られ、現在日本でも公開中の『パピヨン』における主人公の盟友ドガ役ではマレックの役者人生おいても特筆すべき好演をみせた。1974年の公開以来“脱獄映画の金字塔”と知られる同名作品のリメイクである本作は、蝶(パピヨン)の入れ墨を持つ勇ましい主人公を演じたスティーヴ・マックイーンとその盟友となる天才詐欺師ドガを演じたダスティン・ホフマンによる演技合戦が今もなお語り継がれる。


 オリジナルにてダスティン・ホフマンが演じたドガは頭の切れる脆弱男という印象を残したが、同役を受け継いだマレックはその強烈な存在感を放つ眼光のごとく尖る矜持を秘めた、バイタリティあふれる新たなドガ像を形成し、名優のやり方をなぞるのではなく革新的な演技アプローチをもってキャラクターに更なる深みを与えた。エジプト王からヴァンパイア、そして映画史に残る不朽の名役まで目を見張るほど多様な役柄をこなすキャリアと創造性あふれるキャラクター描写からは、彼の大いなる野心が見てとれる。


 ラミ・マレックは1981年ロサンゼルスにエジプト人の両親のもと生まれた。弁護士を志し高校時代はディベートクラブに入部するも、自身のアラビア語訛りによるコンプレックスから話し合いに参加できないでいたという彼は、後に「周りの皆と文化が違うということで自信を無くしたんだ。間違った発音で自分の名前を呼ばれても、当時の僕には訂正すらできなかったよ」と回想している。アイデンティティの壁にぶつかるなか、自信を取り戻すため考えた末に編み出したのは“キャラクターを創り出しその役柄を演じる”という策だった。そうして少しずつコンプレックスを克服していた彼のディベートから類稀なる感情表現の才能を見たクラブ顧問の勧めで一人芝居の舞台を踏んだことがきっかけとなり、本格的に演劇のキャリアをスタートすることを決意したという。


 「エジプトから来て子供たちのためにより良い生活を求めた両親は、僕に医者や弁護士になってほしかっただろうと思う。だからこそ僕は彼らに、僕のやり遂げたいと望んでいることを見せないといけない」「自分が本当に望んでいることに挑戦しないという選択肢はない。僕は自分に何ができるのか常に知りたいと思っている。自分にできる範囲をやれるだけ拡げていきたいし、そのための挑戦を続けたいんだ」。そう語るマレックの大志は、敬虔なゾロアスター教であったインド出身の父親に反対されながらも新たなアイデンティティ“フレディ・マーキュリー”を確立させ、貫き通した末にライヴ・エイドのステージを両親に見届けてほしいと願ったフレディの思いにも通じるのではないだろうか。


 飽くなき情熱の末にゴールデングローブとアカデミーを制覇し、現在ハリウッドで最もオファーを集める役者の1人となった彼が次に演じるのは、007シリーズ最新作『BOND 25』にてジェームス・ボンドの敵となる悪役だとアナウンスされている。「歴史ある人気シリーズの大役を任され、『ボヘミアン・ラプソディ』の時と同じくらいプレッシャーを感じていることは確かだ。それでも、今からボンドと対決するのが楽しみで仕方ないよ」と語った“野心あふれる男”ラミ・マレックの新たなる挑戦に期待が高まる。


●参照
・https://youtu.be/zmKdqB0ZBtE
・https://www.npr.org/templates/transcript/transcript.php?storyId=669850052
・https://www.digitalspy.com/movies/a28105578/bond-25-rami-malek-addresses-filming-trouble-daniel-craig/


■菅原 史稀
編集者、ライター。1990年生まれ。webメディア等で執筆。映画、ポップカルチャーを文化人類学的観点から考察する。