トップへ

堂場瞬一、新作は50代だからこそ書ける“同期”の物語 そこに込めた願望とは

2019年07月01日 11:00  週刊女性PRIME

週刊女性PRIME

堂場瞬一さん 撮影/矢島泰輔

 130冊以上の著書を持ち、つねに意欲的な新作を発表し続けている堂場瞬一さん。今回の『帰還』の舞台は新聞社だ。三重県四日市の工業地帯で、新聞記者の藤岡が水死する。その通夜に集まった松浦、歩実、本郷は30年前、藤岡とともに四日市支局に新人として配属された「同期」である。藤岡はなぜ四日市に戻り、そして死んだのか? 疑問に感じた3人はそれぞれのやりかたで真相を調べはじめる。

50代だからこそ書ける物語になった

「この連載が始まったとき僕は53歳でしたが、彼らも同じ年齢にしました。新聞社に限らず会社に入って30年たつと、入社時と同じようにふるまえる人は少ないでしょう。人間関係も変わってくるし、子どものことや親の介護などの問題も出てくる。会社員人生の終わりは見えているけど、まだ出世の可能性もあるかもしれないという時期です。結果的に、この年齢じゃないと書けない話になったと思います」

 歩実は広告局の部長、本郷は関連会社の財団に出向。そして、松浦は編集委員である。堂場さん自身も、新聞記者生活を編集委員として終えている。

「編集委員は自分の専門のなかでどんな取材をしてもいいという、天国みたいな立場なんです。普通なら文句はないはずですが、松浦はこのままでいいのかという迷いを感じています。最後まで現場の記者だった藤岡への引け目のようなものがあったのかもしれません。

 藤岡は人がよくて、自然と調整役になっていました。みんなからいろいろ仕事を押しつけられるから、出世もなかなかできない。こういう人がいないと会社が回らないのは事実ですが。

 もっとも、現実には同期のことなんてそんなに覚えていないでしょう(笑)。30年たっても3人がピュアであってほしいという願望を込めて、こういう書きかたをしたんです

 実は新聞社には記者ではない仕事をしている人が多いと、堂場さんは言う。

だから、3人はそれぞれの立場を生かした調査をするんです。ただ、現場の記者だったころに“取材対象にどう会うか”という壁を突破してきた経験が生きている。もっとも彼らは勤務中に本来の仕事じゃないことをやっているわけで、会社からすると、とんでもないやつらですけどね(笑)。

 新聞記者でも刑事でも、誰かに会って話を聞くというのが調査の基本です。だから僕の作品は“インタビュー小説”だと思っているんです

三重県・四日市を舞台にした理由

 堂場さんの作品の舞台は、地方の都市であることが多い。本作で三重県・四日市を舞台にしたのはなぜだろうか?

「人口50万人ぐらいの地方都市を舞台にすると、行政や経済、観光などの表情がつけやすいんです。これが100万人とか逆に2万人だと書きにくいんです。適度に都会っぽさと土着の感じが混ざっている土地が好きですね。

 架空の都市にすることもあるんですが、本作では日本のどこでも起こりうる話なので実在の土地にしたかったのと、中京圏を舞台にした小説が意外に少なかったからです。三重県は南側の伊勢地方は神話の世界であるのに対して、四日市のある北側は日本の高度経済成長を支えてきました。その違いにも興味がありました

 3人は事件の裏側にあるものを探っていくうちに、地元の高校のOBで組織される「民教研」の存在が浮かび上がってくる。

「地方では、学校の延長に社会ができあがっているところがありますよね。公務員は特に学校の先輩・後輩関係がものを言うところがある。民教研は架空の組織です。別に秘密組織というわけじゃなくて、ごく普通の集まりだと自分たちは思っていますが、外から見ると反社会的なことをやっています。そういう内と外の意識の乖離(かいり)を描きたかった

自分を枠の中にとどめる必要はない

 堂場さんの作品には、登場人物がものを食べる場面が多く出てくる。本作にも「蜂蜜まんじゅう」や「津ぎょうざ」が登場する。

「僕は取材に行くと、ものすごく歩くんですが、この作品のとき食べた蜂蜜まんじゅうは疲れ切った身にも心にもしみるうまさでしたね(笑)。トンテキは東京でも食べられますが、現地で食べると美味しさもひときわでした。

 作品の中には、普通の人が食べているものを出すようにしています。生活感が出るし、その人物がどう食べるか、どういう体調なのかまで描けるんです」

 作中にはクイーンの『ショー・マスト・ゴー・オン』が出てくる。フレディ・マーキュリーが闘病生活のなかでレコーディングし、その後亡くなったという曲だ。

3人が新人のころの曲ということで選びました。というのも、彼らはこの調査の過程で、何もわからなかったころの新鮮な気持ちを取り戻します。この年になっても、新しい体験はまだまだできる。たとえゼロに戻ったっていい、自分を枠の中にとどめる必要はない。読者にそう感じてもらえるとうれしいです

 堂場さん自身、1作ごとに新しい挑戦を続けている。

「工夫しないと、自分が飽きちゃいますから(笑)。世の中は複雑だから書きたいことは次々に見つかります。それに合うスタイルを選んで書いていきたいです」

ライターは見た!著者の素顔

 海外ミステリーを読むのが好きだという堂場さん。「年に何冊かとんでもなく優れた作品に出会いますね。壁に投げつけたくなるものも多いですが(笑)」。仕事の参考文献を読むのに時間がとられるが、週3日通っているジムでは、自転車に乗りながら好きな本を読むという。「気がついたら100ページぐらい読んでますよ」。しかし結局のところは、仕事がいちばん楽しい趣味になっちゃっていますね。旅行でもネタを探しているし」と堂場さんは笑った。

PROFILE


どうば・しゅんいち●1963年生まれ。茨城県出身。2000年、『8年』が小説すばる新人賞受賞。著書に『警視庁追跡捜査係』『警視庁犯罪被害者支援課』『ラストライン』などの各シリーズのほか、『ピーク』『ザ・ウォール』『動乱の刑事』などがある。

(取材・文/南陀楼綾繁)