2019年シーズン、チームは『D'station Racing AMR』として参戦。アストンマーティン・レーシングから強力な支援を受けている 6月29日、タイのチャン・インターナショナル・サーキットで行われたスーパーGT第4戦タイの公式予選。ニッサンGT-RニスモGT3勢が上位に進出し、さらに土屋武士監督が予想したとおり、タイを大得意とする松井孝允のHOPPY 86 MCがポールポジションを獲得したGT300クラスの公式予選だが、そのなかでも“サプライズ”と言えたのが、D'station Vantage GT3の予選3番手獲得ではなかっただろうか。その躍進には、きちんとした理由があった。
「今回はいけますよ」
スーパーGT第4戦タイの搬入日、D'station Vantage GT3の藤井誠暢は筆者に語った。
今季、鳴り物入りでスーパーGTにデビューしたアストンマーティン・ヴァンテージGT3だったが、開幕からの成績は惨憺たるものだった。第1戦岡山では多重クラッシュに巻き込まれ、車両交換して臨んだ第2戦富士は、三度のタイヤトラブルに。第3戦鈴鹿も電気系統のトラブルに見舞われていた。性能調整もあり、予選は藤井誠暢とジョアオ・パオロ・デ・オリベイラというふたりをもってしても、Q1を通るか通らないか。いまだノーポイントでランキング外。そんななか迎えたタイでのレースでの藤井の発言は、にわかに「そうですか」とはうなずき難いものだった。
しかし今回、公式練習からD'station Vantage GT3は光る速さをみせた。公式練習では、藤井が1分32秒896というタイムをマークして2番手につけると、公式予選ではQ1で藤井が1分33秒187をマークし4番手に。さらに全体的にタイムが上がったQ2では、オリベイラが「ポールポジションを獲れるいいチャンスだったけれど、最終コーナーでトラフィックがあり、すこし安全にいってしまったね」とタイムロスをしながらも、3番手タイムをマークした。
今回、アストンマーティン・ヴァンテージGT3自体は、開幕前に非常に厳しいものとなっていた性能調整がやや変更され、ブースト圧が上がるなどいい方向にはなっており、高根裕一郎エンジニアは「それも大きいですね。あとは全体的にコースレイアウトがクルマに合っている」というが、その他にもD'station Vantage GT3が速いことには大きな理由があった。
■状況打破のための、イギリスからのオーダー
2019年シーズン、チームは『D'station Racing AMR』というチーム名が示すとおり、車両のスイッチにあわせアストンマーティンと強力なコラボレーションの体制がとられた。ただ、序盤3戦は厳しい結果に終わった上に、トラブルも多発しており、毎戦帯同するアストンマーティン・レーシング(AMR)のエンジニアたちも厳しい表情を浮かべていたのが印象的だった。ヴァンテージGT3自体がダメなのではなく、海外ではきっちり結果も出しているだけに、余計にエンジニアたちの悩みも深かったのだ。
アストンマーティン自体が日本、そしてスーパーGTというマーケットを非常に重視しての今季のスーパーGTへの参戦なのだが、この結果は決してAMRが意図したものではない。きちんと結果を残すべく、車両が日本からタイに移動している間に、AMRでは抜本的にスーパーGTというフィールドをしっかりと理解するためにある策をとることになった。
AMRはチームに対し、「スーパーGTで使っているヨコハマのドライとウエットを、1セットずつイギリスに送ってくれ」とオーダーした。そこでチームはタイヤを送ったのだが、AMRはF1チームなども使用するマルチマチックのセブンポストリグを使い、新車のヴァンテージGT3にヨコハマを履かせ、徹底的にリサーチを行ったのだ。
さらに、タイヤの数字測定を行う機械を使い、ヨコハマタイヤへの理解を深めた。なんとかかった時間は丸一日。セブンポストリグは日本にもあるが、この機構を動かすのには大きな費用が発生する。AMRはこれを“自腹”でやってきたのだ。
「そこにAMRのエンジニアが行って、ヨコハマタイヤを理解した。彼らが思っていたこと、ヨーロッパで体験していたこと、数字とは違うものがあったんです。それをもとに今回のセットアップを決めました」というのは藤井だ。
「そうしたら今回はフィーリングがすごくいいですし、タイヤのインフォメーションもすごく増えました。性能調整が良くなった部分もありますが、ヨコハマをより深く理解したクルマのセットを、体感とか日本での経験ではなく、数字上でクルマもタイヤも理解することができました」と藤井。しかもこの測定で、第2戦でのタイヤトラブルも“原因”が突き止められたという。
■“基本”ができたD'station Vantage GT3
このセブンポストリグは、実走行に近いかたちでサスペンションや車体の状況などを精密に理解することができるもので、日本ではチームルマンが御殿場市に設けている。
ただ、実際にはただかければいいというものでもなく、そこから得られるデータをきちんと読み解き、セットアップに反映させることが重要だ。それができなければ“無駄金”になってしまう。
「トヨタ系のチームは(ルマンのセブンポストリグを)使っているかもしれませんが、僕たちはセブンポストリグは知識としては理解していても実際に使ったことはありませんし、それから出てくる結果をどう読み解くかも経験はないんです。だから今回得られたものはすごく有意義です」というのは高根エンジニア。
「彼らの推奨の数値を受け入れながら、僕たちから『これは日本ではマッチしない』という意見をしたりしながら、その合わせ技で今回のセットアップを作っています」
今回、チームが施してきたセットアップは、イギリスでセブンポストリグを経て得られたデータの「まま」ではないが、また今回のタイでの結果をふたたびセブンポストリグにかければ、違いとしてチーム、そしてAMRに蓄積されていくはずだ。
しかも、セブンポストリグのスペシャリストがAMRの『クルマを作った人たち』とともに解読すれば、よりスーパーGTで戦う環境を理解してくれる。
「この第3戦からのインターバルの間に、エンジニア、AMRのエンジニア、そしてドライバーが『何ができるか』と考えてくれた結果がこの予選の順位だと思います。スーパーGTは短い時間で決めなければいけないところが多く、持ち込みセットを外すとすぐに結果に繋がってしまいます。今回、確実にいいだろうという選択をしたことが予選順位ではないでしょうか」と武田敏明監督。
「アストンマーティンはモータースポーツをすごく重視していますし、スーパーGTに賭けている熱意を感じます。ここまでやってくれるマニュファクチャラーはいないのではないでしょうか」
アストンマーティン/AMRの“本気”がチームの悔しい思いに応えた結果が今回のD'station Vantage GT3の予選順位に繋がったと言える。そして逆に、それほどタイヤというものが重要なのだと指し示すエピソードと言えるだろう。また、今回得たもので今後のシーズンに向けたベースも固まったはずだ。
最後に藤井に「レースはいけますか?」と聞くと「自信あります」と前日同様の笑顔で語った。