2019年06月30日 09:21 弁護士ドットコム
公道を走るカートのレンタルサービスを展開する「MARIモビリティ開発」(以下:MARI社、旧社名:マリカー)とその代表者を相手取り、任天堂が不正競争行為の差し止めなどを求めた「マリカー訴訟」の控訴審判決文( http://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/735/088735_hanrei.pdf )が裁判所のホームページで公開されている。
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1審の東京地裁が2018年9月、任天堂側の不正競争防止行為に関する主張をおおむね認めたことから、MARI社側が控訴していた。控訴審の知財高裁は5月30日、「MARI社の行為は、任天堂の営業上の利益を侵害する」と判断して、MARI社の反論を退けた。
今回の控訴審判決は、いわゆる「中間判決」とされるもので、損害賠償の金額を決めるため、今後も審議が続けられる。判決文のポイントはどのようなものだろうか。知的財産権にくわしい齋藤理央弁護士に聞いた。
――今回は「中間判決」という形式がとられました。
知的財産権侵害に基づく損害賠償請求訴訟では、現在、「侵害論」と「損害論」を分けて審理している例が一般的です。
侵害論とは文字通り、権利者の権利が侵害されているかどうかを判断するパートです。
損害論は、権利侵害があったことを前提に、その侵害行為によって失われた利益の価格、つまり賠償額の算定をおこなうパートです。
今回その前半の侵害論について、中間判決というかたちで判断が示されました。おそらく、和解をすすめたい裁判所と和解も視野に検討したい当事者の思惑が一致して、中間判決という珍しい判決の流れになったのではないかと思います」
――どういう意味があるのでしょうか?
今回の中間判決によって、控訴審においても、MARI社の主張が全面的に認められることはないことになりました。つまり、中間判決のあとに「終局判決」があるのですが、そこでMARI社が逆転するということは基本的になくなり、あとは、損害額の算定で主張をおこなって損害額を可能な限り低くして、ダメージを軽減するしかなくなったのです。
このように、MARI社側として、控訴審においても、完全な勝訴という可能性は事実上なくなりましたので、和解に応じるという判断もとりやすくなったと考えられます。また、中間判決の真の狙いは、そうして紛争を解決しやすい状態を作る点にあったのではないかと思います。
――今回の中間判決で示された判断はどういうものでしょうか?
今回の中間判決は、簡単にいうと、1審の考え方を基本的に認めたうえで、さらに任天堂に有利な内容に変更した判決と評価できます。
任天堂の有利に変更されたのは、主に、「マリカー」「MARICAR」などの表示を「外国語」のウェブサイトなどで用いることも含めて、不正競争行為とされたこと、MARI社代表者の責任も認められたことです。1審では、外国語のウェブサイト、チラシについての表示は適法とされていました。また、代表者の責任は否定されていました。
――もう少し詳しく教えてください。
訴訟では、「マリカー」「MARICAR」等という略称の文字表示使用が、不正競争行為にあたるかが、争点となりました。
1審では、略称である「マリカー」という文字表示は、国内で広く周知されている商品等表示であるとして、不正競争防止法2条1項1号を適用して、不正競争行為としました。
一方、控訴審では、正式名称である「マリオカート」が国内で、「MARIO KART」が国内および国外で著名な商品等表示であるとしたうえで、「マリオカート」「MARIO KART」という正式名称と「マリカー」「MARICAR」等という略称は似ていると判断して、不正競争防止法2条1項2号を適用して、不正競争行為と判断しました。
これによって、まず、「MARIO KART」と似ている「MARICAR」等の略称を外国語のウェブサイト等に表示したり、ドメインとして使用することも違法と判断されることになりました。
また、不正競争防止法2条1項1号とちがって、同2号は「他人の商品又は営業と混同させる」ということを必要としていません。
MARI社側は「マリオカートとは別物です」等と記載(打消し表示)して「混同のおそれがない」という主張をしましたが、同2号の適用によって、それが無効化されてしまったのです。
――キャラクターのコスチュームについてはどうでしょうか?
この判決で注目されていたポイントの1つであるキャラクターの利用と不正競争防止法違反の論点ですが、控訴審も不正競争行為に該当するという1審の判断を基本的に踏襲しています。
そして、1審から引き続きキャラクターの外観的な特徴が似ているだけでなく、カートに乗っているところがマリオなどのキャラクターを想起させるという、任天堂表現物に現れていないキャラクターのいわば商品上の行動面を、類否判断に考慮しているように見えることが注目されます。
この判断について控訴審は、1審判断を追認したうえで、商品等表示の類否判断において「具体的な取引の実情」を考慮するという最高裁法理に基づいた理論付けもおこなったように見受けられます。
つまり、キャラクターについては、一般的にその言動も通して認識されることから、キャラクターの商品や営業上の特徴的な行動も、具体的な取引の実情として勘案される可能性を知財高裁が示したとも評価できます。
この傾向は、キャラクターの見かけだけでなく、その特徴的な行動など実質面を保護する方向に働き、個人的には好ましい傾向と考えていますが、登録などが不要な不正競争防止法であまりにも保護範囲が広がることに懸念もないわけではありません。
――著作権についてはどういう判断がありますか?
1審に続いて、控訴審でも、著作権侵害については判断が回避されています。控訴審でMARI社は、判断回避ができないように著作権法上の主張を反訴を提起してまでおこないましたが却下されてしまいました。
――1審、控訴審判決は、どんな影響がありますか?
1審に続いて、控訴審でも、コスチュームを着る行為について不正競争防止法違反と判断されたことから、有名なキャラクターのコスプレをしたコスプレイヤーが集まるイベントなどでは、コスプレイヤーではなく、主催者側で、不正競争防止法違反の点も含めた注意が必要であることが、再確認されたと思います。
つまり、マリカー訴訟の考え方を波及させれば、コスプレイベントなどについては、主催者がコスプレイヤーのコスプレなどを通して他人の商品等表示を利用していると判断される可能性もないわけではありません。主催者はそのような観点から法的な検討をおこなう必要があると考えられます。
特に今回マリカー訴訟で判断された不正競争防止法2条1項1号、2号は、営利性を必ずしも要件としていないことから、同人イベントでも慎重な検討が必要です。もちろんコスプレなどには好意的な権利者も多いと思われますので、不必要に委縮するべきではなく、心配なら権利者に問い合わせたり、また、萎縮を避ける意味でも積極的に利用してほしい場合は権利者側でルールを整備して公表すると、主催者側も安心してイベントを開けると思います。
【取材協力弁護士】
齋藤 理央(さいとう・りお)弁護士
I2練馬斉藤法律事務所リーガルグラフィック東京弁護士。東京弁護士会所属・著作権法学会会員。著作権など知的財産・IT法など、コンテンツと法律の問題に力を入れている。著作権に関する訴訟等も複数担当し、担当事案にはリツイート事件などの重要判例も含まれる。
事務所名:I2練馬斉藤法律事務所リーガルグラフィック東京
事務所URL:https://i2law.con10ts.com/