「今まで総額いくら稼いだ? たった40万の収入で『共働き』って堂々と言えんの?」
「パートって責任を負わなくていいし気楽でいいよなぁ。僕もそんな風に働きたいよ」
「そんなに家事ができないって言うなら僕と同等に稼いでみなよ!!」
などなど、パートや専業主婦として、被扶養者として生きる人の神経を逆なでするセリフがめじろ押しの『夫の扶養からぬけだしたい』(ゆむい著/KADOKAWA)。6月27日現在、アマゾン売れ筋ランキング「家庭問題」で1位、2月の発売以来重版3刷となるベストセラーコミックだ。求人サイト「ママの求人」で連載され、大きな反響があり書籍化された。
反響が大きいワケは、なんといっても夫・つとむのモラハラ的な発言に腹を立てる人が多いからだろう。漫画家志望だった妻のももこは出産後、夢を諦め専業主婦になった。転勤族のつとむは、「僕一人がこの家を支えている」という自負が強いわりに、「ずっと専業主婦でいられるほど、裕福ではないよね?」と妻に圧力をかける。(文:篠原みつき)
「努力が足りない」「ただの甘え」「社会人失格」など、とことん人格否定
1歳の息子・たるとを保育園に預けスーパーでパートを始めたももこだが、つとむは家事・育児にはノータッチ。ももこは「共働きなんだから家事は分担したい」と頼むが、つとむは収入の低い主婦の家事を手伝う意味が分からない。ももこが数か月のパートで稼いだ額は総額40万円。そこで出たのが「たった40万円で共働きとか言えるの?」というセリフだ。
つとむの転勤で、ももこはパートを辞め専業主婦に戻るが、ワンオペ育児に疲弊し夫に助けを求めれば、
「助けてって言えば助けてもらえるなんてそんなの仕事じゃ通用しないよ?」
「ももこは社会経験がないから考えが甘いんだ」
「だからこそ僕みたいにビシッと監督してくれる人が必要なんだ。怠けないようにね」
などと言い出す始末。「努力が足りない」「ただの甘え」「社会人失格」など、ももこはとことん人格否定される。つとむはあくまで、外で働いて稼いでいる自分が上の立場で、家で気楽に子守りをしている(ように見える)妻は文句を言えない下の立場。主婦は完璧に家事をこなすべきで、自分に監督責任があると思っているのだ。
こういう夫のもとで、幼い子どもの育児を一人でする日々は地獄だ。ももこの頭には「離婚」の2文字が浮かぶが、経済力のない身では如何ともしがたい。夫の扶養から抜け出すべく、イラストレーターとして在宅ワークに挑戦し、少しずつ収入を得るようになっていく。
創作ありのセミフィクションだというが、夫のモラハラぶりは非常にリアルだ。作者自身の恨みつらみがにじみ出ていて、胸が痛くなる。ネット上でも、つとむの発言に「うちのことかと思った」と共感する人が多かった。
夫は職場でブラック上司と戦い、ストレスを家族にぶつけている
さらに共感するのが、幼い子を抱えた女性が働こうとするときの壁だ。保育園は仕事をしていないと入れないし、求職先からは保育園が決まってから来てくださいと言われる。つとむは保活も送り迎えも妻に丸投げだ。ももこの友人の正社員ワーママも、娘が熱を出しても早退するのは私ばかりと不満を漏らしていた。
家事育児をすべてやりながら稼げる額はたかが知れており、スキルアップもままならない。「僕と同額稼いでみろ」が、どれだけ残酷な言葉か思い至らないつとむのほうが、視野が狭くて社会人失格ではないかと言いたくなってしまう。
しかし、物語はつとむを一方的な悪者にはしていない。つとむは家族を支えるため仕事を続ける重圧と闘っており、過重労働を強いてくるブラック上司に不満がたまっている。なにしろ、
「奥さん専業主婦なんだから心置きなく残業できるでしょ?」
などと言われてしまうのだ。つとむは家族にストレスをぶつけていると分かる。こうした問題は多くの家庭で起こりがちだろう。夫は仕事で疲れ、妻は家事・育児(人によってはプラス仕事)に疲れて、お互い「自分ばかり負担が大きい」と感じて気持ちがすれ違ってしまう。
とはいえ、夫婦は敵ではなく、家庭を一緒に回していく同志でもある。最終的なももこの決断に不満を感じる読者もいるかもしれないが、これは自分の生き方に自信を持ちたかった女性が自立を目指す物語だ。夫婦のどちらが「悪い、正しい」ではなく、そもそも結婚や子育てがしづらい社会構造のなか、それぞれ自分ができることを客観的に考える材料になるだろう。