NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』(以下:『いだてん』)が、6月23日に放送された第24話で、中村勘九郎演じる金栗四三(かなくり・しそう)を主人公にした前半戦第1部を終えた。
振り返ると『いだてん』の制作が発表されたのは、2016年11月16日のこと。宮藤官九郎のオリジナル脚本となり、放送時期が2020年東京オリンピックの前年に当たることから近代オリンピックをテーマにすることなどが明かされた。明治以降の日本の近現代のみを舞台とした大河ドラマは、1986年に放送された『いのち』以来33年ぶり。
これについて宮藤は「(大河ドラマの主たる題材となる)歴史を動かした人物にも、戦国時代にも幕末にもあまり思い入れがないから、自分に大河ドラマは無理だろうと思っていました」「(スタッフから)『できる題材を探しましょう』という優しい言葉をいただき、だんだんその気になり、考えたのが『東京』と『オリンピック』の物語」とコメントしている。その言葉どおり、大河ドラマのひとつのフォーマットとなっている戦国時代でも幕末でもない明治~昭和時代を舞台に、四三という歴史的にはほぼ無名に等しい人物を主人公にした新しい時代の大河ドラマとして異彩を放っている。
■知名度のない人物を主人公に据え、クドカンが描くのは
『いだてん』の何が、どこが一体、面白いのか? 考えを巡らせるなかで一番しっくりきたのは、箱根駅伝のゴール付近での破顔した場面も記憶に新しい大日本体育協会の理事、岸清一を演じる岩松了のインタビューだった。
「(宮藤の脚本を読んで)時代の重ね方もすごくうまいと思うし、細かいギャグだけではなく、偉人の有名なセリフやエピソードがさりげなく入っているところがまた、面白いなと思って。普通の大河ドラマだったら、有名なエピソードの部分を目一杯に抽出して見せるんでしょうけどね。このドラマでは、大事件だけを抽出せずに、いろんなことが重なり合っている中に大事件が紛れているというふうな表現の仕方をしているんですよね。小さな出来事も大きな出来事も平行して描いているというところが斬新だし、宮藤くんらしいなと思います」
ザ・テレビジョン、6月1日配信(https://thetv.jp/news/detail/192067/)
宮藤作品の魅力はここにある。登場人物からしてそうだ。主人公の四三よりも脇を固める柔道の創始者で大日本体育協会初代理事長を務めた嘉納治五郎(役所広司)や本作のナビゲーターを担当する古今亭志ん生(ビートたけし)の方が知名度があるなか、無名の、市井の人々が織りなす会話を中心に「小さな出来事も大きな出来事も平行して描いているところ」が宮藤らしさなのだ。
■映画『ピンポン』に見る、『いだてん』の源流
逆に「らしくない」、意外なファクターといえば、「スポーツ」ではないだろうか。
『いだてん』の前半戦は、日本人初のオリンピック選手となった「日本のマラソンの父」四三を主人公に、日本のスポーツの夜明けが描かれ、阿部サダヲ演じる日本水泳連盟元会長、日本オリンピック委員会の田畑政治を主人公にした後半戦第2部では、水泳を主に、1964年開催の東京オリンピックに至る道のりが描かれていくが、宮藤作品でスポーツを題材にした映画・ドラマは少ない。
『池袋ウエストゲートパーク』(2000年、TBS)に代表されるわちゃわちゃした男子たちの日常、『木更津キャッツアイ』(2002年、TBS)の土着感、『タイガー&ドラゴン』(2005年、TBS)の落語。近作『監獄のお姫さま』(2017年、TBS)における、立ち上がる女性たち……などを例に、「宮藤作品の集大成」とも言われる『いだてん』だが、そのルーツは『ピンポン』(2002年)まで遡るのではないか?
脚本家としての地位を不動のものとしたドラマ『木更津キャッツアイ』では主人公たちが日がな草野球に興じてはいるものの、スポーツが主たる題材となっているのは、監督・脚本を担当した数十本の映像作品のうち映画『ピンポン』のみ。宮藤の名を世に知らしめたドラマ『池袋ウエストゲートパーク』、映画『GO』(2001年)とほぼ同時期に書かれた、このスポーツ映画の金字塔にこそ、『いだてん』の根底に流れている「市井の何でもない人々を描く」、「小さな出来事も大きな出来事も平行して描く」という宮藤の、ある種の矜持が見てとれる。
■「敗れし者」「才能なき者」たちが物語を熱くする
『ピンポン』の映画化を記念した『TVBros.』2001年第20号(9月29日~10月12日)の特集で、若き日の宮藤(当時31歳)は、『ピンポン』の原作についてこう述べている。これが実に興味深い。
「(余計っぽい、一見いらないような場面こそが重要、と述べた後)負けていく人の話だと思ったんですね。だからアクマとか2巻に出てくるどうでもいい奴(第15話)の方が感情移入しやすかったというか。(原作と)ちょっと変えたんですけど、チャイナとやる時に棄権する奴とか出して。そういう奴の方が明らかに多いですからね。読む人も映画を観る人も勝ち続けた人より途中で負けた経験をした人の方が多いでしょ?」
「(「自身の高校時代と重なるところは?」と問われて)僕はバスケ部で、人気投票みたいな形でキャプテンだったんですけど、1回も試合に出たことがなかったんですよ。似てるんですよ、『ピンポン』で言うキャプテンの太田に。そういうふうにレベルの差こそあれ挫折していく奴の方が普通でしょうから(中略)そう考えると……このなか(劇中)では“凡人”と言っていますけど、こいつらをはずすと勝っていく奴だけの話になるから、そこはまず考えましたね」
「例えばチャイナと誰かをいっしょにして、(登場人物を)一人減らすことも考えたんですけど、この人も中国でボロボロになって、日本に来てまで負けるからこそ、いいわけですよ。僕、負けてる人がいなきゃ不安になってくるんですよね(中略)そいつらが陰でどうなっているのか気になっちゃうんです」
原作はご存じ、松本大洋の同名漫画。本作の主人公は、小さいころから卓球では無敵を誇る活発なペコ(窪塚洋介)と、彼に憧れて卓球を始めた自閉的な青年、スマイル(ARATA、現:井浦新)。ともに高校の卓球部に入部した2人だったが、スマイルに惚れ込んだ顧問(竹中直人)は彼の才能を強引に開花させた一方、ペコはインターハイ予選で敗退して……という青春卓球ムービー。ライバル校の主将で無敗のプレッシャーに苦しむドラゴン(中村獅童)、生まれ持った才能はないが努力でレギュラーの座を獲得したペコとスマイルの幼なじみアクマ(大倉孝二)、エリートコースから外れ中国から越境してきたチャイナ(サム・リー)、ペコとスマイルを見守る「凡人」の先輩・太田(荒川良々)ら、「敗れし者」「才能なき者」たちが物語を熱くする。
■どんな人の人生にもドラマがあるからこそ、見る者は魅了される
インタビューで宮藤は繰り返し「負けた人」と語っているが、考えたら『いだてん』で描かれる人々も「負けた人」ばかりだ。そしてペコがスマイルが、ドラゴンがアクマがチャイナが太田が再び立ち上がったように、四三をはじめとする『いだてん』の登場人物も大きな壁や挫折を乗り越えていく。
走ることで病気を克服した四三、オリンピックで勝つために奮闘する大日本体育協会の面々、オリンピックで負けて散々なことを言われても国の発展のために尽力する、スポーツをすることも否定される風潮に、権利を求めて立ち上がる女性たち、震災復興のため、市井の人自ら運動会で復興を盛り上げる姿。こうした視聴者の大多数である市井の人々の奮闘を、登場人物の誰一人欠くことなく丁寧に描き切る。これが脚本家・宮藤官九郎の真骨頂なんじゃないかと思う。どんな人の人生にもドラマがあるからこそ、見る者は魅了されるのだ。また『いだてん』に登場する「負ける人」たちのそれぞれが宮藤の分身なのかも知れない。
第2部の主人公で東京オリンピックの招致にまい進した政治もしかり。史実と照らし合わせると、五輪開催直前にとある理由から「負け」を喫してしまう。国際大会での挫折もある。だが、宮藤のこと。そこには何かしらの光が差し込むはず。第1部からたすきを受けた後半戦に期待しよう。
■2年以上を費やし、『いだてん』最終話の脚本もついに
先の『いだてん』制作発表から2年半。前半戦を終えた翌日6月24日に放送されたTBSラジオ『ACTION』では、「先週の木曜から金曜にかけて『いだてん』最終話を書いていました」と報告。
「執筆を開始したのが2017年の2月とか3月ぐらいなんですね(中略)『いだてん』を書き始めて2年4か月ぐらい経ってるんですよね……」。そう、しみじみと怒とうの日々を述懐していた。
とはいえ、同番組の6月4日放送では「褒められるのが苦手なんです。『嘘ついてるんじゃねぇか、こいつ』って思っちゃうんですよ」「『ドラマ見て泣いちゃいました!』って言われたら、『はぁ?』って思う(笑)。『人が泣いたかどうかって知らねえよ』って思っちゃうの。『それ別のことで泣いてない?』『辛いことで泣いたりしてるのと、一緒にしてない?』みたいな」「あと『泣く=良いこと』というのも俺の中ではちょっと違っていたりするので」などと、宮藤作品のもう一方にあるシニカルな一面も吐き出していたから、褒めるのは以上!
(文/橋本達典)