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私立恵比寿中学の飽くなき音楽探究心 川谷絵音、吉澤嘉代子、大森元貴らの提供曲から感じたこと

2019年06月28日 12:11  リアルサウンド

リアルサウンド

私立恵比寿中学『トレンディガール』(通常盤)

「どんな楽曲であっても自分のものにしてしまう」


 アーティストを称賛する言葉としてよく使われる文言だ。確かなスキルに裏打ちされたオリジナリティで色付けをしながら自分の曲として昇華させていく。たとえカバー曲であっても、そう思わせないほどに聴き手を圧倒させる、それが出来るアーティストは多くはないだろう。しかし、オリジナリティを全面に出しながらも、原曲ないし作曲者のカラーをきちんと伝えていくことはそれ以上に難しいことであるように思う。


(関連:エビ中・中山莉子が語る、初めての写真集への喜び 「写真で表現することは楽しい」


 それを悠々とやってのけるアイドルグループがいる。「エビ中」こと、私立恵比寿中学だ。


 6月5日にリリースされたシングル『トレンディガール』。表題曲は、ニューエイジ調のサウンドと、すらすらとしているようで複雑なメロディに乗る言葉の羅列が、空虚を浮遊する。邦楽ロックをかじっている人であれば一聴して、川谷絵音(indigo la End/ゲスの極み乙女。/ジェニーハイ/ichikoro)の提供曲だとわかるだろう。


 ストリングスアレンジとキーボードはちゃんMARI(ゲスの極み乙女。)、ベースに休日課長(ゲスの極み乙女。/DADARAY)、ギターは景山奏(Nabowa)というichikoroのメンツに、気持ちいいほどビシっと入ってくるドラム、柏倉隆史(toe/the HIATUS)を加えた布陣。完全なるポストロックバンドに寄せて、エビ中メンバーたちがクールで無機的なボーカルに徹しているところも、川谷の作家性を感じることができる。それでいて、随所に少女らしい透明感が滲み出ており、しっかりとアイドル性が内包されている。まさに作家と演者のバランスが絶妙であり、聴けば聴くほど川谷楽曲の奥ゆかしさが感じられると共に、そこを綺麗になぞりながら、楽曲自体の魅力を浮き彫りにするエビ中の才幹も知ることが出来る、不思議な曲だ。


 アイドルグループといえば、「センター」や「エース」と呼ばれる歌唱力の高いメンバーが軸となり、楽曲とパフォーマンスを構成していくことが一般的である。しかし、エビ中にはそれが当てはまらない。メンバー全員の歌唱力が申し分なく、パートが満遍なく振り分けられている。メンバーそれぞれに見せ場があるのだ。


 そんな彼女たちの実力を、ロックファンに広く知らしめたのが、椎名林檎トリビュートアルバム『アダムとイヴの林檎』(2018年)への参加だ。オフィシャルYouTubeチャンネルにアップされているカバー「自由へ道連れ」のライブ映像では、その桁外れのスキルを堪能できる。


 遊び心を感じさせる安本彩花からの、男前なイケメンボイスが魅力的な真山りか。言葉をしっかりと噛みしめるように丁寧に表情をつけていく小林歌穂から、ロックな崩しをキメる中山莉子。サビではこれまでの流れを変えるように、伸びやかな歌声とたっぷりとしたブレスで譜割の大きいメロディを紡ぐ星名美怜、最後は安定感のあるファルセットを響かせながら柏木ひなたが締めくくる。このシームレスな歌割りが巧妙かつ周到であり一切の隙がない。なにより、原曲と椎名林檎へのリスペクトをひしひしと感じさせながら、エビ中のアイドルソングとして完成させている様は圧巻だ。単に“歌唱力”という表面的な技術だけでなく“歌を聴かせる”ための表現力、その術を心得ているからこそ生まれる説得力がある。


 エビ中はこれまでも、U-re:x(村田有希生/my way my love)、TAKUYA(ex JUDY AND MARY)、加藤慎一(フジファブリック)、尾崎世界観(クリープハイプ)……などなど、数多くのアーティストが手がけた楽曲を歌ってきた。今、アイドルが著名アーティストから楽曲提供を受けることは珍しくはない。音楽性の幅を広げることはもちろん、話題性を含めて多くのグループで行われていることだ。しかしエビ中の場合、そこだけに収まらない面白みがある。そのどれもが作曲者の顔が浮かぶ曲になっているという点だ。


 今年3月にリリースされたアルバム『MUSiC』。複数のアーティストからのクセの強い楽曲群を、しっかりとまとめ上げている妙味が実に見事である。さらに特筆すべきは“エビ中が、さまざまなアーティストから楽曲提供を受けている”という点だけでなく“さまざまなアーティストが、エビ中に楽曲提供している”という見方もできる、いわば作曲者のファンも楽しめる内容であるということだ。


 岡崎体育の提供した「Family Complex」は、彼らしさ溢れる遊び心と突っ込みどころを凝縮した作風ながら、歌詞を含め、現在のエビ中にしか歌うことのできない楽曲である。そして、「曇天」を書いた吉澤嘉代子は、女性観のリアルと幻想的な物語が交錯していくような独自性を持った、自己表現を得意とするシンガーソングライターであるが、そんな彼女がこれまでエビ中に3曲提供していることも興味深い。


 「曇天」は、エビ中にとっても、吉澤嘉代子としてもこれまでにないタイプの楽曲であり、お互いの相乗効果によって、双方の新しい魅力が引き出された楽曲といえるだろう。


 こうした楽曲に共通するのは、作曲家が自身で歌う曲とは違う方向性であったり、異なった制作手法を試みたりしていることである。つまり、エビ中にインスパイアされながら楽曲を書いているのだ。


 また、大森元貴(Mrs. GREEN APPLE)が提供した曲「シンガロン・シンガソン」は、「自分たちの曲を書くのと同じように自由に作れた」と語っているようにミセスらしさがほとばしるナンバー。


「エビ中はみんな歌がうまいんですよね。アイドルの曲って、音域の高低差をあまり付けないのが暗黙のルールみたいなものとしてあると思うんですけど、エビ中に書く曲なら無視しちゃっていいかなと思ったんですね」(引用:廣田あいか(私立恵比寿中学)×大森元貴(Mrs. GREEN APPLE)「シンガロン・シンガソン」対談|ぁぃぁぃ念願のコラボ実現!初対談で哲学トーク – 音楽ナタリー 特集・インタビュー)。


 さらに、ドラムに有松益男(BACK DROP BOMB)、ベースは明希(シド)という骨太ロックサウンドに乗せ、全編ツインボーカルのハーモニーで攻め立てる「イート・ザ・大目玉」では、作曲者のギタリスト・溝口和紀(ex ヌンチャク/J LUNA SEA)が自身のnoteにて、以下のように綴っている。


「当初は内心「アイドルだから……」とか思ってましたが、音を聴いたら歌は上手いし、ライヴ映像はプロフェショナルだし、ビックリしました。エビ中スゴいなーと」(引用:楽曲提供しました 【私立恵比寿中学】/Kazunori Mizoguchi 溝口和紀|note(ノート))。


 トドメは宮藤官九郎のユーモアセンスが炸裂するエビ中あて書き詞と、ニューロティカのロックバカが爆走する「元気しかない!」だ。一歩間違えば、ただのおふざけコミックソングに終わってしまうわけだが、エモーショナルな歌声と抜群の勘の良さを振りかざし、陽気で元気なエビ中らしさがフルスロットルな起爆剤というべきキラーチューンに仕上がった。


 総じて、みんなエビ中のために面白がって曲を書いているのである。そして、作家の魂が宿った個性豊かな曲を、彼女たちは最大級のリスペクトを込めながら完全に自分たちのものにしている。このことが、さらに多くのアーティストからの楽曲提供を呼び、エビ中の音楽をどんどん面白くしている印象だ。


 SHOWROOMER・東雲めぐ、2000年生まれの次世代クリエーター・Mega Shinnosukeなど、気鋭アーティストの起用も見逃せないところ。シングル『トレンディガール』には、16歳のラップアーティスト・さなりによる「結ばれた想い」も収録されている。大人びた表情を見せながらリズム感の良さを見せるラップとエフェクト混じりのボーカルは、表題曲ともうひとつの川谷楽曲「あなたのダンスで騒がしい」で聴ける流麗なメロディとともに、エビ中がボーカルグループとして新たなフェーズに突入したことを感じさせた。


 今年、結成10周年Special Year真っ只中の私立恵比寿中学。彼女たちの飽くなき音楽探求はとどまることを知らない。


■冬将軍
音楽専門学校での新人開発、音楽事務所で制作ディレクター、A&R、マネジメント、レーベル運営などを経る。