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「見えない空気を描く」アニメ脚本家・吉田玲子の原点となった作品とは?【インタビュー】

2019年06月28日 11:32  アニメ!アニメ!

アニメ!アニメ!

『きみと、波にのれたら』(C)2019「きみと、波にのれたら」製作委員会
6月21日公開の劇場アニメ『きみと、波にのれたら』より、脚本を担当する吉田玲子さんへのロングインタビュー。
後編では、アニメ脚本家として活躍する吉田さんの素顔に迫る、踏み込んだ質問もさせていただいた。前編とあわせてお読みいただきたい。
『ガールズ&パンツァー』では戦車に乗り、劇場アニメ『若おかみは小学生!』では旅館を訪ね、今回の『きみと、波にのれたら』では消防庁に取材に行ったという吉田さん。

ひとつの作品に何百人というスタッフが関わるアニメ制作において、軸の部分となるシナリオを作る吉田さんのお話には、作品に向き合うこだわりと、脚本家ではなくとも活かせる処世術があると感じた。
[取材・構成=奥村ひとみ]

インタビュー前編アニメ界で引っ張りだこの脚本家・吉田玲子、そのルーツと“場の空気”まで描く脚本術とは?
■「シリーズ構成」に求められるものは?

――2001年放送の『カスミン』では初のシリーズ構成を担当されました。初めてやってみて、どんな難しさがありましたか?

吉田:シリーズ構成は、作品の方向性を示すために第1話の脚本も担当するケースがほとんどなのですが、経験がなかったので、どう書けばいいかよくわかりませんでした。そこで、女の子が主人公のアニメの第1話をいろいろ見て勉強しました。

――何か分かったことはありましたか?

吉田:わたし的に一番面白かったのが、高畑勲監督の『赤毛のアン』の第1話でした。



二十数分間の大部分がアンとマシュウの会話劇で進み、大きな物語も描かれるわけではないのですが、すごくワクワクして印象に残ったんです。
これから失望することが目に見えているのに、アンの「つらく貧しい暮らしの中でも想像力を活かしながら前向きに生きていける子なんだ」というキャラクター像もすごくハッキリしていたんです。

あと、先ほど言ったような見えない空気(前編を参照)が描かれていて、養子になれることとワクワクしているアンに対し、手違いで女の子を連れて行かざるを得なくなったマシュウという、そこに生じている見えない関係がすごく面白かったんです。

これは、アニメ脚本家としてのある種の原点になっているかもしれないですね。

――シリーズ構成の立場では、各話を脚本家に振り分ける仕事もあります。自分以外の脚本家に書いてもらうときに気にかけていることはありますか?

吉田:発注時に出来るだけコンセプトをしっかり伝えておくことでしょうか。そうでないと、シリーズの意図に沿わないものが上がってしまう可能性もありますので。

『カスミン』では、他のライターさんのシナリオを読んで、もう少しこうしてほしいとお
願いすることが初めての経験だったので、脚本を書くこととはまた違う能力を使うなと思いました。
シリーズ全体のバランスを引きで見て、「この人にはこういうお話をお願いすると面白く書いてくれるだろうな」といった管理職的な能力がシリーズ構成には必要かもしれません。

――脚本を直すときに大事にしていることは何ですか?

吉田:「この話はシリーズ全体の中でどういう役割を担うのか?」というその話数の立ち位置を意識しています。
物語の本筋を追うストーリーがある一方で、ちょっと軸から外れるエピソードが作品に広がりを与えてくれる。これはお芝居と同じことが言えると思います。主役はいるけど脇役だっているし、脇役から見た主役のお話もあって、だから全体が面白く見えるということです。

――シリーズ構成をするにあたって色んな人と関わるかと思いますが、コミュニケーション面で気をつけていることはありますか?

吉田:自分を守り過ぎないことでしょうか。やっぱり書いたものを否定されたり意見されたりするのって少しは抵抗があったりするんですが……でも、すぐに「そうじゃない」と否定するのではなく、まずは一旦話を聞いて、そのうえで素直に思ったことを伝える。

「自分を守ろう」とすると良い意見も弾いてしまうかもしれないし、「よく分からないな」という意見でも、「あ、もしかしたらこの人はココじゃなくて、コッチが気になっているからこういう意見になるのかな」と気づきが得られることも大いにあるので。
→次のページ:取材を通して“当たり前”を見つける

■取材を通して“当たり前”を見つける

――『映画けいおん!』ではロンドンにロケハンに行かれたそうですね。『ガールズ&パンツァー』では戦車に乗られたそうですし、吉田さんにとって取材は重要なのかなという印象を持っています。

吉田:前に実用書などの編集をやっていたので、そのときに資料を読んだり取材したりしたこともあって、基本的にそういうのが好きなのかもしれないです。

今回の『きみと、波にのれたら』では、港(ひな子の恋人。海の事故で命を落としてしまう)が消防士なんですが、実在する仕事を書くときは、表面よりも中身が知りたい。どういう生活をしてるのか、どういうことを考えて仕事してるのか。そういうところに触れるのがすごく大事だと思っています。なので取材ができるならなるべくするようにしています。

『きみと、波にのれたら』場面カット

――今回の『きみと、波にのれたら』のロケハンはどうでしたか?

吉田:消防庁に2回、あと海の近くということで湘南の消防署にも行ってお話を聞きました。海の近くなので海難救助の訓練をしていたり、海難救助用のボートが組み込まれた消防車も見せていただきました。

――取材をされて、消防士に対するイメージに変化はありましたか?

吉田:当たり前なことかもしれませんが、仕事に対する姿勢やプロ意識が予想以上に高くて驚きました。そこは劇中でもしっかり描こうと思いました。

――これまで吉田さんが携わった作品の中で、特に印象に残っている取材は何ですか?

吉田:『ガールズ&パンツァー』です。まさか自分が戦車に乗るとは(笑)。

――戦車の取材に行くとなった際、何を知ろうとして、どんな準備をしました?

吉田:準備したのは、乗り降りするのに動きやすい靴と服装です。「油まみれになるかもしれないから、汚れてもいい服装で」と言われて。
経験できてよかったことは、実際の乗り心地です。

――実際どうでした?

吉田:「これ、ホントに女の子が乗って操縦できるのかな!?」と思いました(笑)。

――「戦車の中が暑い」というセリフは、吉田さんの体験からだそうですね。

吉田:窓もないしムレムレなんですよ! まぁ装甲車なので、そうでないと弾で撃ち抜かれちゃうので。

――『若おかみは小学生!』では旅館の取材に行ったとうかがいました。そこではどんな発見がありましたか?

吉田:『若おかみ』では高坂希太郎監督が虫を出すことにこだわりがあったんです。最初、虫を怖がっていたおっこが、最後は怖くなくなるという。

でも私としては、旅館って食べ物を出すところだから、虫がいるっていうのはどうなんだろうと否定派だったんですね。でも実際に取材にうかがってみたら、朝食のとき若い女将さんが、大きなクモが出てきたときにパッと掴んで外に出していたんです。

「あ、そうか。こういう山の中の旅館で虫が出るのは日常茶飯事だし、お客様の前で殺生するのもなんだからそうやってパッと出すんだ」と取材で納得しました。

――なるほど。たしかにそういった感覚は、現地に行って、実際に見てみないとわからないですよね。

吉田:ええ。取材では、自分たちの常識ではなく、この人たちにとっての常識や普段の行動を見ることが大事かなぁと思いました。

■第一印象で「書きたい!」と思う作品のほうがうまくいく

――多作かつ多彩な作品に関わられている吉田さんですが、ご自身の脚本家としての強みや長所は何だと思いますか?

吉田:どうだろう……あんまり考えたことがないですけど、自分の傾向として、ヒーローよりも、隅っこにいる人を書くのが好きだなぁというのは自覚していますね。
すごく能力があるよりも、何かコンプレックスを持っていたり、めげやすかったり、自分を信じられなかったりする人たちを描くのが好きかなっていう気はします。

――たくさんのオファーがあるかと思いますが、物理的にも全ての仕事は引き受けられないですよね。どんな基準でお仕事をされていますか?

吉田:書き始めの頃はどんなものでも書いてみたかったし、新人だから仕事があるだけでありがたかったんですけど、だんだんやっていくうちに、「自分はこういうのが好きなんだな」という好みが分かってきました。

やっぱり第一印象で、「書いてみたいな」「ワクワクする」という作品はうまくいく印象です。最初にお話をいただいたときに「これ書きたい!」と思うかどうかを大切にするようになってきましたね。

――どういう作品、要素に心が惹かれるんでしょうか?

吉田:たとえば、今回の『きみと、波にのれたら』の場合、「湯浅監督が全力でラブストーリーをやる」というところがワクワクポイントでした。私、自身「見てみたい!」って。

『きみと、波にのれたら』場面カット

今回、湯浅さんは「とにかく大勢の方に見てほしい」という思いを強く持っていらっしゃったので、『夜明け告げるルーのうた』のときよりも、周りの意見も柔軟に取り入れていこうという姿勢で臨まれていた感じでしたね。

■何かを選ぶというのは、きっと傷つくことを選ぶこと

――『若おかみ』では、「両親の死」が物語上大きな意味を持ちますが、同じく『きみと、波にのれたら』でも大切な人の死が描かれます。

吉田:「死」を描くことについては、自分が年齢を重ねてきたこともあると思いますが、いろんな人や出来事に出会ったりするけど、人だけでなく風景だったりも失っていくことも多いなと感じはじめてきて。その気分がちょっと反映されているかもしれないですね。

――年齢を重ねてきたからこそ描けるものはありますか? 「若い頃には書けなかったな」とか。

吉田:そうですね……やはりだんだんと、命の重みを実感するようになった気がします。

――本作の執筆で難しかったことは何ですか?

吉田:恋愛ストーリーですが、ただただ甘い話にならないように気をつけました。主要人物は4人と絞っているので、それぞれの心の軌跡をしっかり見えるようにと、そこをどう見せていくのかが一番難しかったですね。

――恋愛ものの作品も多く手がけられてきた吉田さんですが、恋愛を描くにあたり時代の空気も織り込まれているかと思います。今の時代の恋愛観をどのように捉えていますか?

吉田:港の妹である洋子がその気分かもしれないですが、自分が傷つくことを恐れている人が多いのかな、という気がします。
SNSが発達した影響もあると思いますし、「他人から傷つけられたくない」「否定されたくない」という気持ちと同時に「わかってほしい」「孤立したくない」という気持ちをみんな持っているのかなという気がします。

『きみと、波にのれたら』洋子

――完成した映画をご覧になった感想は?

吉田:ひな子が可愛らしかったですし、今言ったような今の若い子の気分を代表してくれたようなキャラクターになっていて安心しました。
何かを選ぶことは、きっと傷つくことを選ぶことだと思うんです。何か目標をもって取り組むと挫折もあるけど、踏み出さないと何も動き出さない。それは恋愛に限らず、あらゆることに共通しているんだろうなと思います。

『きみと、波にのれたら』場面カット

――数々のヒット作を手がけられてきた吉田さんですが、アニメ脚本家として今後の展望はいかがですか?

吉田:そうですね……こうなりたいという明確なものはないのですが、強いて言えば、誰かに光を当てるような、誰かの背中を押すような作品をこの先も作れたらいいなぁ、と思います。

映画『きみと、波にのれたら』
6月21日(金)全国ロードショー

◇監督:湯浅政明
◇脚本:吉田玲子
◇音楽:大島ミチル
◇キャラクターデザイン・総作画監督:小島崇史
◇出演:片寄涼太、川栄李奈、松本穂香、伊藤健太郎
◇主題歌:「Brand New Story」GENERATIONS from EXILE TRIBE(rhythm zone)
◇アニメーション制作:サイエンス SARU
◇配給:東宝
(C)2019「きみと、波にのれたら」製作委員会