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『ザ・ファブル』漫画実写化として上質な一作 アクション×笑いだけにとどまらない本質をよむ

2019年06月28日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『ザ・ファブル』(c)2019「ザ・ファブル」製作委員会

 ファブル(寓話)と呼ばれてしまうほどの凄腕でどんな相手も即座に仕留める殺し屋だが一般常識は一切持ち合わせていない男が一年間カタギとして普通に暮らさなければならなくなる、という基本プロットだけで一定以上は面白そうなこの映画。


参考:岡田准一の姿はジャッキー・チェンにも重なる!? 『ザ・ファブル』に見るアクションの凄み


 原作は『週刊ヤングマガジン』(講談社)で連載中の同名人気漫画だ。設定だけならギャグ漫画的だが、本作は笑えるシーンも多くありながら、突発的な暴力描写やいつ死が訪れるかわからない裏社会の怖さも並列して淡々と描かれており、乾いた不思議な読み味の漫画になっている。


 シネコンでかかるメジャー映画として実写化した場合にどうなるのかと思っていたが、本作は想像以上にきちんと『ザ・ファブル』を映像化できていた。


 伝説の殺し屋ファブルが一般生活を始めた際に起きるギャップを笑いにするには、その前にどれだけ彼が超人的な存在なのかをしっかりと見せておく必要がある。その点においてこの映画は及第点を遥かに超えた出来を見せる。


 なにせファブルを演じるのは本邦きってのアクション俳優、岡田准一。3つの武術のインストラクターの資格も持ち、昨年公開の主演作『散り椿』では自ら殺陣指導も行うほどの身体能力を誇る彼はこの映画でもすべてのスタントをこなし、まさに超人としか言いようがない動きを見せる。アクション監督として参加している『ヤマカシ』『ボーン・アイデンティティ』のアラン・フィグルラスも「彼は特別だ」とインタビューで語るほどだ。


 時には岡田の動きが速すぎて上手くカメラに映っていないカットもあった。普通だったらボツになるところだが、それをそのまま映すことでファブルの存在に説得力を持たせることができている。他にもガンアクションやナイフアクション、近接格闘に、パルクールまで見せてくれるので岡田のスタントを見るだけで元が取れるレベルだ。


 そして冒頭でヤクザの組を流れるような動きで全滅させるファブルを見せておきながら、その後彼がボス(佐藤浩市)の命令で一年間殺しを禁止されて大阪での一般人としての生活が始まるとクライマックスまでほとんどアクションが出てこないのも抑制が効いている。


 しかも本作は邦画にしては珍しくファブルや周りのヤクザなど個々人が使っている銃器で各々の性格付けをしていたり、人を殺せない縛りのあるファブルが殺傷能力の低い銃を用意するために手動でバレルを加工する原作の名場面もしっかりと再現していたりと硬派なアクションファンも喜ぶ要素もしっかりと入っている。


 そしてラストでは、誰も殺さずにヤクザたちから人質2人を奪還するという難易度MAXの展開が用意されるが、そこで的確に最小限の動きで相手の足を止めながらとあるアクロバットなアクションを見せる岡田の一連の動きは惚れ惚れするほどだ。間違いなく邦画アクション史に刻まれるだろう。


 アクション以外でも見所は多い。中盤約1時間強に渡って、殺し屋としては天才ながら一般常識はまるでないファブルが同業者で妹のふりをしているヨウコ(木村文乃)と暮らしながら普通に振舞おうとするも、まったく社会に馴染むことができない様が描かれる。キャッチコピーにあるとおり「世界基準アクション×ハッピーな笑い」の笑いの部分だ。元は『木更津キャッツアイ』シリーズで名を上げた岡田だけに顔芸やとぼけた演技も難なくこなす。原作のファブルより顔が端正過ぎるが、そんなイケメンが常識はずれな行動を無自覚に繰り返すとより違和感が増し、原作とはまた一風変わった可笑しみがあった。


 ファブルだけがどハマりしている芸人のジャッカル富岡を演じる宮川大輔は本職らしく短い出番でギャグでインパクトを出してくれる。富岡のギャグをファブルがとあるシリアスな場面で唐突に真似るシーンのシュールさは忘れがたい。また彼が勤めることになるデザイン会社の社長役の佐藤二朗も、福田雄一作品で見せるような安定のとぼけた演技をしている。笑いの部分でも十分なクオリティを見せてくれた。


  ここまでは予告でわかるような「世界基準アクション×ハッピーな笑い」について語ってきたが、予想外に良かったのが原作にもある裏社会の怖さやそこでしか生きられない人間の悲哀の要素をしっかりと描いていたことだ。原作者南勝久が書くリアルすぎるヤクザ像と比べると美男子だらけにはなっているが、ファブルを取り巻くヤクザたちを演じる俳優陣もなかなかハマっている。


 とくに素晴らしかったのはボスの紹介でファブルが世話になる組の若頭・海老原を演じる安田顕と途中から出所してくる海老原の弟分の小島役の柳楽優弥だ。


 柳楽は事態を引っ掻き回しクライマックスに至るまでのトラブルを作るチンピラとしてこれ以上ないくらいリアルな演技を見せる。小物なのか大物なのかわからない何をするか予想がつかないチンピラぶりを目やちょっとした仕草、言い回しで見事に表現しており、彼がヒロイン・ミサキ(山本美月)をとある理由で脅迫するシーンの恐ろしさは本作のドラマパートの白眉と言ってもいい。そんな弟分の暴走を止めようとするも叶わず、組織の長としての責任を背負わざるを得なくなる安田顕の抑えた演技も素晴らしく、終盤はこの2人が見せ場を持っていった。


 裏稼業でしか生きられないヤクザたちも、幼少期から殺しに必要なことだけしか教わらなかったファブルもある種不憫な存在として描かれている。予告編で流れる主題歌、レディー・ガガの「Born This Way」も本編を見れば彼らのことを歌っているのがわかる。


「私はこの道に生まれてきた、他の道はない」


 この歌は前向きにも後ろ向きにも取れる歌詞で、この映画の主題歌としては絶妙だ。ファブルもヤクザたちもこうやって生きていくしかない。しかし、主人公ファブルはそんな自身の悲しさには気づいていないかのように終始ポーカーフェイス。この映画だけでは彼が1年間の普通の生活の後もそうやって生きていけるかはわからない。だがラストの彼が殺し以外のことで人を元気づけるとあることをする場面は感動的だった。あくまでも彼は彼の道を進んでいる。


 ハイレベルなアクションを描ける土壌を用意しておきながら単にスカッとさせるだけでない後味の人間ドラマを臆せず入れてくるあたりに凄みを感じる。昨今の日本の漫画実写化のレベルが格段に上がっていることを象徴する1本だ。


■シライシ
会社員との兼業ライター。1991年生まれ。CinemarcheやシネマズPLUSで執筆中。評判良ければ何でも見る派です。