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井浦新が持つ役者としての温かさ 『なつぞら』仲役に通ずる映画界での立ち位置

2019年06月27日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

井浦新『なつぞら』(写真提供=NHK)

 ヒロイン・なつ(広瀬すず)がアニメーターとして奮闘する『なつぞら』(NHK総合)で、彼女を優しく後押しする役どころを好演中の井浦新。朝ドラ初出演の彼が扮するのはアニメーターのリーダーであり、ヒロインの人生に大きな影響を与える者の一人だ。


 井浦が演じる仲努の役どころは、ヒロインにとってまさに優しい東京の父のようであり、また頼れる兄のようであり、冷静に見守る恩師のような存在でもある。このポジションは、前々クールに放送された朝ドラ『半分、青い。』(NHK総合)での、秋風羽織(豊川悦司)をどことなく彷彿とさせる。


【写真】赤ん坊を抱く井浦新


 秋風は、マンガ家を目指して岐阜から上京してきたヒロイン・楡野鈴愛(永野芽郁)の師匠として、たびたび愛のムチを打ちながら成長させる役どころであった。しかし『なつぞら』での仲は、なつの才能にいち早く気が付き、全面的に応援。彼女のアニメーターとしての資質を試すような言動を見せながらも、“この子には才能がある”と初めから確信している。鈴愛と秋風の衝突は、彼女の欠点(よく言えば、愛嬌)を露呈させる役割を持っていたが、今作でのなつと仲の関係性は、彼女が波乱万丈の人生で培ってきたもの、そして故郷である十勝の大地で育んできた開拓者精神を肯定する機能を持っているように思えた。彼の温かさは、なつの持つ精神的な温かさとも呼応し合っているのではないだろうか。


 さて、なつを取り囲む“好男子たち”の一人にも数えられるであろう男性を、文字通り“好演”している井浦だが、彼が演じる仲の持つ温かさは、公開中の映画『嵐電』や、間もなく封切りとなる『こはく』(長崎のみ先行上映中)で演じる人物とも重なるところがある。


 『嵐電』で彼が演じるのは、鎌倉からやってきたノンフィクション作家だ。彼は、京福電気鉄道嵐山線(通称:嵐電)のそばに部屋を借り、嵐電にまつわる不思議な話を集めているという一風変わった男である。この映画では、彼と妻との物語のほか、二組の若い恋人たちの恋物語が「嵐電」をめぐって交錯する。井浦は、若く、まだ経験の浅い俳優たちを穏やかに支える役割をも担っていた。本作は鈴木卓爾監督がメガホンを取り、彼の教え子である京都造形芸術大学映画学科の学生たちが制作に参加しているが、こういったパーソナルな作品にも柔軟に溶け込むことができるのが井浦の魅力であり、多様な映画人から愛される所以だろう。


 続く『こはく』もまた、愛すべき小品である。こちらでの井浦は、幼い頃に失踪した父を、ちょっと頼りない兄(大橋彰:アキラ100%)とともに探し歩く男を好演。長崎の美しいロケーションを舞台にした「心の旅」の果てにある、“家族ってなんだろう?”という問いを体現している。心の内に流れる激情を抑えながらも静かに語る姿が胸を打ち、やがてそれが溢れ出したとき、観客はこの映画の核に触れることになるのである。


 1999年公開の『ワンダフルライフ』で映画初出演を果たし、以降20年ものキャリアを重ねてきた井浦。2000年代後半からはテレビドラマでの活躍も大きいが、やはり映画での姿が印象的だ。気鋭の若手監督からベテラン監督まで、ジャンルを問わず数々の作品に出演。作品規模を問わず積極的に参加するその姿勢には、多くの映画ファンが魅了されている。とくに昨年公開の『止められるか、俺たちを』での姿が印象深く、また同時に感慨深いものがあった。彼が演じたのは、2012年に亡くなった若松孝二監督役。作品は若松監督が日本映画界のニュー・ウェーブとして登場してきた当時の、ある種の青春時代を描いたものである。井浦は、若松監督の後期の作品に主要な役どころで数多く出演した経緯があり、そんな彼が若松監督に扮したことは、映画ファンの胸を熱くさせたのだ。これは翻って、井浦が日本映画界に欠かすことのできぬ存在であり、愛されている事実とも見て取れるだろう。


 井浦自身の映画界での立ち位置と、『なつぞら』内でのアニメーターとしての立ち位置は、どこか通じるところがあるように思える。実際の撮影現場でも、若手の演者たちを優しくフォローしているのではないだろうか。仲努という人物が発する温かさには、そんなことさえ感じてしまう。


(折田侑駿)