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CYNHNの鮮烈な“青”が聴く者の胸に刺さる 1stアルバム『タブラチュア』評

2019年06月26日 17:01  リアルサウンド

リアルサウンド

CYNHN

 未完成ではあるものの鮮烈な“青”が聴く者の胸に刺さってくる。CYNHNが、6月26日にリリースした1stアルバム『タブラチュア』は、そんな作品だ。


(関連:CYNHNが語る、メインヴォーカル制から得たもの「“6人でCYNHN”が鮮明に見えてきた」


 難読漢字ならぬ難読英字であるCYNHNだが、「スウィーニー」と読む。ロシア語で「青」を意味する言葉だ。6人組ヴォーカルユニットであるCYNHNの結成のきっかけは、2016年の秋に開催された、ディアステージとJOYSOUNDによる共同オーディション。そのグランプリに輝いたのが崎乃奏音、準グランプリを受賞したのが綾瀬志希、審査員特別賞となったのが青柳透、桜坂真愛、月雲ねる、百瀬怜。この6人が、2017年6月にCYNHNを結成することを発表し、2017年11月には『FINALegend』でCDデビューを果たした。


 つまり、最初のCDを出してからまだ1年半強。しかし、これまでに5枚のシングルをリリースし、さらにアルバムも世に出るので、約20カ月で6枚のCDをリリースすることになる。


 そうしたリリースペースの早さの理由のひとつは、メインヴォーカル曲の存在だ。つまり、ひとりのメンバーがメインとなって歌う楽曲である。本作の収録曲では、「タキサイキア」は綾瀬志希、「So Young」は青柳透、「絶交郷愁」は崎乃奏音、「雨色ホログラム」は月雲ねる、「空気とインク」は桜坂真愛、「wire」は百瀬怜がメインヴォーカルを担当。ここ3枚のシングルは、メインヴォーカル曲を2曲ずつ収録したもので、そのたびにメンバーにはヴォーカリストとしてのプレッシャーがのしかかってきたことだろう。そして、同時に大きな成長も遂げてきた。


 アルバム『タブラチュア』は、そうしたシングル曲に新曲を加え、CYNHNの足跡を鮮やかに浮かびあがらせる。それは、歌に向かい合うことの軌跡だと言ってもいい。デビューシングル表題曲「FINALegend」では、百瀬怜が〈できるかな? アイドル〉と歌うパートもあり、アイドル色が濃かったが、2ndシングル曲「はりぼて」から、CYNHNは急速にヴォーカルユニットとしての色彩を濃くしていった。


 『タブラチュア』は、新曲「ラルゴ」で幕を開ける。CYNHNのメインソングライターである渡辺翔が作詞作曲した楽曲だ。ロックサウンドに乗せてこんな歌詞が歌われる。


〈そう頑張って頑張って取り繕って
曖昧な弱さ隠したんだ
君は君以外に心預けるの怖くて
夢隠した〉


 CYNHNのメインソングライターとして、渡辺翔の書く歌詞は非常に重要だ。たとえば「ラルゴ」では、20歳前後であるCYNHNにとっての“居場所”を歌う。メンバーの等身大の姿、彼女たちの立つ現在地を浮きあがらせることは、渡辺翔の重要な役割なのだ。


 以下、通常盤の曲順に従う。アルバムは、その「ラルゴ」から、CYNHNの抱える葛藤を歌う「はりぼて」に続く。ヴォーカルユニットとしての原点である楽曲だ。続く「So Young」「タキサイキア」「wire」もまたメインヴォーカルとなるメンバーの心の奥を描こうとする。特に「タキサイキア」の昂揚感は、綾瀬志希のヴォーカルとともに加速する。ミディアムナンバーの「空気とインク」では、桜坂真愛のヴォーカルがひときわ輝く。


 CYNHNにとっての新機軸となるのが新曲「アンフィグラフィティ」だ。タメの効いたヴォーカルに加えて、ラップパートも存在する。しかも、ポップにしたアンニュイだ。この楽曲の編曲は、フィロソフィーのダンスの全曲の編曲を手がける宮野弦士が担当。やはり彼が編曲したソウルナンバー「リンク to アクセス」も『タブラチュア』には収録されている。


 「雨色ホログラム」や「甘党センセーション」は、CYNHNのポップサイドを担う楽曲だ。かと思うと「絶交郷愁」はスカナンバー。「トゥインクルスター」では、爽快なロックサウンドとともに歌いあげる。こうした楽曲やサウンドの多彩さも、CYNHNのヴォーカルユニットとしての魅力を照らしだしていく。


 アルバムの最後から2曲目は、デビューシングル表題曲「FINALegend」。CYNHNがまだアイドル色が強かった時代なので、楽曲の構成も複雑でカラフルだ。ところが、アルバムの最後を飾る新曲「Pray for Blue」で、一気に空気は変わる。エレクトロも連想させる繊細なトラックは、穏やかな雰囲気のなかで、まだ見ぬ世界へ踏み出す彼女たちの姿を描く。そう、『タブラチュア』というアルバムは、幕開けでしかないのだ。「Pray for Blue」で、聴いたことのないような表情のヴォーカルをCYNHNが聴かせているように。


 「楽曲派」という言葉が、安手で陳腐な売り文句になって久しい。だから、その言葉をCYNHNに使う気はないのである。ただただ、全曲のクオリティが高い。そして、現在のCYNHNにしか歌えないポップミュージックを歌詞の面でも、メロディの面でも、サウンドの面でも模索している。その手探りの作業の軌跡が詰まっているからこそ感動的なのが『タブラチュア』。


 「青い」という表現は未熟を意味するが、CYNHNは「未熟」というよりも「未完」だ。まだまだ終わることのない物語の幕開けを『タブラチュア』というアルバムは告げる。その胸の高鳴りこそ、CYNHNというグループの魅力なのだ。


■宗像明将
1972年生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。近年は時流に押され、趣味の範囲にしておきたかったアイドルに関しての原稿執筆も多い。