トップへ

『パージ』シリーズが描く恐怖の正体 B級映画的発想に現実世界が近づきつつある?

2019年06月24日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『パージ:エクスペリメント』(c)2018 UNIVERSAL STUDIOS

 『パラノーマル・アクティビティ』のジェイソン・ブラム、『トランスフォーマー』のマイケル・ベイらが製作を手がけ、累計世界興収が500億円を突破した大ヒットホラー『パージ』シリーズ待望の最新作『パージ:エクスペリメント』が公開されている。


参考:『ゲット・アウト』『Us』が米社会にもたらした衝撃 ジョーダン・ピールの恐怖と笑いの原点とは


 ホラー映画の豊作年と呼び声高い本年、『ゲット・アウト』や『パラノーマル・アクティビティ』などハイクオリティな作品群を誇る“ホラー映画の工場”ブラムハウス・プロダクションが満を持して放つ大人気シリーズの最新作とはどのような内容なのだろうか。低予算・ワンシチュエーションで完結していた2013年の第1作から製作と世界観の規模を拡大し続けている本シリーズの魅力とともに紹介する。


■シリーズの特徴“最悪の一夜”に潜む社会性
 21世紀、経済破綻を抱えたアメリカは新たな政党「アメリカ建国の父 NFFA」を迎えた。政権を握る彼らは犯罪率を1%以下に抑える名目下に、一年に一晩だけ殺人を含む全ての犯罪を合法とする“パージ法”を適用する。本シリーズは最新作を含む4作を通じ、アメリカ最悪の一夜“パージ・ナイト”を様々な立場にいる登場人物の視点から描いている。


 すでにパージ・ナイトが定着して久しい近未来のアメリカ、防犯設備を販売し生計を立てる富裕層の一家がある訪問者をきっかけに体験する恐怖の夜を家庭内というワンシチュエーションで巧みに魅せたシリーズ1作目の『パージ』。続く2作目の『パージ:アナーキー』は自らを守る術を持たない貧困層の登場人物たちが、路上を舞台に復讐劇や群像劇も巻き込んで一夜を切り抜けるスリリングな内容だ。3作目の『パージ:大統領令』ではパージ法の廃止を掲げた女性大統領候補とパージ・ナイト下に暗殺を目論む陰謀者たちの攻防が展開されるなど、更なるスケールの拡大をみせた。


 そんななか第4作目となる『パージ:エクスペリメント』の舞台は、パージ法始動前夜となる2018年のNYスタテン・アイランド。アメリカ全土適用を前に行われた戦慄の導入実験の様子を通してパージ法制定の裏側が暴かれる内容となっている。


 これまでも『ゲット・アウト』『ブラック・クランズマン』など社会問題を巧みに織り交ぜたエンタメ作品を手がけてきた本シリーズのプロデューサー・ジェイソン・ブラムは、パージ法のアイデア源はアメリカの社会問題にあったと語っている。「当時オバマ氏が主張していた銃規制法を議会ははねのけた。この出来事、そしてNRA(全米ライフル協会)が持つ不条理に対する私たちの思いはかなり率直に作品内に落とし込まれている。これは、アメリカが抱える銃にまつわる問題がどれほど危険で無意味であるかということを警告する物語なのだ」。パージ法を導入した新政党NFFAが最大のスポンサーとしてNRAを迎え入れていることが作中でも明らかにされている。


■新鋭監督を抜擢した最新作
 最新作『パージ:エクスペリメント』では、これまで監督を担っていたジェームズ・デモナコがその座をジェラルド・マクマリーに受け渡し、自身は脚本・製作に徹した。シリーズ最大規模の製作費を擁する本作を新人監督に任せた理由についてデモナコは、ジェラルドの監督作品『ヘルウィーク』の鑑賞がオファーのきっかけだったと明かし「あのような大胆な映画は初めて観た。彼独自の表現を持って描くパージの世界が観てみたいと思ったんだ」と答えている。デモナコが惚れ込んだという『ヘルウィーク』は、アメリカの大学フラタニティ(社交クラブ)において通例行事となっている一週間の入会儀式、通称“ヘル・ウィーク(地獄の一週間)”が巻き起こす理不尽な暴力の増幅性とその恐怖を訴えた作品。またジェラルドはこれ以外にも、大ヒット作『ブラック・パンサー』『クリード チャンプを継ぐ者』で知られるライアン・クーグラー監督の長編デビュー作で、白人警官が丸腰の黒人青年を銃殺した実際の事件を克明に描き人種差別のはびこる現実に警鐘を鳴らした『フルートベール駅で』の製作に携わるなど、アメリカ社会が抱える闇に向き合う作品を手がけてきた。


 そんな彼がメガホンを取ることとなったこの『パージ:エクスぺリメント』がこれまでの舞台であった近未来のディストピアから時計の針を戻し、まさに本国公開年である2018年のNYスタテンアイランドに設定することで内容の現実味を増幅させているのは、本作がシリーズで初めてドナルド・トランプ政権下での製作となったことが大きく反映されているためだという。ジェラルドは本作冒頭にシャーロッツ・ビルの集会の映像を使用、また貧困層のコミュニティが避難した教会をKKK(白人至上主義団体)ローブを纏った組織が襲うシーンではチャールストン教会で起こった実際の事件を反映し、エンドロールでは「Black Lives Matter(黒人の命を大切に)」運動のアンセムとして歌われているケンドリック・ラマ―『Alright』を起用するなど、人種排斥をモットーに掲げるトランプ政権への怒りを直接的に押し出す大胆な作品として作り上げた。


■本作が届ける“最新系の恐怖”、その実態とは
 デモナコがサブテキストとして織り交ぜてきた本シリーズの社会性を受け継ぐだけに留まらず、いま現実に横たわる問題に直結させた恐怖を演出するジェラルドの手法は、批評家たちから「現代版ジョージ・A・ロメロ」と評される。60、70、80年代に一作ずつ発表されたロメロのゾンビ3部作はそれぞれ公民権運動、過剰な物質主義、貧富格差といった各時代が抱える社会問題を風刺的に描いたが、本作ではまさにトランプ政権下によって露わとなった人種問題を暴く内容となっている。その理由についてデモナコは「パージ法はいわゆるB級映画的発想だったかもしれない。しかし、こんなことが実際に起こり得る世界になってきてしまっている。そして悲しいことに現在、特に移民問題に関して現実にパージ的状況が起こっている」と分析している。


 その言葉通り、第1作『パージ』が製作された2013年ではフィクショナルに見えていたディストピア的設定に現実世界の方が近づきつつあるという顕著な例が実際に挙がっている。それは、2016年大統領選挙期間中に公開されていた第3作目『パージ:大統領令』のキャッチコピー“Keep America Great(アメリカを偉大なままに)”と全く同じ文言をトランプ本人が2020年のスローガンとして掲げることを発表し話題となったことだった。プロデューサーのブラッドリー・フラーは「トランプが本作を観たとは思えないが、彼がこの作品と同じことをしても私たちは何も驚かないね」とコメント、更に続編『パージ:エクスペリメント』のティーザー画像にトランプ支持者らのアイコンである“トランプ帽”をモチーフとした赤い帽子を掲載し、映画公開に合わせて立ち上げられた架空の政党“アメリカ建国の父 NFFA”オフィシャルページ上でこの帽子をプレゼントするというロメロも驚くであろう風刺色たっぷりのキャンペーンを行った。


 NFFAオフィシャルページには彼らの公約が次のように綴られている。「我々NFFAによって、経済破綻した世の中を蘇らす施策としてアメリカ史上初の素晴らしい実験を始めようとしている。それがパージだ。我々は諸君の自由のため立ち上がった。ただそのためには諸君のサポート、つまり投票が必要で、諸君一人ひとりの声が重要なのだ。諸君の存在をこのアメリカ史に刻むのは今なんだ!」。


 ここには、ジェイソン・ブラムの「社会でメッセージを受け取る際に注意深く判断して、警戒しなければならない。国民が”パージ法”に賛成したのは、”建国の父”の社会への伝え方が上手だったから。”パージ法”は国民にとって良い法律で、制定すれば貧富の差に関係なく社会のためになる、というイメージを植え付けたんだ。いい側面は、何をやっても許される1夜が楽しい! ということ。多くの人がそのいい側面だけを受け取った。社会の残念な反応だよね。それだけじゃなくて、この作品は、力の強い権力者が考えを社会に植え付ける姿も描いているんだ」という、本作にこめられた切なる思いが見て取れる。


フィクション作品のディストピア的世界観が現実感を伴って我々の目に映るというのは、なんとも皮肉な現状だ。『パージ:エクスペリメント』はスリルで観客たちを楽しませるホラー映画の最新系にして、トランプ政権時代に生きる観客に「自分ならどうする?」と当事者意識を実らす1作となっている。


■参考
・https://www.blackfilm.com/read/2017/07/burning-sands-gerard-mcmurray-direct-purge-island/
・https://www.theverge.com/2018/7/10/17555524/the-first-purge-series-politics-trump-anarchy-election-year
・http://www.newfoundersamerica.org/
・https://fansvoice.jp/2019/04/19/purge-exp-nffa-website/


■菅原 史稀
編集者、ライター。1990年生まれ。webメディア等で執筆。映画、ポップカルチャーを文化人類学的観点から考察する。