50周近くバトルを繰り広げたニック・キャシディ(VANTELIN TEAM TOM’S)と小林可夢偉(carrozzeria Team KCMG) 山本尚貴(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)のポール・トゥ・ウインとなったスーパーフォーミュラ第3戦SUGO。ポールの山本は王道の戦略で勝利を飾ったが、今回のレースで印象的だったのが、SF19と今年のヨコハマタイヤのパッケージによるスタート直後のタイヤ交換戦略。2番手以下の戦いは、今季のスーパーフォーミュラの戦い方をまさに象徴していた。
SUGOの決勝レースではレース距離の68周を走りきるにはガソリンが3~5周分足りなく、タイヤの摩耗はミディアムより1秒以上速いソフトタイヤは60周を過ぎてもミディアムよりもラップタイムが速い状況だった。今季の1~2戦で見られたように、ミディアムタイヤでの走行を出来るだけ少なくするのがセオリーとなるため、今回もスタートでミディアムタイムを選択して1周目にソフトタイヤに履き替えるのがタイヤ選択としてはベストの戦略だったが、そこでネックになるのが燃費だった。
グリッドに着いてフォーメーションラップを終えてから68周を走り切るにはおよそ3周前後、ガソリンが足りなく、1周目にピットインして給油をしなかったドライバーたちはコース上で約3周分を稼ぐ燃費走行をしなければならなかった。3周目に入った石浦宏明(P.MU / CERUMO · INGING)も燃費走行が必要な状況だったというから、1周目、2周目にピットインした7台のドライバーたちは相当な燃費走行を強いられていた。実際、セーフティカーが入らなければガス欠の可能性も高かったドライバーも多かったようで、エンジニアによっては「ほぼギャンブルに近い戦略」が、1周目ピットイン&給油をしないという戦略だった。
そのなか、1周目にピットインしてタイヤ交換しながら給油を行っていたのが小林可夢偉(carrozzeria Team KCMG)だ。可夢偉は同じく1周目にピットインして給油を行わなかったニック・キャシディ(VANTELIN TEAM TOM’S)の後ろでコースインすることになり、2周目から50周目までキャシディとバトルを繰り広げることになった。
今年の新型マシンSF19はダウンフォースがSF14より大きくラップタイムが速いが、その分、レースでは前のクルマの後ろについたら後続車は前のマシンの乱気流でダウンフォースが乱れ、オーバーテイクがこれまで以上に難しい状況になる。可夢偉は「ディフェンスで使われて全然、抜けなかった」と、オーバーテイクシステムをすべて駆使しながら、キャシディもディフェンスでオーバーテイクシステムを使って対応し、50周近く順位を守っていた。
その均衡が破れたのが51周目だった。燃費が厳しくなったか、キャシディは可夢偉とのバトルに対応しきれず、可夢偉が「ようやく最後は諦めてくれたところでオーバーテイクできた」と、51周目のストレートでキャシディのスリップに入ることができて、1コーナーでインを差し、この時点で8番手にアップすることができた。
そして2度目のセーフティカー明けには可夢偉は2番手のルーカス・アウアーを追い、66周目の4コーナーでアウアーが周回遅れに引っかかったところを見逃さず、アウトから大外刈りのようにオーバーテイク。「“ラッキー! いただき!”という感じです」と、可夢偉は運を強調したが、一瞬の隙を突いた可夢偉の好判断とオーバーテイクのスキルが光ったシーンだった。
同じく、今回のレースで大きなハイライトとなったオーバーテイクシーンとして、野尻智紀(TEAM MUGEN)のアタックを讃えたい。結果はご存知のように、2番手のアウアーにオーバーテイクを仕掛けて1コーナーで飛び出してグラベルに捕まりリタイアとなってしまったが、オーバーテイクが難しいSUGOでインに飛び込んだ勇気と覚悟はかなりのものだったはずだ。レース後の野尻が振り返る。
■次回もトライしてほしい野尻のオーバーテイク。SUGOで見えたホンダ、トヨタのエンジン対決
「1周目でピットインして給油をしない戦略だったので、その後はキツかったです。コースティング(燃費走行)しながらの走行だったので、山本選手とのギャップは聞いていましたが、タイヤも燃費もキツイ状況でした」と野尻。
2番手アウアーとのバトルについては「相手がミディアムタイヤ(野尻はソフトタイヤ)で、前の周に彼がOTS(オーバーテイクシステム)を使って、その周は使えない状況だったので、これまでの自分はああいう場面で勝負をしなかったんですけど、どのように言えばいいのか難しいですけど……魔が差したと言われればそうかもしれない。ブレーキングポイントはそれほどロストしていなかったんですけど、問題はそれまでずっとコースティングしていたので、ブレーキングの限界がわからないまま(オーバーテイクに)行ったので、そこの読みが浅かったかなというのが反省点です」
「3位で帰ってきていたらみんなハッピーだったのかもしれない。でも、やはり僕は山本選手に勝ちたいと思っていたので、あの場面は無理をしてでも抜いて行きたかった。でも、チームにとっても、僕のドライバー人生にとっても良くない選択だったのかな……」と、肩を落として後悔する野尻。
今年、山本尚貴とチームをスワップする形になり、チャンピオンチームに入った野尻。今回、これまで自分が在籍していたダンディライアンでトップを走る山本になんとか追いつき、追い越したい気持ちは理解できるし、その負けたくない気持ちは間違いなく山本も同様だったはず。今季、山本と野尻がお互い抱えているプレッシャーは当人たちにしか分からない大きなものがあることは想像に難くない。
その大きなプレッシャーのなかで、3位に留まることよりも勝利を目指してオーバーテイクを試みた野尻を、誰が非難できるだろう。クルマ、コース特性などでオーバーテイクが難しい状況のなかで、野尻、そして可夢偉は果敢にオーバーテイクを仕掛けた。たとえそれが運で成功しても、そして失敗しても、オーバーテイクを仕掛けること自体が今のスーパーフォーミュラでは称賛に値する。野尻には次回、同じようなシーンになったら再び同じようにオーバーテイクを仕掛けてほしい。今回のようなチャレンジを、スーパーフォーミュラのファンはドライバーに求めているはずだ。
また今回のSUGOは日本人ふたりのルーキーにとっても厳しい内容となった。「タイヤが思ったよりも冷えて温まりきっていなくて、前が加速してアクセルを踏んだ時にコーナーリング中にアクセルを踏みすぎてしまった。あのスピンはダサかった」とセーフティカー中のSPひとつ目でスピンを悔やむルーキーの坪井翔(P.MU / CERUMO · INGING)。
そして、左リヤの原因不明のサスペンショントラブルでピットレーンの右コーナーを曲がり切れずホワイトラインをカットして、再ピットインした牧野任祐(TCS NAKAJIMA RACING)。今年のスーパーフォーミュラはこの2戦、悪天候などでまともなドライコンディションでの走行が少なく、走行経験の少ないルーキーには厳しい状況が続いている。ベテラン陣がランキングの上位に名前を並べるなか、次代の日本を担うルーキーたちの次戦の奮起に注目したい。
また、今回のSUGOでは予選上位8台中7台がホンダエンジン勢で、予選後にはトヨタエンジン勢から、「最終コーナーの立ち上がりから直線で5km/hは違う」との声が多数聞こえた。今季のスーパーフォーミュラのエンジンは年間1基での戦いになり、物理的なアップデートはできない状況だが、ターボによるブースト圧の調整、ドライバビリティなど制御系などのエンジン特性の違いが今回のSUGOでは出ていたようだ。
このSUGOは特にホンダエンジンの特性がマッチしていたようで、セクター4の最終コーナーは予選ではほとんどアクセル全開のままの区間となり、その後のストレートもアクセルを踏みっぱなしのため、セクター4でのドライバー側でのタイムアップは難しい。
ただ、決勝では劣勢と見られたトヨタエンジン勢はホンダエンジン勢よりも燃費の面で勝っていたようで、正確な比較は難しいが、結果として1周目にピットインして無給油を選択するチームはトヨタエンジン勢が多かった。この傾向も、次戦の富士ではどのようになるのか見てみたい。