2019年06月22日 11:01 弁護士ドットコム
大阪地裁(三輪方大裁判長)は6月5日、アスベスト(石綿)関連疾患で亡くなった男性2人の遺族に対し、兵庫労働局が個人情報を理由として、2人の労災記録の開示を拒んだのは違法として、不開示決定処分を取り消す判決を下した。国は控訴せず、確定した。
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遺族の代理人を務めた谷真介弁護士によると、遺族に対する労災記録の個人情報開示を争った初めての判決だという。
「これまでも遺族に労災記録が開示されないことはありました。その結果、損害賠償を求める裁判を諦めてしまう遺族もいます。アスベストに限らず、ほかの労災事案にも影響する判決だと思います」(谷弁護士)
裁判のきっかけは2018年の春頃、原告となった遺族のもとに、「石綿(アスベスト)工場の元労働者やその遺族の方々へ」という案内が届いたことだった。
差出人は厚生労働省。内容を簡単にまとめると、条件を満たしていれば賠償金を払うから、裁判を起こしてくださいというものだ。
2014年10月の最高裁判決(大阪泉南アスベスト訴訟)以降、国はアスベスト被害者との和解を進めている。この案内も和解を進めるためのもので、労災の記録などを参考に、2017年10月から順次発送されている。
案内を受け取った遺族は、和解条件に合致しているかどうかを確かめるため、理由を示した書面や戸籍謄本などを添えて、兵庫労働局に亡くなった父親の労災記録の開示を求めた。しかし、兵庫労働局は「本人」ではないことから、開示を拒否した。
「どちらも亡くなったのは2000年代の初めでした。アスベスト関連疾患は発症まで数十年かかるため、国や企業の責任を追及しようにも、当時の勤務状況を示す証拠が集めるのが難しい傾向があります。労災情報があるのとないのとでは大きな違いがあるのです」(谷弁護士)
公的機関が権力を使って調査した労災の記録は、それだけで強い証拠となるし、新たな調査のとっかかりになることもある。それが開示されないとなると、遺族が裁判を起こすべきかどうかの判断が難しくなってしまう。
裁判では、労災記録は遺族(相続人)自身の個人情報と言えるかどうかが争点になった。「行政機関個人情報保護法」では、個人情報は「生存する個人の情報」とされている(2条2項)からだ。
国側は、死者に関する情報が遺族の個人情報になる場合もあることは認めつつ、その範囲は限定的であるべきとの立場をとった。
より具体的には、確定判決などで、遺族が損害賠償を請求する権利があることが確定的でないと、開示請求権はないなどと主張。今回のケースで言えば、国の和解基準を満たしていることが明らかでないとダメということになる。
「(判決や和解を求めて)裁判を起こすため、情報が必要だから開示請求しているのに、その要件として、確定判決や和解調書が必要というのは、発想が逆転しています」(谷弁護士)
この点について判決は、今回のケースで労災記録を開示することは、遺族の「権利利益の保護に資するものである一方、第三者の権利利益を侵害するとは言い難い」と判断し、開示を認めた。
なぜ、国は開示を認めようとしなかったのか。理由の1つに、請求から判断までの「期間」があったとみられる。
法的には、開示請求があれば原則30日以内に開示・不開示の決定を出さなければならない。例外的に延長できても最大で合計60日までだ(行政機関個人情報保護法19条)。
谷弁護士によると、マスキングなどの作業があるため、実際は60日ギリギリになることが多いという。
一方、裁判で国は、(1)文書送付嘱託制度(民事訴訟法 226条)、(2)提訴前照会制度(同132条の2)による開示は可能との見解を示した。最大60日以内ではなく、開示までの期間を自らでコントロールできる制度なら、ということだろう。
だが、こうした方法は裁判をすることを前提にしている。
「訴訟を起こすかどうか検討するために基礎となる情報が欲しいといって開示請求をしているのに、訴訟を起こす前提の手続では意味がありません」(谷弁護士)
加えて、アスベスト問題では除斥期間(死後20年など)があるため、一刻も早く情報がほしいという状況もありえる。
谷弁護士は、「アスベスト問題では、国だけでなく、企業の責任を追及することもあります。その上でも労災記録は重要な情報です。その開示を遺族の権利とした意義は大きい。今回の判決で労働局の情報開示の実務も変わってくるはずです」と意義を語った。
【取材協力弁護士】
谷 真介(たに・しんすけ)弁護士
2007年弁護士登録(大阪弁護士会)。大阪弁護士会労働問題特別委員会副委員長、日本労働弁護団全国常任幹事。労働事件、アスベスト被害事件を多数担当。その他、内閣官房機密費情報公開訴訟弁護団。
事務所名:北大阪総合法律事務所
事務所URL:http://www.kitaosaka-law.gr.jp/