トップへ

長尾謙杜が自然に見せる「変化」のグラデーション 『俺スカ』若林役での抜きん出た演技力

2019年06月22日 10:41  リアルサウンド

リアルサウンド

 古田新太が演じる、ゲイで女装家の原田のぶおが私立高校の教師として赴任し、生徒たちと向き合っていく『俺のスカート、どこ行った?』(日本テレビ系、以下『俺スカ』)。


【参考】平野紫耀は、ギャップ系王子? “王子系ジャニーズ”と比較


 のぶおが学校に現れたばかりのとき、生徒たちは「ヤバいおじさん」と口々に言い、拒否反応を示したり、嘲笑を浴びせかけていたりした。しかし、そんな生徒たちが、のぶおの力を借りて個々に抱える問題や悩みと向き合い、前進し、一人ずつ「仲間」になっていく。


 こうした流れは、型破り教師の物語では定番であり、多数の生徒たちの中で最も大事な役割を担う一人が、最初に仲間になる生徒と最後まで抵抗を示す生徒というのも、お約束だ。


 そして、『俺スカ』の場合は、のぶおとクラスメートたちの最初の接点となったのが、マスクで顔を覆い、人とのコミュニケーションを拒絶する若林。演じるのは、関西ジャニーズJr.のユニット「なにわ男子」の長尾謙杜だ。


 この若林は、四面楚歌の状況下で、主人公と他のクラスメートたちとの懸け橋になるだけでなく、『野ブタ。をプロデュース』(日本テレビ系)の野ブタ(堀北真希)などと同様に、「変身」することによって、視聴者にのぶおの力を信じさせる役割を担っている。


 加えて、「マスク」の特性もある。


 通常、フィクションにおけるマスク役には、「マスクをとったら怖い」口裂け女的なホラー展開と、「マスクをとったら美形」展開の大きく分けて2種がある。若林の場合、もちろん後者だが、大前提として必要なのは、クラスの中で孤立し、誰とも喋らない地味でおとなしい子に見えること。と同時に、わずかに見えている目だけで「マスクをとったら可愛いに違いない」と思わせる輝きを持つこと。


 さらに重要なのは、クラスメートたちのサポートを得て、屋上から飛び降り、自分の殻を破ることができた後に、マスクを外す瞬間だ。ここでは、そこまで視聴者の頭の中で作られつつある「可愛いに違いない」という予想のハードルを、さらに数段超えてくる必要がある。


 その点、小柄で一見おとなしそうな長尾は、目の輝きだけで予想・妄想させ、さらにマスクを外した色白美肌ぶりで視聴者を圧倒した。若林役としてまさにハマり役だったといえる。


 しかし、若林が果たすべき仕事は、第1回のマスクを外すところまでだと思われたが、長尾が自然な演技力でうならせてくれたのは、実はその先の展開から。


 クラスの中で孤立していた若林が、マスクを外すことでクラスの仲間に入れたところで、若林メイン回は終了したかに見えた。しかし、ここで物語は終わらない。スクールカーストにおいて、いわゆる「三軍」にいた若林が自分の殻を破ったところで、突然「一軍」になるわけではない。クラスメートたちは案外すんなり受け入れるし、イジメていた側ですら、それを忘れたように接していく。


 しかし、イジめられていた側の心の傷は、マスクを外したことで何もなかったように癒えるわけじゃない。そこにリアリティがあるのだと思う。だからこそ、クラスメートが若林に対してフラットに接するようになった後も、若林の周りの見えない壁は、やっぱり残っているように見えた。


 それが明らかにわかるのは、若林が信頼する教師・のぶおと会話するときと、クラスメートと会話するときのテンポが異なっていること。のぶおに対しては、やや食い気味なほどにスピーディーに喋るのに、クラスメートと話すときは、ちょっと言葉を選んで、ゆっくりのスピードになる。


 ましてイジメていた側と喋るときには、微妙に声が詰まったり、掠れたりした後、ちょっと大きめの声を出す。普通に接しようとしても、イジメられていた記憶があるから、無意識のうちに緊張感でこわばってしまうのだろう。そして、それを悟られまいと、勇気を出すように大きな声で返答しているように見えるのだ。


 しかも、若林の喋るテンポや音量の違い、醸し出す距離感の違いは、大きな集団に向けてのものでなく、対する個人個人で異なっており、さらにドラマが進むうえで変化していく。


 これまで連ドラなどの演技経験がないとは思えないほど、非常にナチュラルで繊細な芝居だが、もう一つ付け加えておきたいのは、この若林の「変化」のグラデーションが、おそらくある程度計算の上に成り立っていそうだということ。


 生の舞台と異なり、ドラマや映画などの映像は、シナリオの冒頭から順を追って撮影を進める「順撮り」でない場合が多い。同じセットのシーンなどはまとめて撮ることが多いだけに、役柄になりきって心で芝居をすると、編集した後にちぐはぐになってしまうこともあるわけだ。


 そのため、自然な心情変化を表現するためには、ある程度先々まで予想し、逆算して、意図的に変化を見せていくことが必要になることもある。


 これは経験豊富な役者であれば、無意識でやっていることも多いが、本作が連ドラデビューとなる長尾がなぜか自然にグラデーションの演技を見せていることは、注目すべき点ではないだろうか。


 『俺スカ』は残る1話。長尾が演じる若林が最後にどんな変化を見せるのかにも、期待したい。


(南山ヒロミ)