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アニメ界で引っ張りだこの脚本家・吉田玲子、そのルーツと“場の空気”まで描く脚本術とは?【インタビュー】

2019年06月21日 11:52  アニメ!アニメ!

アニメ!アニメ!

『きみと、波にのれたら』メインカット(C)2019「きみと、波にのれたら」製作委員会
6月21日より、湯浅政明監督の最新劇場アニメ『きみと、波にのれたら』が公開される。

脚本を担当したのは吉田玲子。前作『夜明け告げるルーのうた』から続けての起用となった。

吉田さんといえば、『けいおん!』の山田尚子監督、『ガールズ&パンツァー』の水島努監督など、ヒット作を手掛けるクリエイターから引っ張りだこの人気脚本家だ。

原作もの、オリジナルアニメ、キッズ向けと幅広くアニメ業界で活躍する吉田さんのルーツをうかがおうと、今回、吉田さんとは浅からぬ縁(?)のある筆者がインタビューをさせていただいた。

記事は2回に渡ってお届けするが、この前編では吉田さんがアニメの脚本家になるまでのお話を中心に聞いている。
次々と話題が転じ、吉田さんの脚本術や携わった作品タイトルが飛び出すインタビューをお楽しみいただきたい。
[取材・構成=奥村ひとみ]

■アニメ脚本家になるまでの経緯は?

――初っ端から余談で恐縮なのですが……(『映画けいおん!』のアフレコ台本を出す)実は私、声優の活動もしていまして、『けいおん!』に出てるんです。

吉田:ええっ! そうなんですか!? 映画のほうですか?

――オカルト研究部員の役で、第2期から。でもTVシリーズでオカルト研が出ていた回は吉田さんが書かれたものではなく、全部、横谷昌宏さんが脚本でした(笑)。

吉田:あら、それはごめんなさい(笑)。

――いえいえ、とんでもないです! おいしいキャラクターを書いていただいてありがとうございました!

吉田:いい味を出していただきました(笑)。

――ちょっと個人的な質問になるんですが……。『映画けいおん!』で、最後の教室ライブにオカルト研究部員を呼んでくれたのは吉田さんですか?

吉田:んー、どうだったかなー……(笑)。『けいおん!』はこれで最後だっていう気持ちがあったので、今までお世話になったキャラクターたちはなるべく出したいなと思っていたんです。本当はもうちょっと出せればよかったんですけどね。

――今日はいろんなお話をお聞きできればと思っていますが、まずは吉田さんがアニメの脚本家になった経緯から。吉田さんも寄稿されている『だからアニメシナリオはやめられない』(映人社)によると、小山高生さん(脚本家。「タイムボカン」シリーズや「ドラゴンボール」シリーズなど)主催のアニメシナリオハウスがきっかけだそうですね。

吉田:そうですね。もともと他のシナリオ学校にも通っていて、そこで出会った友だちが「アニメのシナリオを習う学校に行くから一緒に行かない?」と誘ってくれて、アニメシナリオハウスにも通ってみたいなと思いました。

――小さい頃から「脚本家になりたい」という気持ちはあったんですか?

吉田:映画や小説、アニメやマンガなどフィクションは大好きでしたが、脚本家になりたいと思ったことは、学生時代のころは一度もなかったですね。

――そうなんですね。ちょっと意外です。

吉田:私もひな子(『きみと、波にのれたら』の主人公。大学生で、自分の未来について自信を持てずにいる)と一緒で、やりたいものやなりたいものを、全然見つけられなかったんです。
フィクションがずっと好きだったけれど、それを仕事に結びつける自信もありませんでし
た。

『きみと、波にのれたら』ひな子
――ちなみに、吉田さんが好きだったフィクションとは具体的にはどんな作品ですか?

吉田:子供の頃は、まだビデオレンタル店もなかったので、TVの洋画劇場で育ちました。NHKの教育テレビで冬と夏に、昔の洋画特集がよくされていたので、それを熱心に見ていました。ヒッチコックの作品から、『会議は踊る』や『オーケストラの少女』、『道』とか。

見たいものを自由に選べる今と違って、当時は放送されているものぐらいしか見るものがなかった。なので、放送されているものは浴びるように見ていました。
小説やコミックも好きでしたけど、映画やアニメーションなどの映像作品に強く惹かれていました。

――最初はラジオドラマを執筆されていたんですよね。いざ脚本を書こうとなったきっかけは?

吉田:大学生の頃は脚本家になりたいと全然思わなかったんですけど、その後、主婦の友社の近くにある小さい編集プロダクションに勤めるようになって。実用書籍をメインに、健康書籍や理研究本を作っていました。

そこでいろんな作業をするわけですが、原稿を書くのが一番好きだなと思って。それで、ちょうど「ぴあ」で募集記事が載っていたシナリオ学校に通い始めました。
ただ、「脚本家になりたい!」というわけではなく、ここに行ったら映画の好きな友だちができるかなと思って。

――すごく気軽な感じだったんですね。てっきり、「編集の仕事をしていて何か挫折があったから……」みたいな答えを期待してしまいました(笑)。

吉田:脚本教室に通ったときも、最初からプロになれるとは全然思ってもいなかったし、単純に「映画も好きだし、シナリオ書くの面白そう」という好奇心ベースでした。
軽い気持ちで行き始めたシナリオ教室ですが、周囲の熱気に煽られるように私もコンクールに応募し始めました。
→次のページ:オリジナルアニメに求められる、脚本家の役割とは?

■オリジナルアニメに求められる、脚本家の役割とは?

――ここからは具体的に関わった作品についてお聞きしていきたいのですが、脚本家としてアニメに関わったのは『ドラゴンボールZ』が最初ですか?

吉田:TVアニメではそうですね。ただ、それ以前にもアニメのCDドラマは書いたことがありました。

――そこから2000年に入るあたりまでで、特に印象に残っている作品を挙げるならどれですか?

吉田:『おじゃる丸』はオリジナル作品で、企画立ち上げの頃から関わっていたので印象に残っています。一から初めて作るというのが、自分の応募作品やラジオドラマ以外で初めてだったので。

――今では数々のオリジナル作品を手がけられていますが、初めてのオリジナルものの現場はいかがでしたか?

吉田:ゼロからものを作り出すのはこんなに大変なのか、という記憶しかないです(笑)。全てが手探りな状態でしたから。
原案者の犬丸りんさんがシリーズ構成も担当されていたんですが、「そうか、こうやってキャラクターを作って、こう組み合わせてお話を作るのか」と現場で勉強させてもらいました。

――脚本家のスタイルとして、吉田さんは監督やプロデューサーらスタッフと相談を重ねながら脚本を書くタイプですか?

吉田:基本的にはそうですね。まずシナリオライターが何か書かないとみんな何も言えないっていう状態が続いてしまうので、そこで脚本家は最初に走るという辛さがありますけど。

――実際に執筆する際はまず何から書き始めますか? 先にキャラクターを掘り下げたりするのか、頭から物語を書き始めるのか、吉田さん流の手順はありますか。

吉田:オリジナルのときは、まず自分なりのキャッチコピーとタイトル、あとは5行くらいで簡単にストーリーを書いたりします。

――タイトルやストーリーというのはわかりますが、キャッチコピーというのは?

吉田:オリジナルって、原作もないし、ほとんど認知されていない状況からスタートするので、「あ、これ面白そうだな」とまず興味を持ってもらわないと始まらない。そのために「あ、こういう話なんだ!」と一発で内容が的確に伝わるような引きとなるコピーです。

このキャッチコピーは、作品のコンセプトを維持するための柱にもなるかなぁと。小説やマンガのようにひとりで作るものに比べて、アニメはいろんな人が関わることもあり、いろいろ迷子になりやすいので。

■場の空気をリアリティを持って描く方法とは?

――吉田さんはいろんな監督とお仕事をされていますが、監督ごとに仕事のスタイルを変えたりしていますか?

吉田:そこまで変えているつもりはないです。「この現場で自分らしさを発揮するのはどういうところかな?」と考えるくらいでしょうか。それを求められて呼んでいただいているのだと思いますし。

――最新作『きみと、波にのれたら』の湯浅監督は、吉田さんがシリーズ構成を務めた『カスミン』で「一緒にお仕事をして楽しかった」とおしゃっています。

吉田:湯浅監督は“作画タイプの監督”で、つねに映像を思い浮かべられて、「どう表現しようかな?」「こう表現したら面白いかな」とイメージをつくっている。その才能が突出した方だと思います。湯浅監督が描かれるイメージイラストもとてもユニークで魅力的です。

――吉田さんご自身も、脚本を書くとき絵を思い浮かべながら書きますか?

吉田:映像作品の場合、常に絵をイメージして書きます。脚本は家の設計図と一緒で、映像の土台かなと思っています。どういう装飾をするか、どういう色を塗るかも大事ですが、まず設計図がしっかりしてないと家がグラついてしまうのと一緒かなぁと。

――『けいおん!』シリーズや『リズと青い鳥』の山田尚子監督は、「吉田さんのシナリオはその瞬間の匂いや色まで感じさせてくれる」と話されています。脚本には意識的にト書きをたくさん書かれたりしているのでしょうか?

吉田:そういうわけではなく、セリフやト書きの中に、場の空気みたいな、見えないものを書くことを意識しています。

『きみと、波にのれたら』場面カット
――場の空気?

吉田:はい。たとえば、こうやって今日初めて会ってお話を聞いていますっていう空気感だと、会話にちょっと間が空いたり、言葉遣いが変わったりしますよね。
そこにいる人々の関係によって、見えない空気が存在しますから、そのニュアンスをうまくセリフやト書きに織り込めたらいいなと。

――たとえば、今このインタビュー現場の空気を吉田さんが書くなら、どんなふうに書きます?

吉田:たとえば、人のクセを入れたり……。「何度も水を飲む」とか「身を乗り出す」とか。関係性によって、その人の行動そのものも変わってくると思うので。あんまり好きじゃない人と話すときだと「目線を外す」とか。

――たしかにそういう所作が添え書きしてあるとリアリティが一気に高まりますよね。吉田さんが日常ものを得意とされている所以な気がします。『ARIA』や『けいおん!』なんて、何も起こってないのになんでこんなにも瑞々しいのかって思うんです。

吉田:「何も起こってない」(笑)。

――すみません! 大きな事件が、というか……。

吉田:いえいえ、みなさん、そうおっしゃいます。
でも私的にはすごいことがいろいろ起こっているんです。そういう気持ちで書いています。

――なるほど……些細な出来事が吉田さんの目にはどんなふうに映っているのか気になります。

吉田:小さな経験や体験でも、当事者にとっては、世界を揺るがすような大きな出来事だ
ったりするところが面白いなぁと思います(笑)。

◆ ◆ ◆

インタビュー後編は、6月28日(金)公開予定!

映画『きみと、波にのれたら』
6月21日(金)全国ロードショー
◇監督:湯浅政明
◇脚本:吉田玲子
◇音楽:大島ミチル
◇キャラクターデザイン・総作画監督:小島崇史
◇出演:片寄涼太、川栄李奈、松本穂香、伊藤健太郎
◇主題歌:「Brand New Story」GENERATIONS from EXILE TRIBE(rhythm zone)
◇アニメーション制作:サイエンス SARU
◇配給:東宝
(C)2019「きみと、波にのれたら」製作委員会