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ル・マン24時間:カーガイが殊勲のクラス5位獲得。「これ以上ないくらい頑張った」努力が涙に結実

2019年06月19日 09:01  AUTOSPORT web

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見事初挑戦ながらチェッカーを受け、ケイ・コッツォリーノと涙の抱擁をかわす木村武史
6月9~16日に行われた第87回ル・マン24時間耐久レース。LMP1クラスでは波乱の末にTOYOTA GAZOO Racingがワン・ツーフィニッシュを飾ったが、LM-GTE Amクラスでも日本チームが大活躍をみせた。木村武史率いるカーガイ・レーシングの57号車フェラーリ488 GTEが、クラス5位に入賞してみせたのだ。

■序盤からプッシュをみせたカーガイの57号車
 事業用不動産を手がける株式会社ルーフの代表取締役社長として多忙な日々を送るかたわら、子どもの頃から憧れたスーパーカーを所有し、“自動車冒険隊隊長”を名乗りプロジェクト『CarGuy』を立ち上げた木村は、モータースポーツの世界に足を踏み入れると、さまざまなシリーズに参戦し、ジェントルマンドライバーにとって憧れの地であるル・マン24時間出場を目指し、2018-19シーズンのアジアン・ル・マン・シリーズに参戦。GTクラス全勝を果たし出場権を確保した。

 予選までは、通常のサーキットと異なるコースをもつサルト・サーキットの限界をつかむべく木村が習熟を重ねながら進めてきたが、迎えた決勝では、序盤からスタートを務めたケイ・コッツォリーノが猛プッシュをみせていく。

「チームからは『24時間あるから落ち着いていけ』と言われた。でもいざスタートしたら、僕の前にはジャンカルロ・フィジケラがいて、カートレースみたいにガードレールスレスレで、まったく関係なかったですね」と振り返るのはコッツォリーノ。

「僕は最初、なんでこんなに攻めるのかと思ったんですが、みんなクルマがもつ自信があるんですよね。だから縁石に乗っても、無理させても壊れないからこそああしてアグレッシブに攻められるんだと思いました。やっぱりフェラーリってすごくいいクルマですよね」

 その後も交代した木村、そしてコム・レドガーが安定したラップを重ねていく。ジェントルマンドライバーである木村が夜間に走行しないよう計算していたが、それがずれ、規定時間に関するペナルティこそ受けたものの、ドライバーは全員がノーミスの走りをみせつけた。

 特に白眉と言えるのが、初挑戦の木村だ。ラップタイムで「4分04秒で走れる感触はあった」というが、燃費を見ながらラップタイムをセーブ。小林可夢偉が「ジャングル」と呼んだ61台ものマシンが走るなか、今までの木村のキャリア同様、ペナルティもアクシデントもない「100点です(コッツォリーノ)」という走りをみせた。

■「これ以上ないくらい頑張った」努力が結実
 木村がミスなく繋ぎ、レドガーとコッツォリーノはフルプッシュで走り続けた結果、カーガイ・レーシングのフェラーリの順位はどんどん上がっていく。気付けばシングル、そして最後は6位でチェッカーを受けた。最終的にキーティング・モータースポーツのフォードGTが失格処分となったため、初挑戦のカーガイ・レーシングはなんとクラス5位という望外の成績を収めている。

 チェッカーが振られ、レドガーが駆る57号車がメインストレートに戻ってくると、木村の目から涙がこぼれた。ふだんから理詰めで話をし、会社社長として論理的思考をもつ木村のふだん見せない表情に、チームメンバーたち、そして木村をモータースポーツの世界に引き込んだ織戸学をはじめ、日本から応援に訪れた一行は感極まった表情をみせた。

 フィニッシュ後、木村に涙の理由を聞くと「うん。感動したというより、『解放された』という感じです」と教えてくれた。

「それだけいろいろなものを背負ってしまっていたので、そこから解放された気持ちからですね。今回も日本から40人もゲストを呼んでしまいましたし、事前にパーティーをして、テレビの契約をして。とにかく自分で空気というか、“場”を作ってしまっているんです。もともとそういうタイプなんですが、すごいプレッシャーですよね」

 木村とカーガイ・レーシングとしては、まさに全力を出し切っての5位。「僕はいつも思うんですけど、『次』はないと思っているんです」と木村は独特の考え方を語った。

「『次は頑張る』というのは、僕の中ではない。ル・マン24時間に向けて合宿までこなしましたし、これ以上頑張れないくらい頑張ってきたんです。今の実力が全部なんです。これ以上頑張りようがない」というほどのものだった。

 ル・マン24時間でノーミスで走りきるなど、ジェントルマンドライバーにとっては並大抵のことではない。日本のジェントルマンドライバーとしてはトップクラスの実力をもつ星野敏でさえ苦戦してしまったのだから。

■ジェントルマンドライバーが感じたル・マンの凄さ
 レースでは、ドライバーとして集中したいコッツォリーノに代わって、ユーロフォーミュラ・オープンで活躍する佐藤万璃音が木村の無線を担当し、「自分がエンジニアからの伝達ミスでうまくいかないのは気に入らないので、それだけはないようにしました。今できることは全部やったつもりです」と初経験ながら大活躍。そしてコッツォリーノも、ル・マンにその実力を知らしめたと言える。

「本当は『完走』ということが最低限の結果だという意味が、最初は良く分からなかったんですよ。僕はレーシングドライバーとして欲張りで、いつも勝ちたいと思っていますし、ここには勝つためにやってきましたから」とコッツォリーノ。

「でもやっぱりそんなに甘くないということは教えられましたし、WEC参戦チームや、IMSA参戦チームはジェントルマンドライバーも含めて、長年の経験を積んでここに来ている。でも僕たちはラップタイムやオペレーションという面ではまったく負けていないし、あとはここに来年、再来年来ることができれば、きっと勝つことができる手ごたえを得ることができました」

 そして木村自身も、「楽しかったですよ。みんなが応援しにきてくれましたし」とレースを振り返った。

「それに、F1チャンピオンのフェルナンド・アロンソにパッシングされて一緒にレースしているんですよ! スゴくないですか? 同じレースを走って、同じ時間を共有しているんですよ? 私がちょっとでも変な動きをしたらアロンソの優勝もなくなるんです」

「そういうなかで、アマチュアが参加できるというのは、ここがモータースポーツのすごいところですよね。ウサイン・ボルトと100mで一緒に走ったり、クリスチアーノ・ロナウドとワールドカップで一緒に戦うようなものですよ。モータースポーツって本当にすごいです」

 こうして好結果を残したことで、来季も参戦を期待したいところだが、「まだ来年については分からないです」と木村は言う。木村は社長としても、自社を成長させる夢がある。ふたたびその勇姿を見たいところではあるが、今後の木村の“情熱”がどこに向くか次第なのかもしれない。それほどまでに、今回の木村の挑戦は、「これ以上ないくらい」なものだったのだ。