第87回ル・マン24時間耐久レースは6月15日、いよいよ決勝レースを迎える。日本から初めてル・マンに参戦しているLM-GTE Amクラスのカーガイ・レーシングは、ここまでテストデーから着実に歩みを進め、決勝日を迎えることになった。
事業用不動産を手がける株式会社ルーフの代表取締役社長として多忙な日々を送るかたわら、子どもの頃から憧れたスーパーカーを所有し、“自動車冒険隊隊長”を名乗りプロジェクト『CarGuy』を立ち上げた木村は、モータースポーツの世界に足を踏み入れると、スーパーGTをはじめさまざまなシリーズに参戦してきた。
そんな木村とカーガイ・レーシングは、ジェントルマンドライバーにとって憧れの地であるル・マン24時間出場を目指し、2018-19シーズンのアジアン・ル・マン・シリーズに参戦。GTクラス全勝を果たし、ル・マン24時間の出場権を確保した。
チームはフェラーリの最強チームであるAFコルセとのコラボレーションチームだが、日本人スタッフも参加し、プロドライバーとしてコム・レドガーを招聘。木村のコーチであり、AFコルセとのコネクションを実現したケイ・コッツォリーノがドライバー兼チームマネージャーとして、ここまで準備を万端に整えてきた。
■「人の家に土足で入ってしまった感じ」木村がクラッシュで得た経験
テストデーでもレドガー、そして木村、コッツォリーノがステアリングを握り、初めてのサルト・サーキットの習熟を進めてきたが、迎えたレースウイーク本番では、走り出しのフリープラクティスで木村がミュルサンヌでスピンを喫し、いきなりマシンを小破してしまった。
「テストデーのときよりも乗れていて、走り出しの1周目から4分09秒台に入ったんです。そうしたらミュルサンヌで雨が降っていたんです。プロは55秒台が出ているというから、ドライと同じ場所でブレーキングしたらパーン! と回ってしまって」と木村はそのときの状況を振り返った。
木村にとって初めての体験といえるのが、コースの公道部分。ふだんは生活道路として使われている路面だけに、「クルマもタイヤもいいんですが、路面がいきなり裏切るんです」という。「クルマもいける、ダウンフォースもある……でもグリップしない。これがル・マンなんですね」と実感した。
「普通のサーキットならちょっとしたオーバーランで済みますが、ここでは代償がいきなりクラッシュになってしまう」
「ル・マンの厳しさを知ったというか、人の家に土足で入ってしまった感じでした(笑)。それまでは緊張しながら、気を遣いながら入っていたのに、慣れて土足で入ったらいきなり洗礼を食らってしまいました」
ただ、木村はその後、手探りながら少しずつラップタイムを上げていった。走行2日目には、走り方のヒントも得たようで、大いに自信をつけた様子。そんな木村をチームも全力でバックアップしている。また、初日の木村のスピンも、AFコルセから「あれはナイスプッシュだ」と言われたという。
「ドライから雨が降ってきたときにスピンしましたが、私はけっこうチームに申し訳ないと思っていたんです。でもチームは、プラクティスでスピンして、限界を理解したのが『ナイスプッシュ』だというんです。決勝レースであれをやってしまってはどうしようもないからと」
予選1回目でも、周囲がアタックを展開するなかで木村をコースインさせ、夕暮れの暗くなりはじめるなかで周回を重ね目を慣れさせ、予選2回目も周回。しっかり木村の習熟をこなした。また、レドガーがタイムを記録し、予選3回目を迎えタイムを出しにいくことになった。
■AFコルセに速さを買われたコッツォリーノ
ここでAFコルセがアタッカーに指名したのは、レドガーではなくコッツォリーノだった。これまでフォーミュラ・ニッポン参戦をはじめ、国内外のレースで活躍してきたコッツォリーノだが、今回は「ユノディエールを走っているときに『ゲストパスの枚数足りてるかな』って気にしちゃうくらいです(笑)」と語学堪能なチームマネージャーとしての準備に忙殺され、それまで周回数は多くなかった。
もちろんレースの時にはドライバーに集中するべく、木村のコーチ役として、ユーロフォーミュラ・オープンで大活躍をみせている佐藤万璃音を招聘している。ただ、予選まではコッツォリーノの周回は必ずしも多くなかった。
しかしAFコルセはコッツォリーノの速さを買い、木村もそれを認めアタッカーを任せた。1周目は感触をつかみ、いざアタックに向かったコッツォリーノだが、暗くなったインディアナポリスで、イン側のクリップが見えずスピンを喫してしまった。
「僕のル・マンでの経験不足です」とコッツォリーノは苦笑いを浮かべた。幸いクラッシュにはならなかったが、もう1セットのニュータイヤを履いての走行では、フルコースイエロー等もありタイムアップはならなかった。
「でも、楽しいです。みんなル・マンに来て、『予選はそんなに大切じゃないよ』って言ってるくせに、いざ予選になったら目の色変えてキメキメでいくし(笑)」とコッツォリーノは予選を決められなかった悔しさはありながらも、ル・マン24時間という舞台でアタックを行った充実感を語ってくれた。
「チームが僕に予選にいくチャンスをくれたことをすごく感謝していますし、最終的に決めてくれた木村さんにも感謝です」
「そのなかでうまく決めることができなかったのは僕の経験不足ですが、初めて限界を試してみて分かったのは、マカオなど他の市街地に比べてスピードレンジが高いので、ちょっと欲張った瞬間にバチが当たるということです。常に謙虚な気持ちで、1%でもマージンをもってタイムを出すのがこのサーキットですね」
最終的にカーガイ・レーシングの57号車フェラーリ488 GTEは、クラス8番手からスタートを切ることになるが、ここまではいくつかのアクシデントやトラブルもありつつも、いずれも決勝に向けて、木村とコッツォリーノにとって“必要な経験”だったと言える。もちろん初年度だけに、まずはしっかり走りきることが大事だが、そのための準備はすべてここまで経験することができただろう。
ただ木村もコッツォリーノも、24時間レースは初。これからまた未知の経験が待っているはずだ。カーガイ・レーシングはどんな戦いをみせてくれるか、ぜひご注目いただきたい。