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『いだてん』に菅原小春演じる人見絹枝も。歴史を変えた女性アスリートたち

2019年06月14日 20:40  CINRA.NET

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レイチェル・イグノトフスキー著、野中モモ訳『歴史を変えた50人の女性アスリートたち』創元社
■大河ドラマ『いだてん』でも注目。女性が自由にスポーツを楽しめるようになったのはそれほど昔ではない

宮藤官九郎のNHK大河ドラマ『いだてん』で、日本の女子スポーツ黎明期が描かれている。

時は大正時代。アントワープオリンピック後に訪れたベルリンの地で戦災に負けずスポーツを楽しむ女性たちの姿を見た主人公・金栗四三(中村勘九郎)は、帰国後「女子の体育ば俺はやる!」と宣言し、日本に女子スポーツを根付かせる決意を固める。

劇中には、日本人初のオリンピック選手である三島弥彦(生田斗真)と四三の姿を目の当たりにしてスポーツへの憧れを募らせるシマ(杉咲花)や、シマの恩師で日本女子体育大学の創設者である実在の人物・二階堂トクヨ(寺島しのぶ)、四三の教え子・村田富江(黒島結菜)など、女性がスポーツをすることが当たり前ではなかった時代に陸上やテニスを楽しむ登場人物の姿や、女子スポーツの発展に尽力する人々の姿が描かれている。

女性選手がオリンピックに参加できるようになったのは、1900年にフランス・パリで行なわれた第2回の近代オリンピックから。それも限られた競技のみだった。日本人の女子選手が初めて出場したのは1928年の第9回大会。『いだてん』ではダンサーの菅原小春が演じている人見絹枝が、陸上で銀メダルを獲得した。

『いだてん』を見ていてもわかるように、女性が自由にスポーツを楽しみ、競技に参加できるようになったのはそれほど昔のことではない。今日では多くの女性アスリートが様々なフィールドで活躍しているが、これは先人たちが「女性でもできる」と証明し続けてきた歴史の上にある。

■男装してプレー、男子選手の最速記録を破る……『歴史を変えた50人の女性アスリートたち』

そんな偉大なアスリートたちに光を当てる書籍『歴史を変えた50人の女性アスリートたち』が翻訳され、4月に日本でも刊行された。

著者はアメリカ・ニュージャージー州出身のレイチェル・イグノトフスキー。昨年刊行された『世界を変えた50人の女性科学者たち』の姉妹書籍にあたり、翻訳を同書に引き続き野中モモが手掛けている。

本書では、才能と努力、強い意志でスポーツ界で記録を残し、歴史を塗り替えてきた50人の女性アスリートをイラスト入りで紹介する。競技成績だけでなく、選手のプライベートな一面にも触れられている。カラフルでキュートなイラストがふんだんに盛り込まれており、漢字にはルビが振られているので大人から子供まで楽しめる一冊になっている。

紹介されるエピソードはどれも驚くべきものばかりだ。英仏海峡を泳いで渡った初の女性であり、それまでの世界記録を2時間も縮めたガートルード・エダール、アメリカの男子プロ野球リーグでプレーした初の女性選手トニ・ストーン、黒人選手史上初のグランドスラムを制したテニスのアルシア・ギブソン、男子の最速記録を破った自転車選手ベリル・バートン、女性がプロ選手になることを禁じられていたことから20年間男装してポロをプレーしたスー・サリー・ヘイル、テニスの「男女対抗試合」に挑んだビリー・ジーン・キング――。

多くの選手が男性と同じようにできるということを実力で示し、女性の競技参加の裾野を広げてきたことがわかる。それはそうでもしないと女子スポーツの発展を阻む慣習や偏見を覆すことができなかったというのことの表れでもあるだろう。

■嘉納治五郎の教え子・福田敬子や、『いだてん』に登場の人見絹枝も

50人のうち日本人で紹介されているのは、女子柔道のパイオニア・福田敬子と、世界で初めてエベレスト登頂に成功した田部井淳子の2人だ。

福田敬子は『いだてん』で役所広司が演じている嘉納治五郎の教え子で、1966年にアメリカに渡り、その後自身の道場を開いた。田部井淳子は1975年にエベレスト登頂を成功させたのち、1992年には女性として世界で初めて「七大陸最高峰」全制覇を成し遂げた。

また本書には日本版オリジナルコンテンツとして著者の描き下ろしイラストが多数されている。そのひとつ「まだまだいる日本の女性アスリートたち」では、伊達公子、澤穂希、有森裕子、小平奈緒、高梨沙羅といった選手に加え、『いだてん』にも登場する人見絹枝、前畑秀子も登場する。

人見絹枝は1928年のオリンピックアムステルダム大会に日本代表唯一の女子選手として参加した。アムステルダム大会は初めて女性に陸上競技への参加が認められた大会でもある。人見は800m走で銀メダルに輝き、日本女性初のオリンピックメダリストとなった。

『いだてん』には6月9日放送の第22回で初登場したが、テニスで圧倒的な強さを見せつけたにもかかわらず、「勝っても化け物だとか言われるから、勝ちたいと思わない。勝っても嬉しくない」と話すシーンが印象的だった。弱いと「やっぱり女性にはできない」と言われ、強いと「女性なのにおかしい」と言われる。そんな「女らしさ」の固定観念が女性のスポーツ参加を阻んできたことは想像に難くない。

演じる菅原小春はキャスト発表時の会見でダンサーとして世界で活躍する自身の経験に触れ、「日本では浮いてしまうような体型や骨格、筋力を持っています。でも世界に飛び出した時に『なんだ私、普通じゃないか』と思って、『だったら思いっきりやってしまおう!』というのが人見さんと通じるものがある」と話していた。

■サッカー連盟を訴えた米サッカー女子代表や、代表ボイコットのノルウェー選手も。根強いスポーツ界の男女格差

『歴史を変えた50人の女性アスリートたち』では女子スポーツの発展に貢献した偉大なアスリートたちを紹介するだけでなく、賃金格差やメディアでの女子スポーツの扱いの少なさを示す統計も掲載し、未だ解消されていない男女不平等の現状にも触れている。

6月7日からワールドカップが開幕した女子サッカーを例に見てもその状況がわかる。世界ランキング1位のアメリカ代表の選手たちは、今年3月8日の国際女性デーにアメリカサッカー連盟を相手取り、男子チームとの給料格差の是正などを求めて裁判所で訴えを起こした。

昨年に女子選手として初代バロンドールを受賞したノルウェーのアーダ・ヘーゲルベルグは、自国での女子サッカーの待遇に抗議し、2017年から代表入りを拒否。今回のワールドカップにも参加していない。

ヘーゲルベルグがチームを去った後、ノルウェーでは男女同額の報酬が支払われる取り決めがなされたし、今年の女子ワールドカップの賞金は4年前の前回大会の2倍になるなど、状況の改善は見られるものの依然として待遇における男女格差は大きい。選手たちはフィールドの外でも戦いを続けている。

■「私にもできる」と思わせてくれるロールモデルの重要性

「私にできるわけがないと誰かに言われた時こそ、私がそれをやる時です」とは、『歴史を変えた50人の女性アスリートたち』に登場する、英仏海峡を泳いで渡った最初の女性ガートルード・エダールの言葉だ。勝手に決められた限界への怒りを挑戦の原動力にしてきた女性アスリートも多いだろう。

「私にもできる」と思わせてくれるロールモデルの存在はいつの時代も求められる。筆者は小学生の頃サッカーをやっていたが、チームの中で全学年を通じて女子選手は私1人。なでしこジャパンという名称もなかった20年ほど前、15歳で日本代表としてプレーする澤穂希の姿は希望そのものだった。

日本サッカー協会に登録している女子選手の人数は2010年までの数年間は約2万5千人だったのに対し、なでしこジャパンがワールドカップ優勝を果たした2011年は2万6千人を超え、2013年には3万人を突破している(その後は2万6千人~2万8千人を推移、参考:公益財団日本サッカー協会)。澤は日本代表デビューしてから約20年後、ワールドカップで優勝し、得点王とMVPに輝き、メッシと並んでFIFA最優秀選手賞に選ばれ、名実ともに世界最高の女子サッカープレイヤーとなった。その姿に鼓舞された未来のアスリートたちは少なくないだろう。

『歴史を変えた50人の女性アスリートたち』の日本版に寄せた來田享子(中京大学スポーツ科学部教授)のテキストにもあるように、歴史を変えてきた女性アスリートたちの姿は、「誰かより優れていた『記録』としてではなく、ある女性の生き方の『記録』として」読者の心に残る。その姿は未来の女性たちのロールモデルとなり、さらなる歴史を繋いでいくだろう。