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量産車レース出身のライダーがレース専用マシンで戦う難しさ/ノブ青木の知って得するMotoGP

2019年06月13日 19:21  AUTOSPORT web

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量産車レース出身のライダーがレース専用マシンで戦うことがどれだけ大変かを青木宣篤が解説する。
スズキで開発ライダーを務め、日本最大の二輪レースイベント、鈴鹿8時間耐久ロードレースにも参戦する青木宣篤が、世界最高峰のロードレースであるMotoGPをわかりやすくお届け。第21回は、第6戦イタリアGPで母国優勝を果たしたドゥカティのファクトリーライダー、ダニロ・ペトルッチについて。

 量産車レースから世界GPにステップアップしたペトルッチ。量産車ベースのマシンからレース専用マシンに乗り換えて戦い、優勝することがどれだけ険しい道のりなのかを青木が解説する。

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 ダニロ・ペトルッチ、優勝おめでとう! 今シーズン、アレックス・リンスに続くふたりめの初優勝だ。多くのライダーに勝機が訪れるのは、非常に喜ばしいことだとワタシは思う。本当におめでたい……と言いつつ、「どこから来たのペトルッチ!?」という人も多いだろう。

 1990年生まれ、現在28歳のイタリア人であるペトルッチは、Moto3、Moto2を経験していない。2012年からMotoGPに参戦するまでは、量産車ベースのマシンで競われる欧州スーパーストック600や1000を走っていたという経歴の持ち主だ。

 量産車ベースのマシンは、プロダクションマシンとも呼ばれる。皆さんが普通に購入できるスズキGSX-R1000やホンダCBR1000RR、ヤマハYZF-R1、カワサキZX-10Rなんかですね。一方、Moto3、Moto2、そしてMotoGPのようにレース専用に開発された車両は、プロトタイプマシンと言う。

 正確にはMoto2のエンジンは量産車用がベースだし、2012~2013年にはMotoGPにも量産車ベースのエンジンを搭載するCRT(クレイミングルールチーム)というマシンもあったが、まぁ基本的にグランプリはレース専用車両で競われている。

 かつてはアメリカ人やオーストラリア人ライダーを中心にプロダクションレースから世界GPに、という流れもあったが、最近ではかなり珍しくなってきている。いわゆる「プロダクションレース上がり」と呼ばれるケースだが、現役MotoGPライダーだと、イギリス選手権とスーパーバイク世界選手権(SBK)に出ていたカル・クラッチロー、2013年に欧州スーパーストック600でチャンピオンを獲っているフランコ・モルビデリ、そしてペトルッチぐらいだろうか。

 中上貴晶が全日本ロードレース選手権J-GP2クラスでタイトルを獲り、ST600でも戦ったりしていた。ティト・ラバトもスペインでスーパースポーツ選手権に出ていたりと、一時的にプロダクションマシンで戦ったライダーも少なくない。でも、基本的にはプロトタイプマシンでキャリアを積み重ねてきたライダーがMotoGPにステップアップするのが常道だ。

■プロトタイプとプロダクションの違い
 レース専用開発のプロトタイプマシンと量産車ベースのプロダクションマシン、いったい何がどう違うのだろうか? 「何がどう」って、エンジンも車体もすべてがまったく違うワケだが(笑)、大まかにして最大の違いは、設計時に想定する速度域の高さだろう。

 レース専用車両は、非常に高い速度域で走ることを想定して設計されている。一方の量産車は、低速域から高速域まで幅広い速度域に対応できるよう作られている。さらに言えば、プロトタイプマシンは速く走ることしかアタマにないレーシングライダーが乗ることが前提で、プロダクションマシンは幅広いスキルのライダーが幅広い用途で走らせることを想定している。

 まとめると、プロトタイプマシンはピンポイントでパフォーマンスを発揮し、プロダクションマシンはオールマイティ、ということになる。裏を返せば、ハイスピードでもきっちりとバイクを曲げられるテクニックが必要なプロトタイプマシン、誰が乗っても(ある程度は)曲がってくれるプロダクションマシン、となる。フルカウルを装着して見た目は似ているが、まったく別モノなのだ。

 さて、話を分かりやすくするために、ここからはプロトタイプの世界最高峰・MotoGPマシンと、プロダクションの世界最高峰・SBKマシンに焦点を絞ろう。この両マシンの特徴を言い表すなら、ズバリこうなる。

「MotoGPマシンは、ライダーの限界が限界」

「SBKマシンは、マシンの限界が限界」

 うーむ、我ながら分かりやすい。……えっ!? 分からないって? ですよね(笑)。

 MotoGPマシンは、恐ろしく高い性能を備えている。だからモノの限界に到達する前に、ライダーが限界に達してしまう。「これ以上無理!」とライダーの側が音を上げてしまい、マシンを限界域まで持ち込むのが非常に難しい。けれど、限界域まで行かないと勝負にならない……。今、MotoGPマシンの限界を超えられるのはただひとり、そう、マルク・マルケスだけだ。だからマルケスvsその他のライダー、という図式になっている。

 一方のSBKマシンは、マシンの限界よりライダーの限界の方が高い。だからすぐにスライドしたりして、タイムロスするような場面が多々見られる。これ、別にどっちが優れてるという話じゃない。実際、SBKで4連覇しているジョナサン・レイは、SBKマシンでMotoGPのコースレコードを上回ったこともある実力者だけど、2012年にケーシー・ストーナーの代役でMotoGPに2戦参戦した時は、さすがに優勝はできなかった(でもしっかり8位/7位でポイントを獲った)。どっちみち限界まで持って行かなければレースでは勝てないから、大変さは変わらない。世界で勝つっていうのは、どのカテゴリー、どのジャンルでもスゴイことなのだ。

 ただ、今はプロトタイプマシンでキッチリとステップアップしてきたライダーの方がMotoGPでは有利で、SBKライダーがMotoGPにスイッチしてもすぐには結果が出しにくいのは確か。何しろ限界が高いMotoGPマシンだから、そこに届くにはどうしても時間がかかるのだ。逆にアルバロ・バウティスタのように、MotoGPからSBKにスイッチしたライダーは、割と上位進出しやすいようにも思う。MotoGPライダーの限界が、SBKマシンの限界を上回っているからだ。

 これでようやくペトルッチ優勝の話に戻れる……。量産車のレースからプロトタイプのMotoGPにやってきたペトルッチが優勝したことが、いかに大変だったか、ここまでの説明の長さからもご理解いただけるんじゃないかと思う(笑)。

 ドゥカティのファクトリーマシンに乗ったからって、おいそれと勝てるものじゃない。ファクトリーマシンに至っては限界がハンパなく高いから、そこに自分のレベルを届かせるのは並大抵のことじゃない。しかも、勢い任せの走りじゃダメ。タイヤを理解し、電子制御を理解し、マシンのコンディションを緻密に分析しながら精密にセットアップしなくちゃならない。

 ペトルッチは8シーズンをかけてジワジワとプロトタイプマシンの走らせ方をつかみ、今年ようやく手にしたファクトリーマシンに近付くべく努力してきたのだ。苦労人だけに、喜びもひとしおだっただろう。

 彼は今年、みんなに好かれる人柄を生かし(?)、私生活もアンドレア・ドビツィオーゾのスリップストリームに入っていた。つまり、ドビちゃんの後をぴったりマークして、トレーニングも一緒にこなし、普通なら教えてもらえないようなことを教わりながら、自分を高めていたのだ。一般的にレースではチームメイトが直近のライバル。そんなペトルッチにほいほいとヒミツを教えてしまうドビちゃんもいいヤツだが、この勝利を機に警戒モードに入るかもしれない。

 チームとしてはうれしい悲鳴だろう。これまではドビちゃんがエースライダー、ペトルッチがセカンドライダーと位置づけがハッキリしていたが、これからはそうもいかない。「サポートに徹するよ」とコメントしているペトルッチだけど、来年の契約がないから、当然頑張る。頑張るってことは勝ちを狙うということで、ペトルッチは勝利の美酒を味わってしまったのだ……。ドゥカティのファクトリーチームだけを観ていても、これからシーズンはさらに面白くなりそうだ。

■青木宣篤が考えるドゥカティ新エアロの効果
 ドゥカティといえば、リヤホイールにカーボンパーツを付けてきましたね。何でしょうかあれは(笑)。以前にもホイールをカバーするような試みはあって、普通に考えればスポークによる乱流を抑えて回転方向の抵抗を減らし、最高速を高める狙いなのだろう。

 自転車の世界でいうディスクホイールと同じような効果を狙っているのだとすれば、パワーを食う、横風に弱いといったデメリットもあるのだろうが、「ちょっとでも……!」を狙うドゥカティの地道な努力はスバラシイと思う。ただ、今回のムジェロではマルケス+RC213Vがストレートでもドゥカティを食う勢いを見せた。マルケス優勢は続きそうだ。

 さて、私事ですが……。今年も鈴鹿8耐に参戦します! チームの正式名称は「MotoMap S.W.A.T.(モトマップ スワット)」。ライダーは豪州スーパーバイク選手権チャンピオンのジョシュ・ウォータースと、イギリス選手権で活躍するダン・リンフット、そしてワタシ青木宣篤。マシンはスズキGSX-R1000R L8で、すでに合同テストに参加し手応えは上々! 大黒柱のジョシュは相変わらずの速さだし、鈴鹿8耐に2度の参戦経験があるダンもコンスタントに好タイムをマーク。そしてワタシも日々トレーニングで追い込み、コンディションを高めています。

 今年の鈴鹿8耐EWCクラスは、ホンダとヤマハの全面戦争の様相だ。特にCBR1000RRのハードとしての仕上がりは目覚ましく、全日本ロードJSB1000でも高橋巧がライバルを寄せ付けない強さを見せている。

 ただ、モノが良ければ勝てるわけではないのが鈴鹿8耐の難しさ。ライダーのコンビネーションとチーム力もかなり大切だ。ジョナサン・レイとレオン・ハスラム、そしてトプラク・ラズガットリオグルのKawasaki Racing Teamもかなり手強そうだが、やはり経験値が豊富で盤石な体制のYAMAHA FACTORY RACING TEAMに一日の長がありそう。

 ただ、ヤマハも安穏とはしていられないのも確か。例年以上に緊張感の高いハイスピードバトルが展開しそうだ。我々MotoMap S.W.A.T.も、SSTクラス優勝と総合トップ10を狙います。ぜひとも鈴鹿サーキットに足を運んでの応援、よろしくお願いします!

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■青木宣篤

1971年生まれ。群馬県出身。全日本ロードレース選手権を経て、1993~2004年までロードレース世界選手権に参戦し活躍。現在は豊富な経験を生かしてスズキ・MotoGPマシンの開発ライダーを務めながら、日本最大の二輪レースイベント・鈴鹿8時間耐久で上位につけるなど、レーサーとしても「現役」。