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常田大希、石若駿、小田朋美……芸大出身アーティストたちが生む音楽シーンの新たな潮流

2019年06月11日 14:41  リアルサウンド

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 King Gnu、くるり、cero。音楽好きの読者にとっては説明不要の名前ばかりだが、この3バンドに共通点があるのを知っているだろうか?


 それは、東京藝術大学(以下、芸大)出身者がいずれも重要な役割を担っていることである。1949(昭和24)年に東京美術学校と東京音楽学校を統合して設置された芸大は、これまで多くの人材を送り出してきたが、近年、新しい世代のアーティストがよりポピュラーな領域で存在感を増している。その動きがオーバーグラウンドで可視化されたのが昨年から2019年前半にかけてだった。本稿では、国内音楽シーンを変革しつつある彼らの歩みを振り返り、その意義を考察したい。


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 2019年にブレイクしたKing Gnu。中心人物の常田大希は芸大でチェロを専攻し、小澤征爾指揮のオーケストラに所属していたという経歴の持ち主。大学時代に自主音源を制作していた常田だが、芸大の同期で後述する石若駿とレコーディングした音源がSrv.Vinciつまり現在のKing Gnuの原型になった。


 ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文をして「ロックバンドが持ってた方がいい要素を全部」持っていると言わしめたKing Gnu。たしかに立ち位置こそロックバンドだが、そのありようは伝統的なロックバンドとは異なる。そのことは変則的なバンド編成に表れている。拡声器に向かう常田とキーボードの井口理が交互にボーカルをとるスタイルはデビューアルバム『Tokyo Rendez-Vous』(2017年)の時点で確立されていた。ファルセットからシャウトまでを自在に操る井口は芸大の声楽科出身であり、対照的な2人のボーカルがバンドの記名性と音楽の可変性を高めている。


 ロックやジャズ、クラシックからエレクトロニカまで、異なる音楽ジャンル間に存在する序列を等価に扱うことでこれまでにないサウンドを構築するなど、既存の音楽に対するメタ視点をもつKing Gnuの楽曲は、聴き込むうちに何重にも仕組まれたトリックに気づく。The Beatles「Tomorrow Never Knows」風のイントロが印象的な2ndアルバム『Sympa』収録の「Flash!!!」。ドラムの勢喜遊が叩く変則シャッフルビートはクオンタイズされたスネアとミュートの反復が非対称なグルーヴを生み、低音域をつなぐ新井和輝のベースがサイケ感とファンクネスを増強する。


 メンバー各自が複数のプロジェクトに関与するKing Gnuにあって、ジャンル間のミクスチャーは大前提と言えるが、ヒップホップやクラブミュージックだけでなく西洋音楽史を縦断するようなアレンジがジャンルに特定されない間口の広さをもたらしているのは興味深い。賛美歌のような「Prayer X」や「白日」のイントロはクラシックの歌唱法の影響を感じさせるし、電子音と一体化したストリングスのアレンジには弦楽器奏者である常田の感性が光る。


 ロックの定型的なクリシェを豊富な音楽的イディオムによって脱構築するKing Gnuのたくらみはいまだに底が見えない。


 結成当初のSrv.Vinciや先ごろローンチパーティーが行われた常田のソロプロジェクト・millennium paradeに参加しているのが石若駿。国内ナンバー1ジャズドラマーとして知られる石若も芸大出身だ。


 器楽科でクラシックパーカッションを学び、ブライアン・ブレイド直系のダイナミズムとクリス・デイヴ以降のビート感覚を持ち合わせた石若駿の活動領域は広い。主だったところだけでも、日野皓正、大西順子らベテランから同世代の桑原あい、カート・ローゼンウィンケルやジェイソン・モランなど海外勢との共演に加え、常時複数のリーダーバンドを稼働させており、近年はポピュラーな分野での活躍も目立つ。


 10代のころからファンというくるりには最新作『ソングライン』の録音から参加し、このほど正式にツアーメンバーとなった。コンテンポラリー・ジャズに造詣が深く、オーケストラ作品を手がける岸田繁の要求に応えることのできる理想的なドラマーとして、バンドの創造性にさらなる回転を加えることが期待される。


 石若駿のコアにあるポップ志向はCRCK/LCKSやKID FRESINO、KIRINJIメンバーである弓木英梨乃(弓木トイ)との仕事でも発揮されているが、石若の作家性と純音楽的な関心をよく表しているのが自身の名義による『Songbook』シリーズだ。


 同じく芸大打楽器専攻の角銅真実をはじめ気鋭のミュージシャンが参加する『Songbook』シリーズは、ブライアン・ブレイドのフェローシップにも通じるようなチェンバーポップ。作曲とドラム以外に石若自身が鍵盤やプロデュースも担当する同シリーズでは、メロディや和音など音楽の構成単位をひとつずつ積み上げた原初的なポップネスを体験できる。『Songbook』シリーズでのトライ&エラーがポップフィールドでの成果に還元されていることは想像にかたくない。


 石若駿を含むジャズ出身の若手によって2015年に結成されたのがCRCK/LCKS(クラックラックス)だ。ボーカルを担当する小田朋美は芸大の作曲科を卒業。ともすればプログレッシブに傾斜しがちな演奏をポップなテイストに着地させているのは小田のボーカルに負うところが大きい。


 シンガーソングライターとして、また菊地成孔とのDC/PRGやSPANK HAPPY、映画・ドラマの劇伴など小田の活動は多岐にわたるが、なかでも3人組バンドceroへの参加は特筆される。2018年のハイライトになったアルバム『POLY LIFE MULTI SOUL』については多くの場所で語られているため詳細は割愛するが、ブラックミュージックのグルーヴ解釈をポリリズムに敷衍させる“離れ業”をやってのけた同作で、前述した角銅とともに小田のコーラスと鍵盤が色彩豊かなサウンドのキーになっている。


 3人に共通するのは豊富なアイデアと強度の高い演奏によってポップミュージックを内部から更新していることだ。ポピュラーシーンに対するアートサイドからの橋渡しとして理解できる一連の流れの中で新しい世代も登場しており、ピープルツリーをたどることでより濃密なネットワークに行き着くだろう。


 もとより出身大学は音楽家にとって本質的ではないが、この国の音楽をおもしろくする存在として彼らの活躍に期待したい。たとえるなら、はっぴいえんどからティン・パン・アレーを経てYMOに至る流れが日本語ポップスの豊穣な実りをもたらしたように。その流れはすでにはじまっている。(石河コウヘイ)